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ブスバスガイド




 いよいよ遠足!

 俺は学校の校門前に止まったバスを見て歓喜に打ち震えていた。

 今朝家を出た時は小雨が降っていて、いよいよ自分の運の悪さを呪いたくなったのだが、学校に着く頃にはその雨も止んでいた。


 点呼の時間までにはまだ30分もあるが、何人かの生徒達は現時点で既にバスへと乗り込んでいるようだ。なんで知ってるかって? 愚問だね。俺は集合時間の2時間前には既に登校していたからだよ。


 とは言え、びっくりだったのは、同じクラスの知久英次くんが俺よりも早く登校していたことだ。

 これは流石に驚かざるを得ない。


 6時着の俺よりも早いって何事? 始発?


「おや、秋梔さん、おはようございます。文字通りのお早うですね」


「ん? あ、おはよう、柏卯さ……ん」


 凄いよこの子。ゴテゴテのゴスロリだよ。

 白と水色のフリフリワンピースにいつもの眼帯。

 かなり底の厚い靴を履いているので、話していて顔がいつもより近い。

 更には左手にはうさぎのぬいぐるみを持っている。


「あ、いえ、これ、一応カバンなんですよ。小物くらいなら入ります」

 

「こんなファンシーな格好で遠足に来る人がいるとは思わなかったけど……すごいね、ちゃんと似合ってる」


 柏卯てつ子という存在はゲームの登場人物で、人間の手で生み出されたものとも言える。

 故に、元よりこういった格好が似合うように設定されてはいるのだろうけれど……。


「いつの間にか、人間は神を超えていたのかもしれないな」


「……? よく分からないですけど、ありがとうございます。秋梔さんはバスに乗らないんですか?」


「う、うーん」


 そろそろ乗りたいとは思っているんだけど、バスの隣の人がね……。


 今回の席順は先生が勝手に決めた通りだ。

 その結果、成木泉くんというロン毛の男の子が隣の席になったのだけれど、なんというか、話したことない人だから気まずいのだ。

 

 休み時間にトイレに行くとだいたい鏡の前に立って自分の姿にウットリとしているので、エンカウント率は非常に高いのだが、どう話しかけていいのか分からない。

 知らない人との無言の時間が、俺は一番苦手なのだ。


「まあ、いいですけど、私は先に行きますね」


 薄情にも柏卯さんは俺を捨てて先にバスへと乗り込んでしまう。

 柏卯さんは俺と同じ陰キャではあるが、彼女は自分のスペースを持っている感じだ。俺みたいな必死さがない。


 ちょっと羨ましいな。


「とはいえ、俺もそろそろ行くか……」


 うじうじしていても仕方がない。

 今日は楽しむと決めたのだ!





「ふふっ今日もボクは超絶美しい。まるで神が僕を祝福しているようだ。なあ、キミ。知っているかい? 昔、超絶美しいボクに恋をした蜜柑の木があった。彼女は超絶美しいボクの超絶美しさに見蕩れ、季節外れの果実をひとつ落としたのさ。――それが夏みかんの始まりなんだよ」


「そ、そうですか……」



 いや、すごーく、どうでもいい。しかも嘘だし。

 成木くんは自分が美しいと本気で思い込んでいる。俗に言うナルシストだ。ナルキッソスの生まれ変わりと言っても過言ではないほどに。

 それが悪いとは言わないけれど、もう少し自粛して欲しいところだ。じゃないと、いつか泉に落ちちゃうよ?

 

「世界三大ガッカリって知ってるかい?」


「あ、うん。それなら知ってるよ。シンガポールのマーライオン、ベルギーの小便小僧、デンマークの人魚姫像。確かこの3つだよね? でもそれがどうしたの?」


「ふふっ。ハズレだよ。キミは社会の勉強をちゃんとしているのかい? 正解は成木泉がひとりしかいないこと。成木泉の美しさが伝わらない人間がいること。成木泉が不老不死ではないことさ」


「……。」


 なんて言えばいいの?

 これは何て返すのが正解なの?

 ダメだ……教えて陽キャ!


「どうしたんだい? もしかして超絶美しいボクに見蕩れてしまったかい? 困ったなぁ。超絶美しいボクは超絶美しいボク以外には興味がないんだ」


「なんというか、すごい自信だね……」


「自信? ふふっ。違うよ。超絶美しいボクはただ事実を述べただけさ」


 一人称が必ず超絶美しいで修飾されるのはなんなのかな。聞いててすごく疲れる。


「……ふむ。どうやら少し話し過ぎてしまったようだね。ではどうだろう。ここは恋バナとやらでもしてみないかい?」


 恋バナ?

