秋梔くんは性格が良くない
「御機嫌よう、秋梔夏芽くん。ちょっといいかしら」
二限終わりの休み時間、後ろからかかった声に振り向くと、そこには綺麗な黒髪の女子生徒が凛々しく立っていた。
「うん。御機嫌よう皇さん。どうかしたかな」
今日も皇さんはクールな出で立ちで、体育着姿なのに何故か品がある。これが皇妃の所以だろう。
「来週、テストよね。それで父様に許可を取ったのだけれど、今週末、私の家で勉強合宿でもどう?」
「合宿? それって、泊まりがけって事?」
「ええそうよ。知っての通り、私の家はかなりの豪邸。貴方みたいな庶民が同格のホテルに泊まろうとしたら何百年も働いて貯金しないといけないレベルのね。どう? 興味はない?」
ひ、ひとこと余計だよ。
それに、俺は将来まで貧乏人であるつもりはないよ。余裕になるよ。
とはいえ、時間的余裕がないのは間違いない。できるなら自分の勉強をする時間に当てたいし、妹たちの勉強も見ないといけない。
「それに、土日は妹達の部活のお弁当する作りとかあるし、ごめん。行けないかなあ」
「嘘……断る奴がいるなんて……。信じられないわ」
皇さんはまるで地球外生命体を見るような目を向けてくる。
俺だって行きたくないわけじゃない。というかむしろ行きたいくらいだ。友達の家に泊まる行事が存在するだなんて、前世では都市伝説だと思ってたからね。
「ごめん。代わりと言ってはなんだけれど、学級委員長の石部くんはどう? 彼なら皇さんの助けになってくれるはずだよ?」
石部くんは猫を虐待したうえに、その事実を俺に擦り付けたサイテー野郎だけれど、皇さんのことは割と本気で好きそうなので、縁繋ぎだけしておいてあげようと思う。俺って良い奴?
「はぁ? イヤよ、あんなバイ菌みたいなやつ。あの男はね、私を追いかけてわざわざ同じ高校を受験したのよ? 半ばストーカーじゃない。まったく。私のどこに惚れたのかしらね。やっぱりこの美貌かしら」
色々と突っ込みたいところがあるけれど、とりあえず石部金吉くんごめん。君の知らないところで勝手に振られてしまった。ごめん。
「まあ、仕方ないわね。せっかく特別講師代として幾らか予算も降りるはずだったのだけれど、テスト前だし、今回は諦めるわ──」
「ま、待った!」
俺は去りゆく皇さんの腕を掴んで呼び止める。
「たしかに俺には行けない理由がある。でも、行かないとは一言も言ってない」
「なによ、随分と必死じゃない」
余裕とは、お金があっての余裕だ。
今の俺は余裕だが、お金を手に入れれば更に余裕になれる。そのためになら多少は必死にもなるのだ!
お金ちょーだい!
「まあいいわ。詳しいことはまた連絡するから」
「ちょっ、ちょっと皇妃! あなたこの男を自宅に招くつもりなの!?」
今度こそ去ろうとする皇さんに、次に待ったを掛けたのは後ろの席の御手洗さんだった。
「そのつもりだけれど。なに? あなたに何か関係あるかしら。彼は私の家庭教師の先生よ?」
「嘘……既に家に招いているの? ねえ、この男に変なことされてない?」
「はあ? 何言ってるのよ。この男は大概変よ。変じゃないときの方が稀だわ」
「やっぱり……」
やっぱり? 2人とも本人を目の前によくもそこまで言い切れるものだ。今日の俺が余裕な俺じゃなかったら、悲しくなってた。
「秋梔夏芽……あなた今すぐ皇妃から手を引きなさい。それと朝比奈さんからもよ! 第一、あなたみたいな奴が人に勉強を教えられるわけないじゃない!」
いっ、言ってくれるじゃないか!
俺だってここまで言われて黙っていられる男じゃない!
言い返すぞ! 絶対言い返すぞ!……次悪口言ったら言い返すからっ!
「私はね、秋梔夏芽の本性を知っているの。なんて言ったって、この男を観察するために、わざわざ席を代わったのだもの」
御手洗さんはビジーっと指をさして発言する。
もしかしてだけど、俺のファン?
