きんしん
3日間における一学期の期末テストが終わった翌日の放課後、私こと朝比奈夜鶴は空き教室に呼び出されていた。
無論、テスト一日目に学校を休んだがゆえの処置である。テストをサボれば有名人になれるかも、なんて冗談を話していたら、本当に休むことになってしまったのだ。
その日は朝からとてつもない腹痛で、 二足歩行もままならぬ状態だった。今思い出しても恐ろしい。
ただ、それ以上に恐ろしいのが、今いるこの空間、そして空気感だ。
だって……だって、私は今、御手洗さんと2人切りなんですよ!?
とっても気まずいです!
他の人はともかく、私は夏芽くんと御手洗さんとのあれこれの一部始終を目撃している。
ゆえに、彼女の名が二重さんの集めていた夏芽くんの処罰の軽化署名集あったときも、さして驚いたりはしなかった。
でも、でも、これはやっぱり気まずいですっ!
先生早く来て!
なんて、祈るようにしていると、私が気まずさを抱えていることを悟ったのか、御手洗さんの方から話しかけてきた。
「その、朝比奈夜鶴、貴方にも迷惑かけた、から、ごめん」
視線はこちらへ向けることはなかったが、御手洗さんが謝罪の言葉を口にする。ただ、私は彼女から何かされたわけではないし、迷惑もかかっていない。一体何の謝罪だろうか。そんなことを考える私をよそに、御手洗さんは語りを続ける。
「……あなた、秋梔夏芽と付き合っていたのね。てっきり秋梔夏芽は二重心を々良と付き合っていると思っていたのだけれど──」
「ちゅ、ちょっちぇやっまっちょよ!!!!!」
「なに?」
「ちゅ、きあってましぇん!!!」
まさか、まさか、そんなことある訳ない!
私が夏芽くんと付き合うだなんて烏滸がましい!
「わ、私みたいなメガネ陰キャを夏芽くんが好きになってくれるわけないじゃないですか!」
「別に隠さなくてもいいのに。クラスメイトが大勢いる教室でカミングアウトしちゃったんだし、みんな知ってると思うけど? 脅されて調教されてるのかとも思ってたけれど、授業中のあれはプレイの一環だったのね」
「はうっ……」
そうだ。
そう言えば私、昨日みんなが聞いてる前で夏芽くんのこと好きって言っちゃったんだった。
しかも、割と大きな声で……。
「……。」
どぅぇぇぇぇぇえええええ!!!!
なに!? 何しちゃったの私!!!
嘘!? どうしよう。
死んじゃうっ……死んじゃうよ!!!
あああああああぁぁぁっ! ……もうっ!
「どうしよう、夏芽くんにキモがられちゃう……」
私は机に頭を打ち付け、そのまま伏せる。
ダメだ。今すぐこの教室から出ていきたい。
昨日までは全然意識してなかったけれど、私は確実にやらかしている。手の付けようがないレベルでやらかしている。
夏芽くん本人にバレたりでもした日にはいよいよ命日だ。
いや、クラスのみんなの前でカミングアウトしちゃっただけで十分アウトなんですけど!
「明日からどんな顔して学校に行けばいいんだろう」
そもそも、今日のみんなは私をどんな目で見ていたのだろう。
昨日、教室にいなかった御手洗さんが知っているということは、少なくとも噂にはなっているということだ。
「あなたって内気なだけで、別に大人しい性格ではないのね」
すみません、家とかだと割とこんな感じなんです。呆れましたよね。
うう。でも、そっかぁ。
みんなの前で夏芽くんが好きって言っちゃったのかあ。
これはもう、認めるしかないのかもしれない。
朝比奈夜鶴は秋梔夏芽くんが好きだ。大好きだ。
そして、これは、その……異性として、ひとりの男の子としての「好き」だ。
もちろん叶わない恋である自覚はある。
きっと夏芽くんにとっての私は数いる中のひとりに過ぎず、入学当初に散々迷惑をかけた私が、こんな感情を抱いてしまっていること自体、彼にとっては不快なものかもしれない。
だから、ずっと秘めていようと、そう思っていたのに……。
「もうダメです。虫になりたい……。私なんてかですよ、蚊! 叩き潰されて死ぬんです。……あ、でも最後に夏芽くんの血だけ吸わせてもらいたいです……」
「なんか、ごめん。……ごめん」
「謝らないでください。全部私の不注意ですから」
「けど、私も今なら理解できるよ。あなたが彼を好きになったのも、納得できる」
そう言った御手洗さんの顔付きは優しくて、どこか儚げに感じた。……まさか!?
