第2回戦
結構長いです。
「さっきの試合すごかったねえ〜! かっこよかったよぉー」
「あっ、うっ……す」
午前中の試合が終わってすぐの事。
教室へと戻る道中で、俺は3人の先輩女子に絡まれていた。
ちなみに、サッカー大会の2回戦目は1年C組と戦ったのだけれど、俺はまたベンチだった。無事快勝した俺たちのクラスは午後に決勝戦を行う。相手は3年B組だ。
まあ、そんな訳で、2回線目に出場はしていないので、この先輩たちは恐らく3年A組の生徒だろう。
「生徒会書記の子だよね? 私、投票したんだよ!」
「あたしも〜」
「あ、ありがとうございます」
「あはは! もしかして緊張してんのー? 意外と可愛いかもっ!」
勘弁してください。
「てか、意外と敬語とか使えんだね。ウケる」
「んね。礼儀正しいよね。ヤンキーっぽいのに。あっ! ヤンキーだから? 上下関係とかきびぃヤツ?」
「ウケる」
「尻の穴弱そう」
「「ぎゃははははははっ」」
初対面の相手に見せるには、些か下品な笑い声を上げる三人の先輩方。
それに反応するように、前方で愛萌と話していた一二三さんが凄い勢で振り向いた。
もしかして、今の聞こえてた!?
聴こえてたなら助けてください! 何でもしますから!
年上女子とか耐性無さすぎて完全にキャパオーバーです。
「ねえ、写真撮ろうよ写真!」
「えっと……」
断る間もなく、あれよあれよという間に先輩達が擦り寄ってくる。
俺はだいぶ汗を掻いているはずなのだけれど、3人は気にするでもなく、好き勝手肩を組んだり、腕にしがみついてきたりする。めちゃくちゃおっぱい当たってます……。汗だく陰キャをものともしないコミュ力……これが陽キャか。
パシャリと、数度内カメのシャッターが切られ、ようやく解放される。
「写真送るから連絡先教えてよ」
「は、はい……」
別に無線共有でいいのでは?
と思ったけれど、言い出すことも出来ず、俺は3人にLlNEを教えてしまった。
名前も知らない先輩なのに! 美人局だったりしないよね? 放課後、体育館の裏に呼び出せれて金品要求されたりしないよね?
まさか「友達と写真撮るイベントがあるかもしれない」なんて事を期待して下駄箱にスマホを入れて置いたことが裏目に出るとは……。
手元になければ断る口実ができたのに、残念ながら俺のスマホは右ポケットに入っていた。
「ねえ、秋梔くん今カノジョいんの?」
てちてちと、スマホのキーボード音を鳴らしながら、先輩の一人が聞いてくる。
「あ、いません……」
「うっは! マジ!? ねえ、この子、最近彼氏と別れたばっかなんだよね!」
勘弁してください。
「ちょっ、いいってそーゆうのー」
「ほらー、後輩くん困ってんじゃん。ごめんね〜」
「い、いえ……」
勘弁してください。
「ねえ、この3人だと誰が一番可愛い?」
勘弁してくださいっ!!!
