つまり平常運転
「行ってきまーす」と、俺が家を出たのは朝の7時頃。結局、いつもより少し早い程度の時間での登校だ。
部屋に転がる春花はスカートを全捲りされた上に頭の上で結ばれ、巾着状態である。
モロ出しにされた尻のパンツを捲れば、恐らく俺の手形がついていることだろう。
俺にとってはメスガキをわからせるくらい余裕なのだ。
まあ、ともあれ。
久しぶりに早い時間に登校した俺は野球部のいるグラウンドから聞こえる金属音に耳を済ませながら、教室を目指す。
この時間なら朝練組以外の生徒は登校していないだろう。
「お! いっちばーん!」
ほらね。
俺はカーテンを揺らす爽やかな風に心躍らせながら、自分の席へと向かう。
「……なに?」
「あ、いえ。なんでもないです」
やべえ! 人いたよ! もしかして見られてた? 聞かれてた?
「言っとくけど、あなたが悪いからね? 私は消しゴムを拾ってただけ。勝手にはしゃいでたのはあなた。私は何も悪くないから」
新しく俺の後ろの席となった御手洗さん。
彼女はどうやらこんなに早い時間から、朝勉強をしているらしい。
「……なに?」
「いや、御手洗さんって努力家なんだなって思って」
「……は? これくらい普通でしょ? 上位の成績を取る為にはこれくらいやんなきゃ」
「そうだね。全く持ってその通りだ。失礼なこと言ってごめん」
ただこの世界にはあまりにも天才が多過ぎる。
例えば秋梔納夏芽は運動能力がアホみたいに高い。『トモ100』の描写の中には、夏芽が様々な部活の助っ人として大活躍をしているシーンがあるが、実際にそのスポーツに携わったことのある人間からすれば理不尽極まりない。
特に、弓道経験者の俺からすれば「あ、なんか刺さったわ」などと言いながら的を射抜く彼には、ゲームと言えど妬ましさを感じたものだ。
しかし、御手洗さんは天才と言うよりは秀才と言うべきだろう。学年二位の成績も、彼女の努力が身を結んで手に入れた地位である。
俺はそういうのが好きだ。
「……あなたは」
「なに?」
「あなたは1日どれくらい勉強してるの?」
「俺は授業以外はそんなにしてないかな」
最近だと平日はだいたい3時間くらいだ。
今のこの家庭環境で大学を目指すのは難しいだろうし、正直勉強に対するモチベーションはあまり高くない。
「……私は、私は毎日家で5時間勉強してる。朝だって1番に来て、予習と復習をしてる。なのに2位だった」
えっと……。
「聞いたの。テスト、あなたが1位だったんでしょ?」
「うん。まあ、一応そうだね」
「ねえ、それは本当にあなたの実力なの?」
「え?」
「私はね、あなたがカンニングしたんじゃないかって疑ってるの」
「マジか」
マジか。
随分とストレートに言うんだな。
愛萌にも同じようなこと言われたけれど、俺ってそんなに頭悪そうに見えてるのかな。
「あなた、前回の地理のテスト、問2の(1)の問題、間違えたそうね」
個人情報保護法は!?
一体どうなってんの!?
「あの問題、正答率は97%だったそうよ。つまりクラスであなた以外全員が答えられたの。あんな簡単な問題も解けないあなたが高得点なんて、ありえない! 違う!?」
徐々に言葉に力の入っていく御手洗さん。
勢いよく立ち上がった衝撃で、カチューシャがズレる。
たしかに、テストをカンニングしたヤツに負けたらそれは屈辱だろう。努力の結果を全て踏み躙られた気持ちにだってなるだろう。
「でも、俺だってちゃんと勉強してるよ」
地理のあの問題を習った日、俺は学校にいなかったのだ。まさか『ヤム〇ャが栽培〇ンにやられた時のクレーターはどれでしょうか』なんて問題が出てくるとは思わなかった。
「……まあいい。どうであれ、今回のテストで勝つのは私。先生もカンニング対策に力を入れてくれると言っていたし、今度こそ、あなたの真の実力がわかる。……覚悟しておくことね」
御手洗さんはそれだけ言ってカチューシャを付け直すと、俺への興味は失せたとばかりに視線を教科書へと落とした。
☆☆☆
「ギッ、ギリギリセーフです……」
朝比奈夜鶴が寝坊したのが誰のせいかと言えば、それは秋梔夏芽のせいという他ない。
「おはよう、夜鶴」
「お、おひゃ、おひゃようぐぜぇます、夏芽くん」
昨日の件もあり、興奮して朝方まで寝付けなかったことが寝坊の原因であることは言うまでもないだろう。
下の名前で呼び合うなんてもはや親友では?
