自己否定
「センセー、なんつーか、夏芽ってめちゃくちゃヤバくないですか!? 一体どうなって……」
監督中の三崎に、隣で試合を見ていた男虎愛萌が声をかける。
奮起した柊木の抵抗も虚しく、点差は開くばかり。もはやサッカーの試合とは言い難い状態だった。
縦横無尽に駆け回る秋梔夏芽を止められる者は、最早何処にもいない。身体が温まってきた、そう言わんばかりに、時間経過と共にその動きは苛烈さを増していく。
「何でもかんでも先生に聞くな。事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ。正直、私にだってよく分からん。……が、秋梔夏芽、あいつは想像以上だな。バケモンだろ」
「世代の差を感じますね」
何だかよく分からないことを言う三崎にそう言ってから、愛萌は試合に目を向ける。
今回もまた、相手の間隙を縫うようにして夏芽の出したパスが郷右近左近に渡り、そのままゴールネットを揺らした。
「テニスの時も思ったんですけど、なんつーかアイツ、仲間の遣い方が上手いですよね」
フィールドで抱き合う夏芽と左近を見ながら愛萌はそう口にする。
彼女にとっては些細な会話の一部分だったが、三崎は遠くない過去を思い出し、少しだけ眉をひそめた。(路線変更したはずの一二三三二一は夏芽たちを見てニヤニヤしている)
「あいつは仲間を信じた。多分そういう事なんだろうな」
「そう言えばセンセーさっき、夏芽にそんなようなこと言ってましたよね。『仲間を信じろ。どっちにするかはお前が決めていい』とかなんとか。どっちってなんの事ですか?」
「ああそれか。先生が選ばせたのは『信用』と『信頼』だな。んで、アイツは『信用』を選んだってわけだ」
愛萌はよく分からないという風に首を傾げるが、そこには確かな差異がある事を──少なくとも夏芽と三崎は理解していた。
『私はお前に頼らない。私が用いてこそのお前だ。私はお前を信用するぜ、相棒』
それはかつて三崎希姫がソフトボールの投手としてマウンドに立っていた頃、バッテリーを組んでいた捕手から掛けられた言葉だ。
ひとつ年上の先輩。チームの主将で、性格は悪かったが、その実力は確かだった。
彼女のリードで、三崎は高校1年2年の夏の全国大会を連覇。怪物級エースの到来などと持て囃されたが、自分たちの代──つまり、その先輩のいなくなった年の県大会準決勝で、三崎は初回からまさかの大炎上。彼女の夏はそこで終わった。
その時三崎は初めて、その先輩の言葉の意味を理解した。これまで積み上げた勝利は自分のものではなかった。勝ったのは自分でもチームでもなく、彼女。自分は彼女の勝利を作る歯車のひとつでしかなかった、と。
それが正しい事実なのか、それとも三崎が卑屈になっているだけかは分からない。
ただ、それ以来三崎はなんとなく、信用という言葉に苦手意識を持つようになった。
そして今、フィールドに立つ秋梔夏芽もまた『信用』を選んだ。仲間に頼るプレーから、仲間に点を獲らせるプレーへと切り替えたのだ。
それがこの結果。サッカーとしては開き過ぎとも言える点差を見て、かつての大炎上を思い出した三崎はほんの少しブルーな気持ちになる。
「……なあ男虎、スポーツを楽しむって難しいよな」
「ハゲどうですね」
「世代の差を感じるな」
☆☆☆
努力すれば夢は叶う。
成功者の言うそんな言葉に踊らされた前世を思い出す。
「な訳ねえよな」
ああ、そんな訳がない。
努力すれば必ず成長する。けれど必ず成功するわけではない。そんなことに気づくのに随分時間がかかったものだ。
「お前……なんなんだっ! 初心者だろ? 何であんな動きができるッ!?」
息も絶え絶えに、膝に手をついた先輩が俺を見上げる。確か柊木って呼ばれてたっけ?