先輩の無茶ぶりに辟易していると、見兼ねたように愛萌が助け舟を出してくれた。
「あー、センパイ、勘弁してやってくんないすか? それに、こいつセクハラ魔なんで気ぃ付けた方がいっスよ」
「……トゥンク」
まるで男女逆転少女漫画展開。
男前というか、紳士的というか。愛萌は俺たちの間に入ると、手慣れたような対応で牽制してくれた。なるほど。同性にもモテるわけだ。
「ありがとう愛萌。でも、次からはもう少し早く来てね」
「いや、お前何様だよ。ぶん殴るぞ」
「じょ、冗談だよ。あはは」
情けない笑い声を上げていると、やがて先輩達は興味が失せたかのように去っていった。
「さあ、ご飯を食べて午後も頑張ろうか!」
素晴らしいことに男女共うちらのクラスは決勝戦まで上り詰めた。まあ全部で9クラスしかないので2回勝つだけでいいのだけれど、それでもよく頑張ったと言えるだろう。
俺は午後の試合に思いを馳せ、教室へと戻った。
「……。」
やばい、忘れてた。
今俺の手元には、妹が作ったカツ丼と、御手洗さんが作ったカツ丼と、皇さんが作ったカツ丼と、柏卯さんが作ったカツ丼が並んでいる。
試合というのならこれもまた試合だろう。
「夏芽、それって……」
「ああ、うん。まあ、うん」
女子はみんなで体育館でお弁当を食べるらしいので、現在教室には男子だけ。普段は柏卯さんと一緒にお弁当を食べている俺を左近が誘ってくれたのだけれど、彼はなんとも言えぬ顔をしていた。
「一応訊くけど、それはなんだ?」
「カツ丼だよ。これは春花と冬実々が作ってくれたカツ丼。これは御手洗さんが作ってくれたカツ丼。これは皇さんが作ってくれたカツ丼。これは柏卯さんが作ってくれたカツ丼」
「……春花が作ったカツ丼、だと? おい夏芽! そいつを寄越せ!」
ガクガクと俺の肩をゆさぶる左近。
酔いそう。食べ切れるか分からないし、少しだけ食べてもらうのもアリかな。
「待て! 待て待て! 秋梔夏芽! これは風紀の乱れを感じるな!」
えー。なになに?
今度は石部金吉がやって来て声を上げている。
「君はクラスの女子生徒に弁当を作らせ、それをかき集めて優越感に浸っている。誠にけしからん行いだ。故にっ! そのお弁当は僕が没収しよう」
メガネをスチャッとして、したり顔。
石部くんは相変わらずのようだ。
「……もしかして、皇さんの手料理、食べたいの?」
「〜〜〜っ! ばっ、馬鹿を言うな。僕は学級委員長としてクラスの風紀を守るためにだな!」
顔を真っ赤にして反論する石部くんは、図星と言うよりも梅干し。なんだか可愛いな。
「食べたいなら、少し分けようか?」
皇さんは要らなかったら捨てていいと言っていたし、俺が無理して食べるよりは少しだけでも石部くんに分けてあげた方がみんなハッピーなのではないだろうか。
「ふ、ふん。別にいらないさ。……要らないが、まあ君がどうしてもというのなら、手伝ってやらなくもないぞ。僕は学級委員長だからな」
ツンデレな石部金吉くんはメガネをスチャッとする。好きな女の子の手作り弁当を食べるために職権乱用するなんて、石部金吉くん、君は名前負けもいいところだ。
「そうだぞ、夏芽! 俺も手伝ってやる! 早く春花の手作り弁当を寄越せ!」
必死だなあ。
でもそっか。二人とも俺の持つお弁当に興味津々なのかあ。
──ゾクゾクッ
あれ、なんだろう。この優越感は。
何やら新たな扉を開いてしまった気がする。
「二人ともそんなにこのお弁当が食べたいの?」
「ああもちろんだ!」
「僕は別に……。まあ処理に困っているなら食べてやらんこともないがな。学級委員長の僕が直々に手を貸してやるんだ。ありがたく思え」
それさっき聞いたよ。
石部くんは普段いい子ぶってるのに今日は結構素なんだな。もしかして、お弁当に必死だから?
「んー。どうしよっかなあ。このお弁当は俺が作ってもらったものだからなあ」
うーん。この気持ちはなんだろう。
「俺もね、本当はふたりに分けてあげたいんだよ。だけど、妹も皇さんも俺のために、俺のためだけに作ってくれたお弁当だからなあ」
「「いま聞いた!!!」」
おっとごめん。大切なことだから、つい2回言ってしまった。
「くそっ。なんでこんな性格の悪い奴の手に皇様のお弁当が……。僕だって今日、活躍したのに!」
本気で悔しそう。
もしかして石部くんって結構皇さんにぞっこん?
