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臆面



「ひっひっふう〜。ひっひっふう〜」


 サッカー大会決勝戦。

 試合開始のホイッスルが鳴る。

 

 みんなが一斉に駆け出す中、俺は死にかけていた。言わずもがな、妊婦さんのように膨らんだこの腹のせいである。とにかく苦しい。

 カツ丼は4つとも全部ひとりで完食した。

 めちゃくちゃ美味しかった。でも反動で動けない。


「えっほ、えっほ、えっほ」


 重い体を揺らして、敵の陣地へと攻め込む。

 既にドッジボール大会で優勝してきた女子たちの応援が、何故か胸にチクチクと刺さる。

 試合の観戦者は女子たちだけでなく、既に試合を終えた他の7クラス達もである。

 こんだけ多くの人たちが見てる前で、失敗はできない。……のに苦しい。


「えっほ、えっほ、えっほ!」


 頑張って走る。

 俺に見兼ねてしまったのだろうか。

 瀬戸大樹くんからのパスは一度も貰えていない。


「えっほ、えっほ、えっほ!」


 今のところ試合に動きはない。

 若干押されてるような気もするけれど、未だ0対0のまま試合が進行している。


「おい夏芽、なんか身体重そうだけも大丈夫か?」


「えっほー!!!」


「ん? そうか。なら大丈夫だな」


 左近が脇を抜けていく。


 あれ、これ、来たんじゃない?


「瀬戸くん、こっち!」


 今ここで俺がパスを受け取って左近に流せば、ノーマークで左近がゴールまで突っ込める。

 逆サイドにボケっとした敵も一人いるし、オフサイドにもならないだろう。


 俺は何とか敵を躱して瀬戸くんからパスを貰おうと動くが、何故か瀬戸くんはこっちを一瞥した後、逆サイドに駆け出した。


「あれ……?」


 気付いてた、よね?

 まあ、サッカー経験者の彼が俺にパスを出すのが今の最善ではないと判断したのなら、それは正しいのだろう。

 次のチャンスを伺うしかないな。


 なんて。

 そんなことを思っていたのだけれど。

 結局その後も、俺が瀬戸くんからパスを貰えることはなかった。


 

 前半戦終了。ハーフタイムに入る。

 結局点差はゼロのままだ。


「おい秋梔。お前何やってんだ? 試合前、大丈夫だって、言ったよな?」


「えっと……」


 苦しいけど、動く分には動けている、はずだ。確かに長時間のドリブルは避けていたけれど、得点に繋がるプレーへの準備も整っていた。人の所為にするのは申し訳ないけど、瀬戸くんが俺を使ってくれてれば、少なくとも2点は入ってたはずだ。


 俺が黙っていると、脇から瀬戸くんがやってきた。


「先生、正直彼のプレーはワンマンプレイです。仲間は遣っているものの、それは協力とは程遠い、利用と呼べるものです」


「へえ。お前も気づいたか。それで、何が言いたいんだ?」


「彼のプレーはチーム競技にはむかない。それに、午前中より明らかに動きの悪い彼をグラウンドに立たせて置く理由はないと思います」


「……ぅ」


 随分と、はっきり言ってくれるな。

 直接ではなく、あくまで先生への抗議として名前を出されている訳だけれど、やっぱり胸に来るものがある。


 とりあえず俺は苦笑いを浮かべて気にしていないフリをする。多分それが一番正しい処世術だろう。

 昔から席替えや修学旅行の班割などの度に、こういった声は聞いてきた。

 大丈夫。……俺は慣れてる。


「瀬戸、お前がもし本気でそれを言ってるなら、交代するのはお前の方だ」


「……? 何故ですか? 理解できません。何故か先生は彼を頼っているようですが、彼がやってる程度のプレーなら、自分にだってできます」


「できない」


「……は?」


「お前にはできないよ、瀬戸」


 それは完全なる否定の言葉だった。

 瀬戸くんは目を丸くしているけれど、気圧されたのは俺も同じだ。堂々と言って退ける三崎先生には一抹の臆面も感じさせない凄みがあった。


「瀬戸、もちろんお前には技術も経験もあるだろうさ。秋梔のプレイと同じ動きをするだけのポテンシャルも持ってるんだろうな。けど、お前には秋梔に届かない決定的な欠落があるんだよ。なあ瀬戸、どうしてお前にとって()()()()だけが仲間じゃないんだ?」

 

「……っ」


 瀬戸くんは奥歯を噛み締めてから視線を逸らし、何も言わなくなる。


「わかってるよ。秋梔夏芽がクラスでどういう存在かは先生もわかってる。だからお前も秋梔を排他することを恐れないんだろ? 孤独を恐れる臆病者に──やはり秋梔の代わりは務まらないな」


 ああ、なるほど。そういうことか。

 そういうことだったんだな。


 結局のところ、瀬戸くんはワンマンプレイを嫌っているのではない。ワンマンプレイが嫌われると知っている、ということだろう。

 彼は多分人に嫌われることを恐れている。


 これはサッカーの話だけではなく、彼のクラスの立ち位置にも関係していると言っていい。

 彼はクラスの人気者。誰にでも優しく、平等に接する。それは彼が善人だとか、そういう話ではなく、誰よりも臆病だからだ。悪くいえば嫌われることを恐れ、誰にでも良い顔をする、と言ったところか。

 

 対して俺はどうだろうか。

 たぶんだけれど、嫌われることに対して、そこまで心を揺さぶられることはない。

 秋梔夏芽として生きてきたこの人生で身についたスキルのようにも思うけれど、実際は水無月透として生きてきた頃から下地はあった。

 昔は──本当に子供の頃は、周りの人間が全員、自分を嫌っているのではないか、と本気で考えていた頃がある。もちろん、そんなことはなかったし、彼ら彼女らは嫌いどころかただの無関心だったわけだが、それ故の冷淡さを嫌厭(けんえん)と捉えていた。


「お前らに人としての優劣をつけているわけじゃない。秋梔夏芽の性格は勝負事には向く反面、人間関係においてはなかなかに厄介な性質も帯びているわけだしな」


 いや、まあ、そう言われてみると、心当たりはあるんだよね。御手洗さんのときだって、真実を知られてしまったとは言えど、彼女からの好感度よりも自分が正しいと思うことを優先してしまった訳だし。

 人からの好感度を気にしないという側面は、確かに俺にはあるのかもしれない。


 だから、結局のところ。

 先生が頼ったのは、俺の精神的な部分なのだろう。試合に勝つために最善を尽くせる人間性が瀬戸くんにはなかった。孤独を恐れるが故に手を執ろうとする瀬戸くんには、たしかに難しいかもしれない。


「先生はいつだって、勝負事には本気だ。私はその意志をお前らに強要する。覚えておけ。いいな?」


「「「イエス・マム!!」」」


お読みいただきありがとうございます。

何だかちょっと話が重い章になっちゃいましたが、サッカー編はおしまいです。

次からバスケ!

こっちはちょっとふざけ過ぎてて、大丈夫か心配です。


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