そんなことを思っては、楽しい青春ライフを妄想しているうちに、とっくに夜明けが迫っていたわけだ。
「暑い……汗かいちゃったや」
衣替え期間に入りはしたものの、未だに冬服の夜鶴は、ブレザーを脱いでシャツをパタパタと仰ぐ。
もうそろそろ、夏服に変えてもいいかもしれない。
「夜鶴! 夜鶴!? 待って! やばいよ!」
「なっ、なんですか!?」
焦った様子の夏芽は周りに聞こえない程の小声で夜鶴に迫る。
「ブラ! ブラつけ忘れてる!」
「……へっ? きゃっ!」
言われて始めて気付く。
たしかに今の夜鶴はシャツの下に何も着ていなかった。紛うことなきノーブラだ。
小さく上げてしまった悲鳴に皆が振り向くよりもはやく、光の速さでブレザーを着直した夜鶴は視線を避けるようにうずくまる。
どうしよう。今日の二限は体育なのに。
「汗で張り付いたりでもしたら一巻の終わりだ……」
「続きはどこで読めますか?」
「秋く……夏芽くん、Twitt〇rはやってないって言ってませんでした? 二巻の発売日は未定です……」
☆☆☆
私こと、御手洗花束がわざわざ秋梔夏芽の後ろの席を所望したのは大鷲さんのためではない。
自分の目で秋梔夏芽という男を観察するためだ。
この男はとにかく悪い噂が耐えない。
強姦、暴力、動物虐待、放火──数えればキリがない。そんな中でも私が絶対に許せないのが、テストのカンニング疑惑だ。
私は勉強に全てを捧げてきた。
学力だけが私の唯一の取り柄。そして武器。
学ぶことは楽しい。ときにはそれか苦痛になることもある。それでも、周囲からの賞賛や数字として結果に出るそれ等は、私に価値を与えた。
「なのに……」
高校に入って初めてのテスト。
私はクラスで2位だった。
手応えは決して悪くなかった。全教科90点以上。これなら1位も確実だと、内心確信していた。
度肝を抜かれた。
だって、まさかの1位が、あの最低最悪の不良生徒、秋梔夏芽だったのだから。
初めはただ愕然とした。しかし、ある日職員室で秋梔夏芽にカンニング疑惑が上がっている事を耳にした。
私が学校をサボりまくっている奴に負ける?
有り得ない! 何かズルをしているに決まっている。そうだ! あの男はカンニングしたに決まってる!
だから私は見極めることにしたのだ。
秋梔夏芽の人間性というものを。
そして、結果は席替えの翌日、直ぐに出ることになる。
一限目、秋梔夏芽が朝比奈夜鶴に何やら机の下で紙を渡しているのを見た。
それを受け取った朝比奈夜鶴はほんのりと顔を赤くしてその紙に何かを書き込む。その反応はまるで親しいものとのやり取りのようにも見えたが、私の目は誤魔化せない。
きっと朝比奈夜鶴は、秋梔夏芽にイヤらしい命令をされているのだ。そうに違いない。
しばらくして、今度は秋梔夏芽が絆創膏を二枚朝比奈夜鶴に手渡した。
『こ、これを付けて体育に出るんですか!?』
どういう意味かはわからないが、それが朝比奈夜鶴が授業中に零した最後の言葉だった。
「なっ、なっ、、何をやってるの!?」
一限が終わり体育の始まり。
朝比奈夜鶴はちっ、ちく……びに、絆創膏を貼ると、そのまま体育着を身にまとった。
「いや、今日ブラジャーを忘れてしまいまして……秋梔さんに絆創膏を貰ったんです」
そんなエロ同人誌みたいな話があるか!
これは……これはつまり、調教されている!?
たしか聞いたことがある。調教の一種には下着を着用させずに日常生活をさせるものがあると。
この子は秋梔夏芽からこんな辱めを……。
やはりあの男許されない。
「今日の授業は見学した方がいい。三崎先生も話せば分かってくれるだろうし」
「そ、そうですね。そうします……」
秋梔夏芽……覚えておきなさい。
今回のテストで、あなたの正体を暴いてみせる!
ブックマーク、高評価ありがとうございます!
毎度、とっても励みになっています!
良ければ次話もよろしくお願いいたします!




