遠足前夜
若干のメタがあります。
遠足を前日に控えた今日の良き日。
俺はベッドで胸を高鳴らせていた。
「お兄ちゃん胸がドキドキうるさい! 寝れないんだけど!?」
「あっれぇ〜。お兄、もしかして妹相手に興奮してるの〜? くすくすー♡」
5月下旬を迎えたにも関わらず、俺たちはシングルベッドの上で3人一緒だ。俺はそろそろ扇風機なしではキツくなってきたのだが、2人はまだまだ余裕そうだ。
「暑苦しいから静かにしてくれない? 俺は一刻でも早く寝なきゃいけないんだから」
なんて言ったって、明日は初めて……初めて友達と楽しめる遠足なのだ!
前世の俺は陽キャグループの後ろをてこてこ着けて行くか、寄せ集めされた陰キャたちと、協調性のない団体行動をするかのどちらかだった。
しかし!
明日は──明日は違う!
俺と赤服くんと二重さんと柏卯さんの四人グループだ。友達との遠足が楽しみじゃないはずがない!
「くぁーっ! 楽しみだなあ」
「お兄ちゃんその心臓の音抑えてくれないと、私達寝れないよ」
うーん。とは言うけれど、二人が俺の胸を枕にしてるのが悪いと思うんだ。
暑苦しいったらない。
「2人共、もう少し離れたら?」
「何でお兄ちゃん、そういう意地悪言うの? 私はどかないから!」
「ハナもだよ」
不貞腐れたように寝返りを打って、そっぽを向く冬実々。それと同時にシャンプーの優しげな香りがした。
毎回思うんだけど、どうして同じシャンプーを使ってるのにこうも差が出るんだろうな。
「というか、ハナちゃんが下で寝なよ。私とお兄ちゃんがベッドで寝るからさ」
「イヤ。だったらお姉ちゃんが床で寝ればいいじゃん。ハナは狭くても気にしないし」
なんて、今度は互いの権利を主張して争い始める。全く。兄妹喧嘩ってやつは際限がなくて困るね。
「おいおい。お前達。もしかして俺に逆らう気か? 遠足のお土産がどうなってもいいんだろうな?」
「うう。それだけは〜」
「ハナは? ハナのお土産は無事だよね? 悪いのはお姉ちゃんだけだよね?」
「必死だなあ……」
ちょっと意地悪な揺さぶりを掛けてみたのだけれど、どうやら効果はバツグンだったらしい。
まあいいさ。少しくらいは奮発してあげよう。
明日はきっといい日になるはずなのだから。
☆☆☆
同時刻──午後10時30分。
朝比奈夜鶴はオロオロと自分の部屋をあちこち歩き回っていた。
実は彼女、一一と知久英次とグループを組んでいたのだが、既に3週間近く一一が学校に登校していない。故に、明日の遠足は知久との2人行動となるのだ。
「男の子と2人っきりなんて、何を話せば……」
何度も何度も脳内シミュレーションを繰り返すが、明日一日を2人で乗り越える自信が全く沸かない。
「ううぅ。2人きりなんて、秋梔くんと話した時以来だよぉ……」
遠足を誰もが楽しみにしているわけではないのだ。もちろん、夜鶴とて、今回の遠足が嫌な訳では無い。
ただ、高校に入るまで友達のいなかった夜鶴にとって、男子と2人で行動はあまりにもハードルが高過ぎた。
行きたくないわけではない。行きたくないわけではないが……楽しみな気持ち以上に負の感情が上回る。
「はあーあぁ……気が重いなぁ」
緊張と不安を胸に、夜鶴はベッドへと沈むのだった。
☆☆☆
更に同時刻。
中学時代の友人に電話を掛ける一人の男子がいた。
「おう! 実はさ、俺、明日の遠足で女の子と2人っきりで行動することになっちゃってさ……え? いや、まじだって! 実質デート、的な? あっはっは」
知久英次は上機嫌だった。
朝比奈夜鶴の気持ちを知るはずもなく、浮かれに浮かれていた。
女性経験の少ない童貞男子の典型的な失敗像である。
「マジでいい雰囲気なったらどうしよっかなあ。流れで告ったらイケる気がすんだよな! 恋愛にも興味あるっつってたし、告白待ちしてる感あるし。……はあ? いやいや、ワンチャンあると思うんだよね、マジで。いや、まあ、顔は普通なんだけどさぁ」
非モテ男子特有の上から目線と、謎の自信。典型的な勘違い男である。
「あ? まあ、見とけって。まじ、ワンチあるから。まじ」
これらは振られた後「本気じゃなかった」「よく見たらブスだわ」と、相手を悪く言うタイプの男の典型的な予兆である。
果たして彼の遠足デート(笑)は上手くいくのだろうか。
☆☆☆
更に同時刻。
鏡の前で懸命に服選びに勤しむ少女の姿があった。
「……シフォン? いや、これは少し子供っぽいかな。一層の事ミニスカートで! ……行ったら、はしゃいでると思われるかなあ」
超人気アイドル『ここちむ』こと二重心々良だ。
今回の遠足は期せずして彼女が手に入れた大きなチャンスでもある。
「見てろよぉ〜夏芽くんっ!」
最近彼女の身に起きた小さくて大きな変化。
二重心々良は恋を知ったのだ。
相手は唯一自分の魅力が伝わらない相手。ある種の天敵とも言える存在だ。
アイドルである彼女に恋は許されない。
事務所に恋愛禁止のルールなどはないが、それでもアイドルという存在である自分には「恋人がいない方がいい」という事を知っている。
故に、今はまだ……我慢できるうちは、友人という枠を超えるつもりはない。
二重心々良はアイドルに人生を掛けている。
例え恋を天秤にかけたとしても、これ以上に大切なものはないのだ。
「でも……可愛いくらい言わせたいよね」
これが初めての私服お披露目だ。
当分のイメージはそれで決まると言っても過言ではない。前回病院の前で会った時はお出かけ用の服ではなかったのでノーカウント。むしろマイナスから始まっている服装センスの評価を明日で挽回しなければならない。
「うぅ〜。少しくらいリサーチしておけば良かったぁ。夏芽くん、量産型とかダメなタイプかなぁ。案外ガーリー系が好きだったり?」
悩んでも悩んでも悩み足りない。
「えへへっ私、本当に好きなんだなぁ」
まさか自分が男の事で頭を悩ます日が来るなんて思いもしなかった。
そして、そんな自分の変化がなんだか楽しい。
「心々良! どうした!? 今不気味な声が聴こえたぞ! 幽霊じゃないだろうな!」
ドタバタと足音を鳴らして部屋に入ってきた二重極は、しかし、その部屋の有様を見て唖然とする。
「な、何だこの部屋は……」
今の心々良の部屋は辺り一面に服が散らばっており、足の踏み場もない。
「兄貴……乙女の時間を邪魔しないで?」
心々良がチョキンとハサミを鳴らすと兄は条件反射のように飛び退いて、そのまま部屋を出て行った。
☆☆☆☆
「むにゃむにゃ……もう食べられないよォ」
同時刻。男虎愛萌はいつも通りぐっすりだ。