「ぽっ」
「あなたなに頬を赤らめてるのよ。気持ち悪いわね」
いやぁ、ちょっと照れちゃって。
「私、今日見たのよ。秋梔夏芽と朝比奈夜鶴が手紙のやり取りをしているのを。ねえ、朝比奈夜鶴。そうでしょ?」
「ひゃっ、ひゃい!?」
急に話を振られた夜鶴が小さく縮こまりながら応答した。俺の隣の席に座る夜鶴に会話は全部筒抜けだろう。手紙のやり取りがバレていたことに対する焦りのようなものが見て取れる。
「あ、あの手紙のはですね……えっと」
「命令されていたのでしょう? 『今日1日ノーブラで過ごし、先端にはこの絆創膏を貼れ』って無理やり脅されてたのでしょう?」
「ごごご、誤解だよ! どこの露出調教だよ。俺はもっとノーマルだよ!」
「そ、そうですよ! ブラジャーは私が今日、たまたま忘れただけです! なっ、夏芽くんとは関係……なくはないですが、彼は悪くありません」
「まさか秋梔夏芽を庇うなんて……。そこまで調教が及んでいるというの!?」
「なかなかやるじゃない。まさか、私に近付いたのもこの麗しい身体が目当てだったのかしら?」
「え? いや、皇さんの場合は財産目当てかな」
それに近づいて来たのは皇さんの方からだ。
ちゃっかり捏造しないで欲しい。
「む。今聞き捨てならない言葉が聞こえたわね。貴方、今の財産目当てと書いてアルバイトと読んだの? 訂正して頂戴。それではまるで、私のこの美貌が貴方にとって価値がないみたいじゃない」
「もちろん、皇さんは綺麗だと思うよ? でもお金の方がもっと輝いて見える」
「この男、さては童貞ね?」
「え、夏芽くんって童貞なんですか!?」
こらこら、夜鶴。そこだけ反応しない。
ゲームの設定上この学園に非童貞非処女はいないんだよ。
「こう見えても俺は中学時代、エースで4番だったんだぜ?」
「それと何の関係があるのよ。馬鹿なの?」
「というか、自分も経験ないくせにそうやって人を見下すのはよくないよ!」
「何言ってるのよ。私はヤリヤリよ」
はい嘘。なんでそんな見栄をは張るんだよ(自棚上)
「小さい頃は毎日のように爺やと同じベッドで寝ていたわ」
「お、おう……」
多分だけど、この子本格的に勘違いしてる。
まさか性知識までお嬢様だとは。
大事に育てられてるんだろうなあ。
「皇さん、ちょっと可愛いね」
「可愛いんじゃないわ。美しいのよ」
しかも褒めがいがない。まあ、今のは皮肉だけど。
「あーっ、もう! とにかく! その男は信用しない方がいいって言ってるの!」
痺れを切らしたように吠える御手洗さん。
ストレスからか、若干目が血走り、息も荒い。
「もう少し生産的な話はできないのっ!? 馬鹿なの!?」
うーん。でも、高校生の会話って7割下ネタでしょ?
だりー、ねみーとおっぱいは三種の神器だって聞いたよ?
「御手洗さんももう少し落ち着いてよ。俺は悪い人じゃないんだぜ! 本当に悪い奴はいつだって、善人を装っているものだよ。こんなに悪そうな顔してる奴が本当に悪い奴な訳ないじゃんか」
俺は臆病過ぎて悪いことなんてできないよ。
それに、御手洗さんはまだ知らないのだろう。こんな風に下らなくて、アホみたいな日常会話がどれだけ貴重で尊いものなのか。
「俺も経験者だから言えるけど、勉強ばっかするんじゃなくて、もう少し輪を広げていくことも大事なんじゃないかな」
他人を許容できる余裕を持って欲しい。
そしたら多分、俺が言うほど悪い奴じゃないんだって気付いてくれるはずだ。
「私が悪いって言いたいの?……許せない。静かな怒りが今にも私をスーパーサイヤ人に覚醒させそう……」
御手洗さんがぷるぷると震える。
「何よ、この子面白いじゃない。勉強ばっかで脳みその凝り固まったボッチかと思ってたけれど、意外とそうでも無いのかしら」
一部俺にも突き刺さる言葉を吐いた皇さん。
しかし、その次の言葉が御手洗さんへのトドメとなる。彼女のプライドを粉々に打ち砕く言葉──
「さすがは学年2位ね」
──バンッ!
直後、机を強く叩きつけ立ち上がった御手洗さん。
彼女はもう我慢の限界といった様子。
「秋梔夏芽! 今回のテスト、私と勝負しなさい! もし貴方が負けたら、この学園を去れ!」
怒りと覚悟、そして屈辱。
様々な感情を孕んだ強い言葉。そして視線。
それに対して俺は──
「うん、いいよ」
──俺は余裕だった。
お読みいただき、ありがとうございます。
秋梔夏芽退学編、いよいよ後半に差し掛かります。
個人的にお気に入りのシーンもあるので、良ければ最後までお読みいただけると嬉しいです。
次のお話もよろしくお願いします。




