手を繋ぐ
検査入院を3日することになった。
今日の昼には柏卯さんのご両親とも話す機会があったのだけれど、何というか、ひたすら謝りまくりだった。
どうやら、柏卯さんはその日あったことをすべて赤裸々に語ってしまったらしく、俺が彼女の下着を剥ぎ取ったことまで知られていた。
まあ、そんな事もあって、なんだか大変な入院生活だったけれど、火傷以外には何の異常もなく、俺は学校に復帰することになった。
不覚なことに、俺は左手を包帯でぐるぐる巻にしながらしばらく生活しなければならない。
時々傷口が疼くのだが、「鎮まれ俺の左手!」なんて言葉で治るわけもなく、痛みとの戦いが続いている。
火傷って、全然痛み引かないよね。
「あ、あの、秋梔さん」
「うん?」
「改めて、ありがとうございました。もし、秋梔さんがいなかったら、きっと今頃私は死んでました」
「そうかな。でも、むしろ柏卯さんがいたからこそ、俺も冷静になれたって言うか」
自分以上に取り乱している彼女を見て、ようやく俺は落ち着くことができた。もし彼女がいなければ俺もパニックに陥ったままだっただろう。
「……私、実は昔から、感情が昂ると良くないことが起きるんです」
「良くないこと?」
「はい。例えば、テニスの試合──私、とっても楽しかったんです。誰かと協力して、強い相手に立ち向かって。ほんと……すっごく、楽しかったんです。そしたら顔面に球が当たりました」
「それはたまたまじゃないの?」
「球だけにですか?」
いや、そんな面白くないことは言ってない。
「この不幸体質のせいで、私は昔から友達がいませんでした。自分が周りの人たちを不幸にしちゃうんじゃないかって、怖かったんです」
「それは多分柏卯さんが厨二病だからだと思うよ?」
「この不幸体質のせいで! 私は昔から友達がいませんでした」
「ゴリ押すね……」
「火事だって、きっと私の怒りが呼び込んでしまったに違いないのです……。今回の件で身の程を知りました。私、本当は秋梔さんと友達になりたかったんです。でもこの体質があるのでこれからは──」
これからは距離を置こう。きっと彼女はそう言うつもりなのだろう。
寂し気な、何かを諦めたような微笑みを見れば、彼女の考えていることくらい俺にもわかる。
きっと彼女はこれまでも、多くを諦め、逃げ、そして閉じこもってきたのだろう。
もし、俺が彼女と同じ立場だったら、同じことを思い、同じことを考えるはずだ。
誰かに迷惑をかけるのは──怖い。
気持ちはよく分かる。
でも。だからこそ。その先は言わせない!
「俺はあの日柏卯さんの手を執った。君の友としてその手を握った。その誓いはこれからも破られることはない」
気恥しさを誤魔化しながら言ったせいで若干厨二病っぽくなってしまった。
柏卯さんはきらりと瞳を揺らすと、フッと笑ってこちらを見上げた。
「ならば我が盟友よ。今一度この手を執れ」
俺は差し出された小さな右手を躊躇いなく握る。
きっと大丈夫。俺たちは戦友だ。これからもそれは変わらない。数々の困難が待ち受けていようとも俺たちに敵はない。
「秋梔さん」
「うん?」
「ずっとずっと、離さないでくださいね!」
「おう!」
俺の新しい友達。
共に困難を乗り越えた戦友。
少し変わったところのある彼女だけれど、なんだかんだ、上手くやっていけそうだ。
「そう言えば、私の下着なんですけど」
「嗚呼。B70と書かれた黄色い布のこと?」
「っ!? ちょ、秋梔さん、見たんですかっ!」
「ゼンゼンミテナイヨー」
「嘘です!」
「ほんとほんと。匂いも煤の臭いしかしなかった」
「私の蒸れた下着をヤラしく嗅いだとでも言うんですかっ!?」
トーナメント頑張ったもんなあ。
「でも、そうです……。そうですよ! 秋梔さん、私の下着で顔を覆ってたんですよね! 変態じゃないですか! 変態仮面じゃないですか!」
いや、あの時は命の危険があったから。
もしあの時の最善が自分のパンツを口に詰める事だったとしても、俺は迷わずそれをしていただろう。
「まあ、変態仮面というよりは変態マスクだったね」
ただ、執拗いようだけれど、俺だって命の危機があったからこその行動なのだ。
あの時、柏卯さんのブラジャーは俺の目には救済キットにしか映らなかった。
「まあまあ。気にしないでいこう。ほら、俺たち友達だろう?」
「そのセリフを言う奴は9割9分信用できないって統計が出てますけど?」
「うっ……」
ジト目が痛い。さては俺の言葉を疑ってるな。
「……なあ、蒸れた下着をヤラしく嗅いだってなんだ?」
「ああ。それは柏卯さんのブラジャーを……って! 愛萌っ!? なんでいるの!?」
「見舞いだよ、見舞い。妹さん達に案内してもらったんだ」
「おう! 春花の泣く声が聞こえてな!」
「はあ? あたし泣いてないし。キモ」
「なっくんが無事でよかったぁ〜」
「あの、秋梔くん! 身体、大丈夫ですか」
愛萌と左近に二重さんと朝比奈さん。
4人がお見舞いに来てくれた。
「愛されてますね」
「うん。ほんと、幸せ者だよ、俺は」




