サッカーしようか。
朝のホームルームを終えて、着替えも終えた俺たちは校庭へ。長々しい開会式と準備運動をも終えて、いよいよ試合だ。
今日はサッカー大会。1回戦目の相手は3年Aで、9クラスのトーナメント式だ。
前半15分、後半15分。人数は11人のフルコートで行う。審判もついて、かなり本格的ではないだろうか。
「勝て。分かってるな?」
「「「イエス・マム!!!」」」
うわっ。びっくりしたあ。軍隊かな?
よく見ると、みんなピシッと横並びになっている。さては俺が居ない間に相当鍛えられたな?
「それでは1試合目のスタメンを発表する!」
先生の高らかな声に耳を傾ける。
さて、俺のポジションは──
「秋梔、お前は控えだ」
ベンチでした。
なんだか出鼻をくじかれた気分だ。
遠くで知久くんがニヤニヤしている。めっちゃ腹立つな。
確かにサッカーってチームスポーツだしね。
クラスに馴染めていない俺が試合に出てもみんなを混乱させてしまうだけかもしれない。こればっかりは……うん、先生が正しい。
納得した……。納得しましたッ!
「ははっ。どんまい、夏芽!」
「うるせぇ! 納得したって言って──ああ、ごめん、左近」
「お、おう……。ま、まあ。任せろ、夏芽。お前の分まで大活躍してくるからな!」
つい八つ当たりをしかけてしまった俺に若干引きつつも、左近はそう言った。
ほんとごめん。
「そうでごわす! 1点もやらないから安心するでごわすよ!」
「赤服の言う通りだ。お前がいなくても何とかなるってことを証明してやるぜ!」
頼もしい二人の友人たちの励まし。
そして試合が始ま──
「頼む夏芽! 何とかしてくれ!」
「すまんでごわす……」
即落ち二コマかな?
前半が終わった時点で3対1。コテンパンにやられていた。どう考えても、左近と赤服くんのセリフがフラグになったとしか思えない。
相手は3年生。2人ほど経験者らしき動きをしている人がいたのだけれど、そのうちの1人にハットトリックを決められてしまった。
ちなみに、こっちが獲った1点は成木くんの超絶美しいシュートだ。彼は意外と運動神経がいいらしい。
「くそっ、なつめぇぇ! 俺は悔しい! 悔しいぞ!」
「う、うん。そうだね。でもまだ後半があるよ」
「きっと後半が終わった頃には6対2になってる」
また3点取られる予定なんだ……。
さっきから先生の貧乏ゆすりがエグいことになってるし、どうにか頑張って欲しいなあ。
「郷右近くん、諦めるのはまだ早いよ。一致団結すれば必ず勝機はある!」
泣き言を言う左近に励ましの言葉を送ったのは、クラスのリーダー的存在の瀬戸大樹くんだった。
彼はこのクラス唯一のサッカー部で、今日もみんなのまとめ役だ。
背の高い爽やか系のイケメンで、男女共に人気がある。異世界にクラスごと転移したら勇者に選ばれるのは間違いなくこいつだ、と言えば、大体の人物像も浮かんでくるのではないだろうか。
生粋の善人ゆえに、誰よりも俺のことを嫌っている節もある。
だけど、俺は別に瀬戸くんを嫌ってはいない。
モテるし、陽キャだし、どう見てもリア充な彼が俺を嫌うというのならば、モテないし、陰キャだし、どう見ても非リアな俺は彼を嫌うわけにはいかない。
そう。俺は自分のプライドの為に何があっても彼を嫌わないのだ。
理由は簡単。これが日陰者にできる俺のできる唯一の抵抗だからだ。
自分の器の小ささに羞恥心が芽生え始めた頃、先生が声を上げた。どうやら──いよいよらしい。
「メンバー交代だな。決勝まで温存するつもりだったが……仕方ない。秋梔、行けるか?」
「えっと、あっ、はい!」
「お前はうちのクラスの秘密兵器だ。できればお前の実力は見せたくなかったが……今回の試合はやむを得ない。──いいか? 出るからには勝て。ゼッテェに勝てッ! 負けたら……わかるな?」
「いっ、いえす、まむ!」
ものすごい圧だった。
球技大会は楽しくやるものだと思っていたけれど、どうやら三崎先生の認識とは反するものらしい。勝負事はとにかく勝ちに拘る。それが彼女の信条であり、矜恃だ。
負けたらどうなることやら……。考えただけでも恐ろしい。
先生は俺の事を随分と高く買ってくれているようだけれど、些か期待が重いような感じがする。
うちのクラスにはサッカー部の瀬戸くんもいるのに、彼以上に期待されてない?