 結構踏み込んできたな。俺たち、今日初めて話すと思うんだけど。


「ふふっ。知ってるよ。キミ、どうやら随分と好色な男らしいじゃあないか」


「あ、いや。こんな事言うのも、あれなんだけど。実は全部誤解なんだよ」


「弁明など不要さ。超絶美しいボクの価値基準は外見の美しさだ。例えキミの心が醜く汚れ切っていたとしても、超絶美しいボクはキミの外見を認めている。つまりキミ自身を認めている」


「それは、喜んでいいのかな」


「誇れ。そなたは美しい」


 そ、そっか。

 ちょっと複雑だな。外見は秋梔夏芽だが、一応俺の心は水無月透という陰キャなわけだし。

 まあ、最近はもう自分が秋梔夏芽であることに違和感すら覚えなくなってきてはいるけど。


「それで? キミは既に朝比奈夜鶴と男虎愛萌を抱いたのだろう? どっちが本命なんだい?」


 爽やかな微笑みを浮かべながら成木くんが質問してきた直後、「バコリ」と背もたれに蹴られたような衝撃が走った。


「ご、ごめん、なっくん。つまづいちゃった」


 えっと、何に? そんな疑問をぐっと呑み込む。


「二重さん後ろの席だったんだね。おはよう」


「うんっ。、おはよ〜……じゃなくて! なっくん女の子にイケない事しちゃダメなんだよ! めっ!」


 頬を膨らませて怒る二重さん。

 実にアイドル的な怒り方で、一瞬和んでしまいそうだが、その瞳には莫大なエネルギーが秘められている。

 要するに、ちょっとしか怒ってないように見せかけて激怒しているという事だ。俺には分かるぞ。

 

「二重さん、俺はそんなことしないよ」


 君のおっぱいを舐めたことはあるけれど、俺は誠意を持って女の子と向き合いたいと思っているんだ。付き合ってもいない女の子に──しかも2人に手を出したりなんてしない。


「信じても……いい?」


「う、うん。もちろんだよ。俺はバレる嘘はつかない主義なんだ」


 二重さんは今にも泣きそうな顔でこっちを見ている。アイドルの演技力ってすごいね。本当に何かを不安に思っているみたいだ。


「わかった」


 しゅっ、と消えていく二重さんを確認してから、成木くんとの会話に話を戻す。


「そう言えばキミは二重心々良とも噂されていたね? 彼女はどうなんだい?」


 ──ソワソワ。ソワソワ。ソワソワ。


 うーん、なんか背後からソワソワの気配がするな。気の所為?

 また二重さんが聞いてるかもしれないし、ここは彼女の機嫌を取って置こうかな。


「ごめんね、成木くん。質問の意味が分からないや」


「おや? どういうことだい?」


「俺が二重さんをどうこう思ったところで何の関係もない話だって事だよ。俺と二重さんじゃあ、全く持って釣り合っていないんだ。月とスッポンだね」


「ふむ」


『うぅ。夏芽くんが私に興味無いくらい知ってたけど、まさかスッポンだと思われてたなんて……』


 俺の後ろの座席からはブツブツ言う二重さんの声。ついでにガタガタと小刻みな揺れを感じる。


 貧乏揺すり? いや、アイドルがそんな事するわけないか。きっと二重さんはトイレにだって行かないはずだ。多分。


「(彼女は俺に)1ミリも興味ないし、そもそも異性として認識してさえない普通の友達だと思ってるよ(多分)」


『ぐふぁっ』

『だ、大丈夫!? 心々良ちゃんしっかりして! ダメだ! 気絶してる!!!』

 

「超絶美しいボクは、キミと同様に二重心々良も美しいと思っていたのだけれどね。キミにとって彼女はそうでもないのかい?」


「……ん? ああ、いや、違うよ、成木くん。釣り合っていないのは俺の方だよ。二重さんはとっても魅力的な女の子だと思う」


「そうかい。キミにも審美眼はあるようだね」


『どうしよう。心々良ちゃんの目が覚めない! 息してないのおおお』


 なんかさっきから後ろの席がうるさいな。

 なんかあったのかな。


「では、次は超絶美しいボクのお話をする番だね。超絶美しいボクが好きなのは……超絶美しいボクだ!」


「うん」


 うん。


「だろうね」


 だろうね。


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