通り魔
「へぇ、シンデレラの原作ってそんな話なんだ」
「はい。まあ、世の中外見ってことを学ぶいい教訓になるんじゃないでしょうか」
相変わらず捻ねてるなあ、柏卯さんは。
「……では、次は拙者でごわすな」
遊園地というのは、待ち時間が大半だ。
故に、こうして、ひとりずつ何かしら話題提供をしているのだ。
結構楽しい。まあ、俺が円周率を200桁まで言った時の空気はなんというか、凍えていたけれど。
柏卯さんに「それ覚えると何かいい事あるんですか?」と言われた時にいよいよ泣きそうになったけれど!
「これは、先日、拙者が揚げ物屋さんでアルバイトをしていた時の話でごわす。拙者がカウンターの前に立っていると、鼻の高い外国人がひとり、やって来たでごわすよ」
「……なるほど」
「そしたらそのお客がこちらを指さして『ワサビはムカつくぅ〜、ワサビはムカつくぅ〜!』とカタコトで言い出したでごわす」
あー、ワサビって海外からの受けはあんまりよくないらしいね。俺は結構好きだけど。
「ワサビのウケが悪いことは拙者も知っているでごわす。しかし、その客は何故か拙者に『ワサビはムカつくぅ〜!』と愚痴り、仕舞いには怒り出してしまったでごわす」
「それはなんとも……理不尽だね」
俺も早くアルバイトを見つけなきゃと思っている。一応皇さんの家庭教師はやってるけど、あれだけじゃお金は足りないし。でも、今回の話を聞くと接客は大変そうだな。
「拙者も理不尽だと思ったでごわす。しかし、しばらくすると、その外国人客の友人が来て、外国語で何度か会話したあと、こう言ったでごわす」
『わさびハムカツ食う〜!』
「「「ああ〜」」」
「『は』の読み方を間違えてたんだね! 日本語は難しいなあ〜」
二重さんは納得したように何度も頷いている。
「外国人はわさびが嫌いという先入観も邪魔していたでごわす。まあ、つまり、拙者が言いたいのはで、ごわすな。――柏卯殿、人は見た目だけじゃあないってことごわすよ」
「うっ……」
かっけぇ。
初めて赤服くんがかっこよく見えた。
ここちむ汁を哺乳瓶でちゅーちゅーしてなければもっと格好よかった。
何故柏卯さんに語りかけながらも俺の方を見ていたのかはわからないけれど、いい事を言ったと思う。
でも、結局人は見た目と中身どっちに重きを置いているのだろうか。俺はこの見た目になってからたくさん誤解されたけれど、それでもこの容姿のお陰で得したことだってある。
二重さんだって、見た目がよくてアイドルになったというのは間違いないだろうが、アイドルとしての仮面を被り、求められるように振る舞う姿からは、彼女が内面も意識しているという事がわかる。
俺は自分の世界が少しずつ広がっていくのを確かに感じた。
「あの、秋梔さん、トイレに行きたいので、みんなに言ってもらえませんか?」
お昼ご飯を食べてパレードを見た後、再び移動をするとなったタイミングで、柏卯さんがコソコソと耳打ちしてきた。
「え? 自分で言えばいいのに」
「……あの、私、今日まだ一度も自分からは秋梔さん以外に話し掛けてないんですよ? 第一声が『トイレ行きたい』だったら、絶対変な奴だと思われます」
「ふむ……たしかに」
俺も経験があるだけに、柏卯さんの言葉は否定できない。
中学生の頃陽キャ班にねじ込まれた俺は途中でトイレに行きたくなってしまったのだが、言い出す事もできず、ダッシュで無断トイレに行ってしまった。結果、班員とはぐれ、更に迷惑をかけてしまったのだ。今思い出しても死にたい。
「赤服くん、二重さん、ちょっとトイレに行ってきてもいいかな?」
「私も行きます」
「そう? じゃあここらも――」
「拙者と姫はここで待っているでごわす。姫はトイレになんて行かないでごわすし、拙者も特に催してはないでごわす」
「そう?」
二重さんの顔が明らかに歪んでるんだけど大丈夫そう? ここは彼女のためにも助け舟を出すべきか……。そんな事を考えながらぼんやり赤服くんを見ているとチラチラとアイコンタクトをとってきた。
なるほどね。少しの間でいいから2人っきりを楽しみたい、と。
でも、二重さんは二重さんで結構しんどそうなんだよな。多分柏卯さんと同じで、自分からは言い出せなかっただけで、結構我慢していたんだと思う。
「うーん」
俺はどちらに手を差し伸べるか迷った結果……。
すべてを見て見ぬふりした。
「うそ……」
踵を返すと、後ろから絶望したような呟きが聞こえて来たが、俺は心を無にする。ごめん、二重さん。
でも、そんなに行きたいなら、お化粧直しとかなんとか言ってくればいいのに。
チクチクと罪悪感に苛まれながらトイレへと入る。いつも通り、鏡の前でうっとりとしている成木くんをスルーして奥へ。……何してるの?
