はち
「見てみてお兄! 今日ね、OGの人が差し入れてくれたの! お兄も好きなだけ飲んでいいよ!」
「……おお。すげぇ量だな」
放課後、家に帰るとベッドの隣にダンボールが数段積まれていた。どうやら中身は2Lのスポーツドリンクらしい。
「夏帆さんからの差し入れだよ。お兄ちゃんにもよろしく、だってさ」
「そっか。……それより、2人とも。ちゃんとありがとうは言ったか?」
「言ったに決まってるでしょ? 私、外では結構礼儀正しいんだよ?」
「ハナもだよ」
「礼儀正しい奴は兄の友達を林に埋めようとしたりしねぇよ」
「何言ってるの、お兄ちゃん。敵対した以上、誠意を持って迎撃するのが礼儀でしょ?」
なんだコイツら……。
うちの妹たち怖ぇんだが。
「家でもしっかりしてくれたらいいのになあ」
というか「外では」って前置きの時点で、家じゃあダメダメなことを自覚しているってことだよね?
「はあ。家でもそんなんでいたら息が詰まって死んじゃうよ。私、学校じゃ高嶺の花だからかっこつける義務があるんだ」
「ハナもだよ」
いや、冬実々はともかく、春花は無理があるだろ。どう見てもちんちくりんだし。この子は同年代で見比べてもあまり発育が良くない。背も低いし、骨格からして華奢だ。もしかしてマスコットキャラクター的な扱いなのかな?
「知らないの〜? ハナたち学校じゃあモテモテなんだよ〜?」
「へえー」
そうかそうか。よかったじゃないか。仔猫的な扱いかな。
俺は制服をハンガーに掛けて、部屋着になって扇風機の前に座る。とりあえず1時間くらい勉強してから夕飯の準備かな。
「今日の夕飯なににするの?」
「うーん、お米が切れちゃったからパンかな」
「え、パン?」
「うん。パン」
「あははーごめんお兄ちゃん。パンはさっき食べちゃった」
……マジ?
「食うもんアレしかないけど……?」
困ったな。今日はパンとシチューの予定だったので、まるっきり食べるものがないという訳では無いが、固形物はしっかりと食べておきたい。
「お兄、さすがに夜くらいはちゃんとしたの食べたい」
ぶすっとした顔で訴える春花。珍しく気が合うな。だが、俺じゃなくて冬実々に言ってくれ。
「パンがなければ強力粉250g、薄力粉150g、マーガリン30g、砂糖30g、塩5g、ハチミツ35g、牛乳、ドライイーストを適量加えて捏ねて焼けばいいじゃない」
「マリー・アントワネットか、お前は!」
あまりにも悪びれもせず言うものだから、勢いよく突っ込んでしまった。まあ、実際には言ってないらしいけどね、この台詞。
「もう少し涼んだら夕飯の食材買ってくるから勉強して待ってろよ」
俺も勉強しなきゃなんないし、ぱぱっと行って帰って来よう。
「お兄ちゃん、私も行くよ」
冬実々は俺の膝の上に座ると、扇風機の前で「あ゛ー」と声を上げながら言った。
「お前は勉強があるだろ?」
「結構頑張ったよ? 少しきゅーけー」
風に靡かれた彼女の髪が俺の頬をくすぐる。シャンプーと少し汗の混じった匂い。美少女の汗の臭いと思えばご褒美なんだろうけれど、相手が妹だというだけの事でそれが臭いものであるように感じてしまうのだから遺伝子ってすごい。
俺は扇風機を首振りにしてから膝の上の冬実々を隣に下ろした。
「むー。」
頬を膨らませる冬実々の頭をひと撫でする。
懐いてくれるのは嬉しいけれど、夏に密着されるとさすがに暑い。実年齢は俺と1つしか変わらないのに、なんでこんなに子供っぽいんだろう。
「お姉ちゃんかわいそー。お兄如きにフラれるなんて〜」
俺を責めながら、今度は春花が俺の上に座ってくる。こいつちゃっかりしてるな。
「暑苦しいっての」
「狭量だなあ、お兄ちゃんは」
再びまとわりついて来た冬実々は俺の胴に腕を回すとひしっと抱きしめる。
「熱殺蜂球かよ」
スズメバチが巣に入ってきた場合、ミツバチはそのスズメバチにまとわりついて蜂球を作る。ミツバチ達は摩擦などで熱を起こし耐熱性の差でスズメバチを蒸し殺すのだ。
「2人して俺を殺そうとしてるのか!?」
「違う違う。あ、でもさ考えてみたらあれって結構エッチじゃない?」
「いや、全然わかんねぇよ。命のやり取りにエッチも何もないだろ」
変な同意を求めないでくれ。
しかも相手は虫だ。
どう贔屓目に見ようとしてもアレをエッチだとは言えない。俺の妹もしかして頭おかしい?
「だってさ、働きハチってみんなメスなんだよ? しかも、ミツバチの特性の体温が高くて身体が小さいって……もはや幼女じゃん! 幼女に包まれて死ぬとかどんなエロ漫画!?」
「……い、いやあ」
ぶっちゃけドン引きだ。
妹の下ネタってこんなに凹むんだな。
「おい、ハナ。何とかしろ、お前の姉だろ?」
「そっちが何とかしてよ。お兄の妹でしょ?」
すすすーっと距離を取った春花。さすがの彼女もドン引きしていたようだ。普段冬実々にベッタリな春花がこんな反応をするなんて余っ程だ。
「お前は反省するべきだな」
俺はそれを捨て台詞に立ち上がる。
ただでさえ時間がないのだ。俺に勉強させてくれ。今回のテストが俺の人生に与える影響は大きい。
「目指せ満点! 頑張るぞ!」
☆☆☆
秋梔三兄妹が例によって例の如くイチャついていた頃。必死の形相で机に向かうひとりの少女の姿があった。そう。今回秋梔夏芽と対峙することになった御手洗花束である。
男虎愛萌は御手洗花束を陰キャと言い表していたが、少なくとも彼女に友人と呼べる存在はいない。
理由は単純。彼女にとって他の生徒たちはすべて自分より劣る存在だからである。
学校とは学舎である。つまり学力の高い生徒こそが優秀。彼女は中学までありとあらゆるテストで一位を取り続け、己が誰よりも優れていることを証明してきた。
己こそが頂点。彼女は常にそれを意識してきた。
その座を誰にも渡さないという覚悟もプライドもあった。一番であり続けること。それは誰に言われるでもなく、己が己の心に誓ったルールだ。
「……負けるはずがない。たった一度でも私の一番を穢したあいつを私は絶対に許さないっ!」
初めての敗北。初めての屈辱。
故に彼女は秋梔夏芽の認めることができなかった。学校を休んでトラブルばかり引き起こす問題児。席替えを機に観察してみれば、隣人への調教行為。
「私を……馬鹿に、するなっ!」
秋梔夏芽は負けたら退学の勝負いとも簡単に引き受けた。まるで自分が勝つのが当然とでも言わんばかりの態度だ。
どんな不正をしたかは分からないが、絶対に暴いてやる。御手洗花束は奥歯を噛み締めながらペンを走らせた。
──そしてテスト当日。
御手洗花束は大きな失態を冒す。
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