クラスメイト3.一二三三二一
「ネコの首絞め……」
「あ? どうしたんだ急に」
「ごめん虎っち。なんでもないわ」
ある日のお昼ご飯。
教室でお弁当を食べていた私、一二三三二一は同じ生徒会役員の秋梔夏芽がねこの首を締めているところを見た、という噂を聞いた。
「ほんと最低ー」
「まじでクズなんだけど」
本人が同じ教室にいると知って尚、友人達は悪口を止めようとはしない。
幼馴染の虎っちはそんな友人たちを呆れ顔で見ている。
私個人としても、秋梔夏芽は気に入らない。
はっきり言って嫌いだ。でも、私は虎っちを信じている。だから、虎っちの信じる秋梔夏芽も噂ほど悪いヤツじゃないんだと……思うようにしている。
まあ。つまりは、虎っちに嫌われたくないから、私も悪く言わないようにしているのだ。
それにしても……はあ。
「みにーちゃんも酷いと思わない?」
「……そうね」
「本当、クズだわ〜。見た目がちょっといいからって調子に乗っちゃって。ひふみさんもそう思いません?」
「……そうね」
「……あれ、みにーちゃんどうしたの?」
「別に。なんでもない」
……いや、なんでもないというのは嘘。
私にとっては極めて重要な案件だ。
秋梔夏芽! あんたが首を締めたのは猫とネコどっちなの!?
もし、相手が猫ならば、あいつは正真正銘のクズだ。しかし、その相手がネコだったとするならば……。ああ、何たる甘美な響きだろうか。
秋梔夏芽。あいつはいけ好かない奴だが、見た目はいい。身長から顔のパーツまで、全てが腐女子には堪らない逸材だ。
「くふぅっ。あいつどこまで鬼畜な奴なのよ!」
妄想に心を弾ませていると、後ろから声がかかる。
ちっ。なによ、今いい所なんだから邪魔しないでよ。
私は箸を置いて振り返る。そこに立っていたのは、なんと秋梔夏芽だった。
噂をすればなんとやらってやつね。
「まさか! あんた私の心が読めるの?」
「え、ええ? 急にどうしたの? さすがに無理だよ」
そう。ならよかったわ。
それにしても、何の用かしら。生徒会の事で連絡が?
「えっと、これを渡そうと思って」
秋梔が手に持っていたのは、私が執筆したBL小説だった。大事な事なのでもう一度言う。
私の執筆したBL小説だった。
「……場所を変えましょう」
私は秋梔の腕を掴むと、虎っちの制止も無視して、人気のない場所まで移動した。
「……どうしてこれを?」
私が読むだけでなく、筆を振るっていることまで知っているのは、この世に親を除いていない。そう思っていた。だって、私は虎っちにすら言っていないのだ。
……何故? 何故あんたがそれを持ってるのよ!
作者:秘腐美
何度見ても。どう見ても私のペンネームだ。
まさか、私の弱みを握ったつもりなの!?
「くっ……。どういうつもり?」
「一二三さんはこういうのが好きなんだね」
間違いない。この男、骨までしゃぶり尽くす気だ!
「だっ、だったら何よ。何が言いたいわけ?」
ここで動揺を見せたらつけ込まれる。
冗談じゃないわ。誰がこんな男に屈するか!
私は強気に言い返すが、しかし声が震える。
「ひふみさん。いい趣味してると思うよ」
ニコリと笑った秋梔夏芽からは痛烈な皮肉。
一見爽やかにも見えるその微笑みが全てを物語っている。
「俺も読んでみたけど……うん。面白かったよ」
「あ、ありがとうございます」
「???」
私の口は無意識に敬語を発した。
心がこいつに屈服しているとでも言うのだろうか。ふざけんな!
いや、しかし。
現実的な話、私の運命はこいつが握っていると言っても過言ではない。こいつの気分次第で私はいつでも社会的に死ぬ。
「それをどうするつもりよ?」
「布教しようと思って。えっと……プレゼント?」
「なっ!?」
布教!? それはつまり、その2冊のBL小説の作者が私だと伝えた上でクラスメイトと回し読みするつもりなの?
そんなの、最早回し読みならぬ輪読だ。
なんたる鬼畜! 最低だわっ……!
「ハァハァ……」
「あの、ひふみさん? 呼吸荒いけど、もしかして具合悪い?」
具合は悪くないけれど、気分はすこぶる悪い。
誰だって、私だって、腐ってしまったことは秘めたいものだ。いや、秘めてこその美だ。
秘腐美──私のペンネームの由来でもある。
「もっ、もう! 最悪の気分よ!」
私はこれから先こいつの言うことには一切逆らうことができない。どんなに嫌な命令だったとしても私は泣きながら、それを実行するのだ。
「本当に最悪ねっ!」
「……あれ、やっぱり元気?」
元気なわけない。絶対にないんだからっ!
こんなに追い詰められて、いいようにされて、もう、ほんっとうに気分が悪いわ!