もう夏だと言うのに、緊張でブルブル震えていると、遠くからキャッキャとはしゃぐ女子たちの声が聴こえてきた。
「センセー、こっちは勝ちましたよー」
先頭を歩いていた愛萌が余裕綽々の表情で言う。
彼女たちはつい先程まで体育館でドッジボールの試合があったはずだ。次の試合までの合間を縫って、報告ついでに観戦に来てくれたのかもしれない。
「あっ、皇さんも男子の応援ですが? 前半は少々不甲斐ない結果に終わってしまいましたが、後半は僕の手で逆転させてみせますよ。なんて言ったって、前半唯一のゴールで、アシスト決めたんですから」
皇さんに片恋中の学級委員長──石部金吉くんが頑張ってアピールをしていた。
メガネをスチャッとして、意気揚々といった感じだ。
「私、サッカーはよく分からないのよね。……アシストってことはつまり、別にあなたが点を決めたわけじゃないんでしょ?」
「えっ、あっ……はい」
皇さんも厳しいな。
残念ながら、今のところ石部くんに脈はなさそうだ。
うん。頑張れ。
でも、皇さんが誰かと付き合うとかって、考えにくいなあ。彼女も誰かを好きになったりするのだろうか。歳上の許嫁がいるって話は皇さんの父親からしつこいくらい聞かされたけど。
「石部くんって昔からスポーツは得意だったものね。応援してるわ」
「おまかせを!」
再びメガネをスチャッとした石部金吉くん。
手玉に取られてるなあ。彼はどちらかというと運動神経がよくないのだけれど……まあ、うん。頑張って。
「おーい、夏芽! 試合始まんぞ〜!」
恋の駆け引きを盗み見ている間に、いつの間にかハーフタイムも終わっていたようで、後半が始まろうとしていた。
俺は指示通りのポジションにつく。
そこへテクテクと左近が歩いて来たかと思うと、そのまま肩を組んで声を上げた。
「いいっすか、先輩方。後半からはウチらも本気っスから、覚悟しておいて下さいよ。特にロン毛センパイ、前半に3点獲ってヒーロー気取ってるみたいっスけど、後半は1点も獲れないと思うんで、せいぜい今のうちに浮かれといてください」
ええぇぇ……。
左近、先輩にそんな言い方はさすがに……。
怖いもの知らずにも程があるんじゃないかな!?
「って、俺の親友の秋梔夏芽が言ってました」
「左近!?」
あまりにも急だったもので、軽くパニックになる。先輩に対してあんな失礼な挑発をした挙句、人のせいにしやがった!
本当に親友のすることか、それ!
「おう、1年。あんま調子くれてッと、後で痛い目遭わすぞゴラァ……ッ!」
いや、めっちゃ怖い人じゃん。
なにしてんの、マジで。
先輩は完全に俺の顔を見て怒ってるし、隣で左近は気まずそうに縮まっている。誰得だよ……。
ビビるなら初めからしないで欲しいなあ。
こうして、最悪の空気のまま後半戦が始まった。
☆☆☆
一進一退の攻防。
1年B組は秋梔夏芽と瀬戸大樹を中心としたパス回しで攻め立てるも、思うように点へと結びつけることができなかった。
とはいえ、チームとしてのボールの支配率が上がったことで、失点はゼロに抑えられている状況。
3対1のまま試合は平行線で続いていた。
──残り時間8分。
いよいよ逆転が難しくなるタイミングで、1年B組の担任である三崎希姫は秋梔夏芽に指示を出した。
「秋梔、正座」
「正座ですか!?」
「正座」
「はい」
指示というよりは説教のような光景に視線が集まる。
女子達の視線にソワソワとしながらも、ベンチの前で正座した夏芽は三崎を見上げた。
「勝てって言ったよな」
「えっと、はい」
「なら、どうしてまだ点を獲れずにいる? お前の能力なら十分可能だと、私は踏んでいたんだが?」
「いや、でもシュートチャンスが……」
「あった。あったよ。お前が手放しただけで」
実際、サッカー素人の三崎から見ても、得点のチャンスは何度もあった。にも関わらず、秋梔夏芽が撃ったシュートはゼロ。
「お前、自分がクラスメイトにパスを出さないことを不義理だとでも思ってんじゃねえか?」
「……」
図星だった。
夏芽は、自分がワンマンプレーをしていると思われることを嫌い、ある程度無難なところでパスを出すように心がけていた。
必要以上にチームプレイを拘る彼の性格が、現在点を獲れずにいた原因であることを夏芽本人も自覚している。
「でも、さっき瀬戸くんもチーム一丸となって頑張ろうって言ってましたし……」
ちゃっかり責任転嫁をしようとする夏芽の小狡い言い訳を──しかし三崎は鼻で笑う。
「だかよ、お前を信じてチームメイトが繋いでくれたボールを手放す方が、よっぽど不義理だと思わないか?」
その通りだ、と納得した。納得させられた。
ゆえに反論もできず、ただ黙っていることしかできない。
「お前、クラスメイトを裏切るのか?」
三崎のその言葉に、はっとした夏芽は俯いていた顔を見上げる。
「……っ! いえ、違います。そんなつもりじゃ、なかったんです」
パスを受け取る。それはつまり期待だ。
夏芽の行いはその期待に応えるための挑戦すらを投げ出す行為だ。彼はその事に、遅まきながら気付く。
「仲間を信じろ。どっちにするかはお前が決めていい。それもまた、チームだろ?」
その言葉に、夏芽の目の色が変わる。
くすんだ哀色から喜色へと。
「……そういうこと、ですか」
「ああ、そうだ。チームスポーツってのは仲間を信じるところから始まるんだよ」
小さく息を吐いて立ち上がる夏芽。
ニッと笑う三崎。
この2人のやり取りを正確に理解できた者は他にいないだろう。
ただ分かることがあるとすれば、今のやり取りで秋梔夏芽の意識が完全に切り替わったということ。
夏芽は瞑想するように長く目を閉じ──そしてゆっくりと開く。
感情を感じさせない無機質な眼。
それが映す景色を想像した三崎は勝利を確信し、小さく笑った。
ブックマーク、高評価、ありがとうございます。
とっても励みになってます。今回の試練は瀬戸くん相手ですね。




