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ちゃんと聞いて





 死者4人、重症者39人。

 病室のベッドで見たニュースにはそんなテロップと共に焼けたデパートの様子が映し出されていた。

 

「ねえ、いい加減、そろそろ離してもらっていいかな?」


「嫌だッ! お兄死んじゃうかと思ったんだからぁっ」


 目が覚めてから今に至るまで、俺に引っ付いた春花が離れる様子はなく、ひたすら泣きじゃくっている。

 自分を心配してくれる妹がいると言うのは兄冥利に尽きると言いたいところだけれど、身動きが取れないので非常に困る。

 無下にもできないしね。


「ハナもそろそろ学校に行ったら?」  


「行かない。今日は一緒にいる」


 なんというか、普段の態度はそりゃあ酷いものだけれど、こう言う春花を見ると、そこまで嫌われているわけではないのかもしれない。 

 

「お兄ちゃん、買ってきたよ〜」  


 売店から帰って来た冬実々は俺が注文した杏仁豆腐を掲げながら部屋に入ってくる。


「はい、どうぞ!」


「ありがとう」


「あーんしてあげよっか?」


「いや、自分で食べれるよ」


 俺の今の状態は、そこまで酷くない。

 昨日柏卯(しろうさぎ)さんと脱出を図った俺たちは、下の階へと降ることを選んだ。


 俺たちがもともといた階が4階で火事の発生が3階。


 火は上に昇るもの。故に、下を目指した。

 幸運にも屋上へ逃げた人達も救助は間に合ったようだが、その時は最善と思っての行動だった。


 俺は階段を下る際に、手摺りに触れてしまい、腕に火傷をしてしまったが、それでも大きく皮が剥けた程度。

 柏卯さんに関しては軽度の火傷を除いてほとんど外傷はなかったようだ。

 