「なんか悦んでない……? まーでも、ちょっと意外かも。俺はもっと違うジャンルが好きだと思ってた」
違うジャンル? いや、私はあくまでコレ1本だ。
あれは小学校3年生の頃、国語の時間に「モチモチ〇木」というお話を読んだ時のことだ。
じいさまと孫の穢れなき純愛。そして、じいさまを心配した孫が恐怖心をかなぐり捨て一匹の雄へと昇華したあの時の胸のトキメキ。
それが今でも私の糧となり……。
「……あれ?」
確かに私、どうして腐ったのかしら。
恋愛、友愛、それ等を超越した──家族愛。
そうだ。私の原点は家族愛だったのだ。私が本当に興味を持っていたのはBLじゃない。そう。性別も年齢も超越した家族愛なら、祖父×孫でなくても、男同士でなくても。
「そうか! 私が本当に興味を持ったのは近親相……」
「ストップ! わかった。言わなくていいよ。それでこそ、俺の知ってるひふみさんだ」
「……そう?」
今思えば、私が虎っちと仲が良くなった切っ掛けも、4人も弟がいるという事を知ってのことだった。
「そうか。そうだったのね。目が覚めたわ。最近筆が乗らなくて困ってたのよ。なるほど、考えてみれば血の繋がらない二人をカップリングするのは初めてだったわ」
「いや、物凄く濁った眼してるけど大丈夫そう? 死んだ魚みたいだよ」
「いいのいいの。ああ、そう言えば、貴方は可愛らしい妹さんが2人もいるみたいね? とっても仲が良いって有名よね」
「勘弁してください……」
「おーい、お前ら何してんだ?」
と、そこで私達を追い掛けて来た虎っちが小走りでやってきた。
「急にどっか行っちまうからビックリしたぞ」
「ごめん、虎っち。でも、今私達は大事な話をしてたのよ」
「何だよ、わざわざ場所まで変えやがって。あたしにも言えない話か?」
「ええ、まあ」
「ふぅ〜ん? そうか……。そうだよな、そうだ、な」
露骨にしょんぼりとした虎っちを見て胸が締め付けられる。だが、私はBL小説を執筆していることを彼女に秘めてきた。これから先も言うつもりはない。
「……」
言うつもりはない。はずだったのに、一瞬、思考が揺らぐ。
いいのか?
秋梔夏芽に知られていることを虎っちに秘めたままでいいのか?
私は虎っちと秋梔夏芽が下の名前で呼び合っているのを初めて知った時、確かに嫉妬した。
私の大切な幼馴染が屈託なく笑う、その隣にいるのが自分でないことに不満を感じた。
じゃあ、虎っちは?
彼女はどう思うだろうか。
私が秘事を持っているとしたら、嫉妬してくれるだろうか。不満に思うのだろうか……。
虎っちは──私と同じ気持ちになるのだろうか。
……。
「実はね、虎っち。私、小説を書いてるの。あんまり広く世には出せないジャンルなんだけど……これ、私が執筆した小説」
「「え!?」」
私が手に持っていた小説を手渡すと、案の定、虎っちは信じられないものを見たかのような顔をした。しかし、何故か秋梔夏芽までもが、驚いた顔をしているのだろう。
「……これ、ひふみさんが書いた本なの?」
「そうよ?」
こいつ何を今更とぼけてちゃってる訳?
「……」
「なんだ? 夏芽は知ってるんじゃなかったのか?」
「うん? 知らないよ。凄いね、まさか同じクラスに作家さんがいるなんて」
は? ……何言ってんのよ。
「待ちなさい! だって、あんた! さっき布教するって言ってたじゃない! プレゼントするって!」
「あー、うん。いや、実はね、愛萌からひふみさんは腐女子だって聞いたから、小説のプレゼントをしようかなって思って持ってきたんだよね。ほら、御近付きの印ってやつ」
じゃあなに? その小説は私に渡すためにわざわざ買ってきたって言いたいわけ?
「いや、まってまって! 待ちなさいよ! それじゃ説明がつかないわ! それが全部事実だとして、だったらあんたは何で秘腐美が書いた小説を持ってきたのよ」
「え、うん……たまたま?」
「たまたまっ!?」
ふっ、ふふふふふふふざけるな!!!!!!
つまりはそういう事!?
私が自分でカミングアウトしたの!?
勝手に自爆しただけってこと!?
「ふざけるなぁァァァァ!!!!」
「お、落ち着いて。えと、この事はちゃんと秘密にしておくから。信じてもらえないかもしれないけど、俺、口は固い方なんだ。誰にも言わないから」
「そ、そうだぞ。いや、まあ、ビックリはしたが、素直に感心したぞ? ちなみにこの『このキスが俺たちの合言葉さ』はひふみが考えたのか?」
いやァァァァァァァ。
ああああぁああああああああああああぁぁぁ。
次回遠足




