これが俺の正義
かつて俺は正義の反対は悪なのだと思い込んでいた。悪とは人を不幸にするもので、滅すべきものなのだと、信じて疑わなかった。
だがどうだろう。それは誤りではないだろうか。
正義と悪の本質に違いなどないのではないだろうか。
『正義の反対は犠牲だ』
人は自分が正しいと信じた義を通すには必ず対価を払わなければならない。それを人は犠牲というのだ。
そして、正義が生み出す犠牲とは大概己である。
自己犠牲なくして正義は成し得ない。
他人を愛し、愛する者のために傷を負うことこそが、正義だ。
では、悪とは何か。
犠牲を他人に押し付ける行為だと俺は思う。
己を愛し、己のために傷を付けることこそが、悪だ。
正義同様、悪しき行いには必ず犠牲者が生まれる。
つまるところ、正義か悪かなんてものは、何かを成すときに生まれる犠牲者が自分か他人かの差でしかないのである。
故に、正義と正義が対立することもあれば、自分にとっての正義が誰かの悪になったりもする。
真の正義があるとすれば、それは誰からも、己からも愛されていない、必要とされていない人間による自己犠牲だけだ。
己を犠牲にしたときに、悲しんでくれる者のいない存在のみが。
褒められもせず、苦にもされない存在のみが。
真の正義を貫けるのだ。
「サウイフモノニワタシハナリタイ……訳じゃあないけれど」
でも。
俺は俺だから。秋梔夏芽だから。
たとえこの世界が俺を悪だと言おうとも──
「使えねぇな、お前」
俺は御手洗さんにそう吐き捨てながら、彼女の頭上でペットボトルを引っくり返した。
☆☆☆
さて、事の発端は9日前に遡る。
「うし、じゃあ今日は席替えでもすっか」
遠足も終わり、刻一刻と近づいてくる一学期末のテストに向けて準備を始めていた頃、担任の三崎先生はそんな事を言った。
「席替え……」
ついにこの席もお終いか。
結構気に入ってたんだけどなぁ。
『寂しくなりますね』
いつものように朝比奈から手紙が届く。
たしかに。俺と朝比奈さんの交流なんてものは、基本的に授業中の手紙のやり取りくらいのもので、席が離れてしまったらほとんど接点がなくなる。
そうだなあ。寂しいかも。
「よーし、じゃあ、出席番号順にくじを引きに来い」
先生は前もってくじを用意していたらしく、シャカシャカとBOXを掻き混ぜた。
俺はBOXに手を伸ばす。
「14番……」
てなると……あ! 1個前の席だ。
「なんだ秋梔。また似たような場所だな」
「はい。そうですね」
嬉しいような、ちょっと残念なような複雑な気持ちだ。まあ、授業をサボるつもりはないので、席なんてどこでも構わない。
願わくば、知り合いが近くの席になってくれるといいんだけど。
俺が席に戻って机を動かす準備を始めていると「ぶふっ! お前たち仲良しだな」と、三崎先生が笑う声がした。
どうやら朝比奈さんも1個前にズレただけ
しい。またお隣さんだ!
『おいおい、朝比奈さん大丈夫なのかよ……』
『またあいつの隣って……くじ引き直しさせてあげた方がいいんじゃない?』
『いや、けど、俺はあいつの隣になったらやだぜ? わざわざリスクを冒す必要もねぇだろ』
『それもそうだね』
ヒソヒソと、そんな声が聞こえる。
最近は気にしないフリできるようになったけれど、やっぱり聞いてて気持ちのいいもんじゃあないな。
「うーし、んじゃあ、席を移せ〜」
柏を2回打った先生の指示に従い、席替えが開始する。朝比奈さんがどことなく嬉しそうに見えるのは俺の希望的観測だろうか。
「よろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
挨拶を交わして席に着く。
周囲を見渡すがどうやら他に話せる人はいなそうだ。右隣が朝比奈さんで、前が飛知和さん。
後ろの席が大鷲さんだ。
見事に女子に囲まれている。話しかけれねぇ。
「せんせー。アタシ、この席ムリなんですケドー」
突如真後ろから上がった声に、背中がぴくりと震えた。
大鷲乃代麻──ぽっちゃり体系の黒ギャルで、小牧玲の親友でもある。2人合わせてバカの大鷲マヌケの小牧と言われていた、まあ、なんというか残念なキャラだ。
二重さんが自分の引き立て役に抜粋する程度には、外見に恵まれていない。
そんな彼女が俺はちょっぴり苦手だったりするのだけれど、その理由が今のコレである。
「誰か席変わってくれませんかー。ナニされるかわなんないんでぇ〜」
彼女は今、無駄に大きな声で席替えのやり直しを要求しているわけだ。
言いたいことをはっきりと言えるのは美徳だと思う。けれど、彼女は常に人を見下したような態度を取る。そこがあまり好きじゃない。
こちらに視線が集まる中、俺はどんな顔をしたらいいのかも分からず、とりあえず微笑んでおく。
……どんな拷問だよ。死にたい。
「大鷲と席を替わりたい奴いるかー?」
教室が静まり返る。
……ですよねぇ〜。
ここまで人気がないとは。
俺はちらりと左近の方を見てみるが彼は一番後ろの席にご満悦。二重さんは考え事をしているのか頭を抱えて何かと葛藤しているし、柏卯さんは俺を見てニヤニヤしている。赤服くんは身体がデカいので強制的に一番後ろの席だし、皇さんはこっちに見向きもしない。愛萌に関しては……もう寝てる。
というわけで、俺がそこそこ話せる人達も、みんなこちらへ来てくれるわけではなさそうだ。
「先生。なら私が大鷲さんと替わります」
そんな時、ピシッと手を挙げたのは席順の一番前。
御手洗花束だ。
彼女は『トモ100』において、最優秀生の座を与えられていた。スポーツ万能、成績優秀、そして何より見た目も良い。学校の試験も常に一位(俺がいなければ)で、異性からも同性からも憧れられる完璧超人である。まあ、そのせいであまり友達はいないが。
ただ、彼女は名前やイベント、声優さんの影響もあって、前世ではエロ同人誌の餌食にされていた。そちらの界隈ではぶっちぎりの1番人気である。
ネットでは「勉女」とあだ名をつけられていた。言わずもがな、勉強の出来る女子と御手洗という名字から取った便所という言葉の掛け合わせだ。
色々とツッコミたいところはあるが、とにかく彼女は器用で、プレイヤーからも人気のキャラだった。
御手洗さんはカチューシャで流された黒髪を耳にかける。その所作のひとつひとつまでもが洗礼され、とても美しく見える。
「だそうだ、大鷲。御手洗が席を替わってくれるらしい」
「あー、でも、席が一番前ってのもヤなんで、その人と交換するのは最終判断ってことで、もう少し粘らせてもらってもいいっスカ?」
コイツ……。
ただ、この発言に思うところがあったのは先生も同じだったようで「調子に乗るなよ」と、大鷲さんは結構本気のお叱りを受けることになった。
そんなやり取りを経て、俺の後ろには御手洗花束さんが座ることになったのだけれど、彼女も彼女で、俺をよく思っていないらしく「極力話しかけないで」と、釘を刺されてしまった。
どうやら今回の判断は、彼女にとっての献身的な自己犠牲のひとつらしい。
「私はただ、周りの人間がイヤな思いをするくらいなら、自分が我慢した方がマシなだけ」
ため息混じりにそう言った彼女とはただの一度として目が合うことはなかった。
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新章始まりました。
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