 ──チュッキプリィwww チュッキプリィwww


 スマホの着信音が鳴る。


「冬実々、ポケットからスマホを出してもらっても良いかな?」


 時間帯はちょうど朝のホームルーム。

 きっと、愛萌か左郷だ。

 心配してくれる人がいるって、幸せだ。


 なんて、良い気分に浸っていたのも束の間。


「ねえ……お兄ちゃん?」


 病室は底冷えするような冷気に包まれた。

 だって、俺はすっかり忘れていたのだ。

 火事場から生還したことで、生きてる幸せを噛み締めることに精一杯で、一番大切なことを。


「お兄ちゃん、この煤けたブラジャーの残骸は……なに?」


 柏卯さんのブラジャーの処理を。




☆☆☆



 朝のホームルームで学校の近くのデパート事故の被害者に、秋梔夏芽の名と柏卯てつ子の名が挙がった。


 それを聞いて最も動揺した人のうちのひとりが、朝比奈夜鶴だ。

 死者が出ているほどの事故。重傷者も多く出ている。そこにクラスメイトが巻き込まれたのだ。


 まるで心臓が締め付けられるような息苦しさを感じる。

 信じたくない。そんな気持ちで溢れるが、誰も座っていない隣の席が何よりの証拠である。


「先生、俺、ちょっと連絡とってみます」


 スマホを取り出して夏芽に電話をかける左近が、夜鶴にはとても羨ましかった。

 本当なら自分だって、一刻も早く彼の安全と無事を確認したい。しかし、それができる彼女ではない。今考えてみれば、そもそも夏芽の連絡先さえ、夜鶴は知らないのだから。






「おう、夏芽! 生きてるかッ!?」


『おはよう左近。俺は何とか無事だよ』


「そうか! それはよかった! 死んじまったら、もう一生潮干狩りできねぇからな!」


『俺、潮干狩りしたことないよ? 皮膚弱くて海水とかダメなんだ』


「……。なあ夏芽、何があったのか教えてくんねぇか? お前は無事なのかよ。怪我は平気か?」


『うん。とりあえず無事かな。かくかくしかじかで──』


 昨日あったことを説明する夏芽の話を聞きながら、左近は珍しく真剣な様子で頷く。それだけ今回の件は大事なのだろう、とクラスメイト達は聞き耳を立てる。


「ふむふむ。話が長くて半分くれぇ忘れちまったけど、それはつまり、柏卯に絡んできた男たちを焼き払うためにデパートごと燃やしたってことか?」


 否。どうやら左近が難しい顔をしていたのは言ってる言葉の意味がわからなかったかららしい。


『まるで理解してないのに、よくふむふむ言えたね。さすが左近だ』


「いや、大体は理解したぜ? つまり、昨日の事故の犯人はお前だったんだな夏芽!」


 大声を出す左近の声を聞いてクラスがどよめく。

 それも当然だろう。今左近が口にした言葉が正しければ、今回のデパート火災事故は事件になってしまう。


「友達を想う気持ちと静かな怒りがお前を覚醒させ──そしてデパートを壊すに至ったと言いたい訳だな? 合ってるか?」


『いや、全く訳だわないよ? どこのサイヤ人? どこのナメ〇ク星?』


「くうぅっ。泣けるぜ、夏芽! お前の友達を思う気持ち! すげぇ感動したっ!」


『違うって。俺、どちらかと言うと身の危険を感じたら友達を売るタイプの人種だよ?』


「さすがは春花の兄だ! 友達想いでよろしいっ!」


『?? あの、もしもし? 左近、酔っ払ってる?』


「あ? 確かにそうかもしんねぇな。俺はお前の熱い漢気に当てられてちまったみたいだ。まったく。お前は酔狂なやつだぜ。自分の人生を犠牲にしてでも友達を守ろうというお前の熱い心に、俺は胸を撃ち抜かれちまったわけさ! 放火は重罪だが、俺の心に火を灯してくれた点は感謝する。釈放されたらまた遊ぼうな。そんじゃっ!」


『えっ、あっ、ちょっ……』


 ──ツーツーツー


 夏芽に喋らせるまもなく、言いたいことだけを言って一方的に電話を切った左近。

 静まり返る教室の中、一番に口を開いたのは愛萌だった。


「なあ、郷右近。お前の声だけで何となく予想はつくが、具体的に夏芽はなんて言っていたんだ? 体は大丈夫なのか?」


 眉を八の字にした愛萌もまた、夏芽を心配しているクラスメイトのひとりだ。


「悪ぃな、男虎。説明してる暇はないんだ。何だかよくわかんねぇけど、春花が泣いてた。助けに行かねぇと!」


 この男、人の話を全然聞いていなかった。


 廊下へ飛び出そうとする左近を必死にガードする先生を横目で見ながら、愛萌は夏芽に電話を掛ける。



「おう、度々悪ぃな。大丈夫か?」

 

『たった今大丈夫じゃなくなった……。左近ってさ、今教室で電話してた?』


「ああ、そうだな……」


『俺、教室で放火魔扱いされてない?』


「……。」


 ああ、そうだな。


 郷右近左近という男は人の話を聞かない。

 会話が成り立たないとまでは言わないが、今回は電話越しに春花の泣き声が聞こえてしまったのが悪かったのだろう。そちらばかりに気を取られてしまった左近は夏芽の話を話半分でしか聞いていなかったようだ。


『ちょっと! お兄ちゃん、電話してないで、早く説明して! このブラジャーは何? 何なのっ!?』


 スマホの向こうから聞こえてきた少女の声に、愛萌は眉を顰めた。


「夏芽……お前、やけくそになって、柏卯に手を出したんじゃないだろうな?」


 教室中が再びざわざわとざわめく。


『え、違っ……あっ! ちょっ、冬実々っ』


 ──ツーツーツー


 冬実々の手によって切られた電話。

 愛萌は静かに立ち上がるとそのまま駆け出した。

 誰よりも夏芽のセクハラを受けている愛萌が柏卯の身を案じるのも当然と言えるだろう。


「柏卯が泣いてるかもしれない!」


 廊下へ飛び出そうとする左近と愛萌を必死にガードする先生を横目で見ながら、二重心々良は夏芽に電話を掛けた。

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