「トゥットゥルー」
「……?」
突如上がった声に振り返る。
何処かで聞いたことがあるような――
「おっと、失礼。もしかしてキミ君は沖縄出身だったりする?」
なんで……。
なんで! 何でこいつがっ!?
「ごめんごめん。気を悪くしないで欲しいな。別にオレ君はキミ君を愚鈍と言ったわけじゃあ、ないんだよ? 最近ではトゥットゥルーを挨拶代わりに遣っている人もいるって聞いて便乗してみたのさ」
少し長めの黒髪に、イタズラ好きそうな無邪気な笑顔に、まるで一片の穢れもない瞳。
こいつは──
「やあやあ、初めまして。君垣來です」
君垣來──VRゲーム『友達100人できるかな!?』でぶっちぎりの攻略難易度を誇る、問題児転校生だ。
とにかくヤバい奴だと、ネットで騒がれまくっていたのは記憶に新しい。
彼は『トモ100』メインシナリオ2周目クリア以降、一定の条件を満たすと転校してくる圧倒的悪役の立場であり、一切話が通じない。攻略者による報告はゼロの最低最悪の不良生徒だ。
「実はキミ君に興味があって後を着けてきたんだ」
「俺に……?」
「そうだよ。さっきキミ君が円周率を200ケタもつらつらと口にしているのを聞いてね。どうしても聞きたいことがあったんだ」
「……」
「ねえ、何でキミ君は184ケタ目を間違えたのに、間違えた事に気付いたのに。そのままスルーしたんだい?」
気づいてたのか!
確かに、俺はあの時間違えた。
でも、だからと言って、あの場で訂正したとしても――
「誰も分からないだろうし、そもそも円周率なんかに興味がない?」
「……!」
「キミ君はどうせコイツらには分からないだろうと、高を括った。それはつまり、周囲の人間を見下す行いじゃあないかい?」
「違っ……」
「じゃあ、キミ君は周りの人間が興味を持たないだろう事を知ってて、延々聞かせていたわけか。どちらにせよタチが悪いね」
まるで闇を孕んだような微笑み。
ただ、その瞳だけは純粋な輝きを放っている。
これが君垣來……。
「おっと、ごめんごめん。オレ君は別にキミ君を責めたい訳じゃあないんだよ。ただ、優しいオレ君がみんなに代わって一言、言ってあげたかったんだよ」
『一生懸命生きてて偉いね』
まるで通り魔に刺されたような気分だった。
ゲームで知っている俺はともかく、全くの初対面の人が彼に関わったら、もっとメンタルが削られていたに違いない。
相手に主導権を握らせず、一方的に言いたいことだけ言って去っていく様はまるで嵐。
噂通りの人だった。
「遅かったですね、置いていかれちゃったかと思いましたよ」
「ああ、ごめん、ちょっと絡まれちゃってね」
「ああ、もしかして黒髪の彼ですか?」
「あ、うん。そうなんた」
「あれはヤバいですね。闇の臭いを感じました。身に纏うあの負のオーラを見るに、これまで多くの犠牲者がいること間違いありません」
彼と次に遭うのは2年後のはずだ。
大丈夫。……大丈夫。
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