「夏芽くんと何かありました? もしかして、夏芽くんのこと好きになっちゃったんですか?」
「私? ナイナイ。私はもっと硬派な人がいいの。まあ、でも、彼の度量の深さは認めざるを得ないかもね」
「そうなんです! 夏芽くん、すっごく優しくて、器も大きいんです。洗面器、いや、縄文土器です!」
「うふふっ、あなた結構面白いんだね」
御手洗さんは思わず吹き出して笑う。
少し苦手意識のあった御手洗さんだけれど、なんだか仲良くなれそな気がした。
☆☆☆
「てめえか、俺のアイスを食べたのは!!!」
「うっさい! アイス1個でガタガタ言わないでよ、お兄ちゃん! ほんと、器が小さいんだから」
「何言ってんだよ。俺の器の大きさは木管楽器。いや、弥生土器だぜ!?」
「うっわ。究極的に面白くな!」
「2人ともうるさい! お兄なんて、どうせ学校なくて暇なんだから自分で買ってくればいいじゃん! ほら、お兄ート、肩揉んでよ〜。はやく〜」
「……くっ。はいはい」
「返事は『はい』でしょ?」
「……はい」
テスト最終日から3日間の自宅謹慎を言い渡された俺は、妹達からニート扱いされていた。
実際、働きもせず、学校へも行かずに家に篭っているだけなのだから反論もできない。
「はあ。暇だなあ……」
結局、やることと言えば勉強くらいしかない。
この前図書室で借りたパパゴ語の辞典を開いてページを捲る。
三崎先生曰く、今回の3日間の自宅謹慎はあくまで仮のもの。この期間内に沙汰を決めて、連絡するとの事だった。
先生は多分退学にはならないと言ってくれたけれど、実際は微妙なラインである。
「もっと強く〜。ほらー、がんばれ♡がんばれ♡」
春花のムカつく声色に、高握力の指圧を食らわせてやろうかと思ったその時、スマートフォンがブルブルと震えた。
──チュッキップリィww チュッキップリィww
相変わらず腹の立つ着信音だな。
「もしもし秋梔夏芽です」
『一年三組担任の三崎希姫だ。緊急時の連絡先にスマホの連絡先が記載されていたからこちらに電話した。ちなみに、家の電話は?』
「あー、うちに家電はないですね」
『そうか。最近はそういう家庭も増えているからな。まあ、問題はない。で、だ。今回連絡したのはお前の措置についてなんだが……』
「はい」
いざそれを言い渡されるとなると、途端に怖くなる。先生が退学にだけはならないよう最善を尽くすと言ってくれはしたけれど、それでも不安は掻き消えない。
『退学になりま──』
「……っ!」
『せんでした。良かったね!』
「先生っ!!!!」
『うっさ。おいおい、電話中に大声上げるのは無しだろうが。勘弁してくれよ。ったく』
いやいや。先生が悪くない?
俺だって人生のかかってるこの場面で冗談通じるほど、肝の据わった男じゃないよ。どちらかというど小心者だし、器の大きさで言えばコンタクトレンズといい勝負だよ。さっきのアイスの話で言うならば、俺は蓋に付着したアイスも食べる派だ。舐め取ったりだってする。
『一応学園長が御手洗から事実を確認することで、今回の事件にお前には非がないと認められた。ただ、それは他の面々には公表しない代わりにお前には一週間の自宅謹慎を言い渡すことになった。いいな?』
「はい。じゃあ、来週から学校に行ってもいいんですね?」
『おう。それは問題ない。ただ──』
「ただ?」
『一週間後のお前の登校日は球技大会があってな』
──秋梔夏芽。担任命令だ。無双しろ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
秋梔夏芽退学編はこれにておしまいです。
夏芽や皇妃、御手洗のテストの結果や朝比奈家でのバイトのお話などの話は次の章に持ち越しします。
次回、秋梔夏芽無双編。
秋梔夏芽が俺TUEEEEしまくる?話です。
よろしくお願いします。