「まあいいか。冗談もこの辺にしてそろそろお昼にしよう。さすがにこの量は食べきれないと思うし、二人も手伝ってくれるかな?」
「ふんっ。手のかかるヤツめ。最初からそう言え」
「おおおおおおおおおおおお! 早く! 早くしてくれ!!!」
俺は急かす二人に微笑みながら、お弁当を開封する。まずは妹のからだ。
「美味そう! 美味そうだぞ!」
「基本的には全部冬実々が料理したっぽいんだけど、春花が卵を割ってくれたんだ」
「おおおお! 凄いぞ! これが春花の割った卵! めちゃくちゃ美味しそうだ!」
コイツ、春花が携わってればなんでもいいのかな。味は全部冬実々依存だろうに。
妹たちが作ってくれたお弁当は、やはり家庭の味というべきか、しっくり来る。
弁当の底には大量のもやしが詰められ、かなりかさ増しされているが、手元に4つもお弁当がある今、むしろありがたい。
「いいなあ。夏芽! 俺もこんな美味しいお弁当を作ってくれる義妹が欲しかった!」
義妹……?
何を言ってるんだろう。俺と冬実々は顔もかなり似ているし、どう見ても血が繋がってるよ。義妹要素なんて微塵もないけど。
いよいよ左近の分も取り分けようとしたところで、俺のスマホが振動する。
──チュッキップリィ! チュッキップリィ!
「もしもし」
『あっ、もしもしお兄ちゃん? 今おべんとの時間?』
「うん。そうだよ。ありがとう、冬実々。すっごく美味しそう」
『え、なに急に。電話だと素直なんだけど。……まあ、いいや。あのさ、今近くに変態いる?』
「変態? 左近のこと?」
『そうそう。代わってもらってもいいかな』
「まあ、いいけど」
俺は左近にスマホを渡すと、冬実々からの電話であることを説明する。明らかに顔を顰めた左近は、渋々スマホを耳に当てる。
「……はい。お電話代わりました、郷右近左近です」
テンション低っ!
冬実々と左近の仲があまり良くないのは知っていたけれど、こんなにとは思ってなかった。
「……はい。はい。……はい。わかりました。はい」
数分のやり取りを経てスマホが返ってくる。
左近はもうテンションダダ下がりといった感じで、しょんぼり顔である。
「もしもし冬実々?」
『あ、お兄ちゃん? 何か、あの変態ね、ハナちゃんがほとんど手伝ってないことを知ったら食べる気失せちゃったみたいだから、お弁当分けなくていいよ』
……本当? さっきまでそれを知った上で食べたがってたけど。
「えっ、結局要件ってなんだったの? お弁当のこと?」
『うん。そうそう。お兄ちゃんが妹にお弁当作ってもらったって言ったら、あの変態、100%食べたがると思ってさ。だからハナちゃんは関係ないよって、教えてあげたの』
その変態とやらは何故か涙を流しながら机に付してますが? 彼は本当に自分の意思で食べないことを選んだのだろうか。
『とにかく。せっかく私たちが作ってお弁当なんだから、残さず食べてよね』
「うん。わかった。頂くよ。……ところで、冬実々さ、もしかして中学校にスマホ持っていっ──」
──ツーツーツー。
あいつ電話切りやがった……。
多分冬実々の通う中学校はスマホの持ち込みは禁止だぞ。
「……左近、本当に食べなくていいの?」
「ああ、いいんだ。……いいんだ」
「そっ、そっか。じゃあ次は皇さんのだね」
とても高価そうな重箱を開けると、そこにはカツ丼が入っていた。……普通だ。
今朝のやり取りがあったので、少しだけ不安だったのだけれど、思ったよりというか、――かなり普通だ。むしろ重箱の効果もあって美味しそうにすら見える。
「じゃあ、一切れどうぞ」
俺はカツを持ち上げようとして気付く。
重い……。そう、重いのだ。
もしかして……。
「カツが切られてない!?」
初めは玉子で接着されているのかとも思ったのだけれど、どうやら切断面自体ないらしい。
これがうっかりなのか、それとも仕様なのかは分からないけれど──
「これは石部くんにあげるのは無理そうだね」
「なっ!? 切って分ければ……」
「いただきます」
うーん。美味しい!