「……すみません、才能の差、ですね」
申し訳ないけれど、そうとしか言えない。
スポーツは物理法則に則って行われる以上、自分の身体を意のままに操る能力の高さがそのスポーツの上手さに直結する。
筋トレだって柔軟だって技術練習だって、突き詰めてしまえば全て、そのためのものだ。
秋梔夏芽の身体はあまりにも上手く馴染む。
知識と経験さえ蓄えれば、ゲーム世界内の彼のようにあらゆるスポーツで頭角を現すこともできるだろう。
「……ッ」
先輩はただ悔しそうに俺を睨みつける。
それはかつての『僕』によく似ている。理不尽で不条理。それを深く刻み込まれた者の目だ。
努力する人が好きだ──かつて俺が御手洗さんに贈った言葉。その想いは今でも変わらない。
けれど、それは今にして思えばただの自己肯定とも言える言葉だ。母親に言われるがままに、様々な分野に手を出して、それなりの結果を残しつつも、決して一番にはなれなかった自分への──才能の前に何度も倒れてきた自分への、ただの言い訳。
正直自分自身、秋梔夏芽のこの肉体は憎らしくもある。過去にあれだけ苦労したあれやこれをすんなりとこなせてしまうのだから、ズルをしている気分になるのも無理はないだろう。
まったく、心底イヤになるぜ……。
まるで水無月透として生きてきた自分の人生を否定されたような気分だ。
「でも。だからこそ、誰かが言わなきゃいけないことだと思うんです」
世の中才能です。なんてことを平気で言ってしまう人間に好感を持つ人はまずいない。
成功者が才能に助けられているにも関わらず、あくまで「努力した」と言い張るのは、それが彼らにとって得だからだ。結果を賞賛され、過程を賞賛され、人格を賞賛される。
対して「才能です」なんてことを言った人間はどう評価されるだろうか。結果は賞賛されるかもしれない。しかし、そこまでの過程も人格も周囲からは否定される。
人は皆少なからず努力はしているのだ。だから成功者は努力したと言える。それは言わば言葉のトリック。彼らは世界の求める模範解答を口にしているに過ぎない。
──現実はそんなに甘くない。
「だったらテメェは何か。凡人の努力は無駄だって、そう言いてぇのか?」
「いいえ、先輩。凡人の努力は前提です。才能のない人間は必死に藻掻いて、誰よりも頑張って、それでも届かなくて……。たくさん泣いて、何度も苦しんで、手を伸ばし続けるしかないんです」
負けると分かっていても闘い続けなければならない。敵と、己と、何度でも。
心が疲弊して、身体が痛くて、膝を折りたくなることもあるだろう。涙で霞んで、目指すべき道を見失うこともあるだろう。
それでも踏ん張った者がやがて手に入れる強靭な精神は──ときに天才の喉元を掻き切る刃となる。
俺に言わせてもらえば、勝利に必要なのは才能、努力、精神、そして運だ。
生身の人間が戦う以上、メンタルが結果に影響を及ぼすのは当然である。
「男は根性です!」
世間一般的には受け入れられ難い根性論。
ただ己に課す限りにおいてはこれ以上にない武器になると思う。
努力だけでは埋まらない差は確かにあって。
幾度となく才能の前に挫けてきた。
けれど、負けた分だけ人は強くなると思うし、才能に胡座をかいた天才どもは往々にして脆い。
「先輩はいま、本当に全力を出し切れていますか? 開く点差に踊らされて、視野が狭くなっていませんか?」
「……何が言いたい」
「いえ、特には……。ただ、僕がベンチで見ていた時の先輩はもっと鋭かった」
身体能力は先輩よりも秋梔夏芽の方が上だけれど、技術を比べた場合、僕の動きなんて児戯に等しい。本来1対1ならば、まず勝てない。
「ただ、今の先輩には微塵も負ける気がしません」
その軟弱な精神で僕を止められる訳がない。
「……っ!」
僕は──秋梔夏芽はその場に沈み込むように重心を下げてから一気に加速。
柊木先輩の脇を抜け、こぼれ球を拾いに行く。
ワンテンポ遅れてやってきた柊木先輩は、上手いこと俺の先に回りこんで、行く手を阻む。
が、やはり先輩はプレイが萎縮しているみたいだ。
俺はそのまま左サイドから中央へと直角にドリブルをして、逃げる。案の定先輩は隣を競り合う形で俺の進行を阻もうとするけれど、これも計算通り。
敵の援護で2対1になったところで、俺はサンドリフトを繰り出し、2人の視線を上にあげる。
宙に舞ったボールを追うように動き出す柊木先輩だったが、そばに居た味方に衝突し、落下点への到着がワンテンポ遅れる。
たったそれだけの事で俺がシュートを打つには十分。ボールがゴールに吸い込まれたと同時に、試合は終了した。
「諦めたらそこで人生終了ですよ」
逆に諦めなければ、きっとチャンスは訪れる。
例えば──死んだ後に第二の人生を貰えたりね。
「おおおおおおおおおおおお!!!」
悔しそうな顔をする先輩を見て少しだけ落ち込んでいると、遠くから左近が走ってきた。
彼は満面の笑みで、俺の背中に負ぶさる。
「すっげぇな夏芽! ボコボコじゃねえか!」
「ちょっ、汗かいてるから……!」
やたらとテンションの高い左近は整列のときもずっと、うおーうおー言っている。
喜び過ぎじゃない?
「おいおい秋梔。勝ったんだから、少しは喜んだらどうだ? お前にはその義務があるだろうが」
ペシリ、と俺の背中を叩く三崎先生。
権利ではなく、義務か。
「……はい! やりました!」
みんなの笑顔を見て、俺もようやく笑えた気がした。
お読みいただきありがとうございます。
本作品はとある大賞に応募していたのですが、残念ながら最終選考で落ちてしまいました。
でも1800近い作品から15作品まで残ったのは、凄いですよね!少しは自慢してもいいですよね!ちょっと悔しいけど。
今回のお話は少し重めだったのですが、どうでしょう。僕自身は夏芽くんほど本気で努力したことがないのでよくわかっていませんが、やはり努力だけでは埋まらない才能の差というのはあるのでしょうか。
次のお話は明日か明後日に更新すると思いますので、是非お読みください(多分ギャグ回)




