落ちる。
「次は水飛沫山に行きましょう」
俺たち一行はしおりを広げた柏卯さんが指さした方へとてくてく進んでいく。
まさか友達と行く遠足が、歩くだけでも楽しいものだなんて思わなかった。
人はこれを幸せというのだろう。
「……今のところここちむの目撃ツイートはないみたいだし……変装は上手くいってるってこと? もう少し大胆にアピールしても……平気?」
「二重さん? どうしたの?」
「ひゃわわわっ! ちょっ、ビックリさせないでよ〜。まったくぅ、なっくんは人が悪いなあ」
おっと、どうやら驚かせてしまったみたいだ。
けど、二重さんが熱心にスマホを見るものだから、歩くスピードが少し遅れている。はぐれたら大変だ。これだけ人が多ければ迷子にだってなるし、何より『トモ100』の世界は治安が悪い。
「姫様、俺から離れないで下さいね」
俺は彼女との距離を半歩詰めて、微笑みかける。
「ぴゃ、ぴゃいっ!」
言ってて死にたいほど恥ずかしくなるけど、この前二重さんが『悪役令嬢とドS騎士様』を読んでいたので、それっぽく振舞ってみただけだ。他意はない!
俺はちらりと横目で二重さんの表情を窺う。
そこには顔を紅くしてニマニマと唇をふやけさせている二重さんがいた。
やべぇ、失敗した!!!
これ、多分笑うのを堪えてる奴だ!
「あ、赤服くん! 柏卯さん! 歩くの早いよー」
若干上擦った声で二人に話し掛けてどうにか恥ずかしさを紛らわす。
「……? なんで二人共顔を紅くしてるんです?」
「なんでもないよ。なんでもないからジト目やめて」
「はあ……。まあいいですけど、それより秋梔さん、着きましたよ、水飛沫山です」
「え、これが……?」
名前的に、またジェットコースターなんだろうなぁと、予想をしていた俺だけれど、これは想像できなかった。
「あんな高いところから落ちるの?」
「落ちますね」
「濡れない?」
「濡れますね」
「アイタタお腹がっ」
いやいや無理だって。死んじゃうよ。
「はあ。燃え盛る火の海で私を導いてくれた、あの時のかっこいい秋梔さんは一体どこに行ってしまったんでしょうか」
「……かっこいい? 俺が?」
「はい。あの時は、ですけどね」
「そ、そう言えば、ストーカーから助けてくれた時のなっくんもかっこよかったなあ〜」
「秋梔殿。拙者は、姫のために生徒会を志すと宣言した(してない)時の漢気に心底惚れたでごわす。あの時の秋梔殿はかっこよかった!」
「しょ、しょーがないなあ。の、ののの乗るしかないなあ」
「……あれ。でも、ここら、あの時おっぱい舐められたかも」
「……あれ。でも、私、あの時ブラジャー剥ぎ取られましたよね」
「「これってかっこいい……??」」
俺って何をするにも人生のマイナスポイント稼いでる気がする。俺、天国に行けるのかな。
「しょんぼり……」
「心配することなかれ秋梔殿。拙者はいつだって、秋梔殿の味方でごわす。立派に近衛騎士を務めている貴殿を支えるのが、今の拙者の役目でごわす」
「赤服くん……!」
トゥクトゥクトゥクーン。
「俺、頑張るよ!」
………………
…………
……
「ぷぁー」
油断した。
アトラクション中は可愛いキャラクターに囲まれており、楽しい音楽も流れていた。
「のに! 上げて落とすとはまさにこの事だな」
まさか最後の最後にあんな仕打ちを受けるとは!
「秋梔さんがいつもやってる事じゃないですか」
「うんうん。なっくんがいつもしてる事だね」
俺!?
俺がいつ、あんな残酷なことをしたと言うんだ。
これはもう犯罪と言っていい行いだよ。
「い、いやあ、それにしてもガッツリ濡れたね、二人共。やっぱり後ろの方がよかったんじゃない?」
俺と赤服くんはそこそこ背が高いので、水避けになるかとも思ったのだけれど「暑いから」という理由で断られてしまったのだ。
「これくらいがちょうどいいです」
まあ、今日は結構暑いので、気持ちは分かるけど……
「へくちっ」
「我慢しなくていいのに……」
俺はカバンからタオルを取り出して柏卯さんの頭に掛ける。
今朝の天気が悪かったのが功を奏したとでも言うべきか。
今日の柏卯さんの髪はけっこうきっちりと結われているので、タオルでポンポンと表面を軽く叩くようにして水気を拭き取る。
「あーあ、なるほど」
「な、なんですか?」
「いや、なんか頭拭きやすいなと思ったら、多分柏卯さんの身長と妹の身長が同じくらいなんだ」
「でゅくし!」
げふっ! みぞおち……だと!?
「私はチビじゃない……」
そうだった。
柏卯さんは可愛いとか弱そうとか思われるのが嫌なんだった。
「ココラ姫、これが秋梔殿の上げて落とすという奴でごわすか」
「うん。最後の最後で残念なんだよね。夏芽君は本当に、落とすのが上手いんだ……」
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次回、ラスボス現る(最終回ではないです)




