叶わぬ願い
朝比奈夜鶴視点
自宅に帰り、部屋の電気も付けぬままにベッドへと沈む。
カーテンから僅かに入り込む夕焼けの光が目覚まし時計を強調するかのように照らしていた。
時間は17時20分。
どうやら結構な時間、私は職員室にいたようだ。
私、朝比奈夜鶴には友達がいない。
根暗な性格と、パッとしない顔付き、何をやっても人並み以下にしかできない事による劣等感。
理由を探せば何個でも見つかるとは思うけれど、一番は私がイジメられていた事による負い目。そしてトラウマが原因だと思う。
小学生の頃、些細な切っ掛けで、ひとりのクラスメイトと仲違いをした。それ以来ずっと、ずーっと、私はひとりぼっち。
いや、ひとりではなかったのかな。
毎日のように嫌がらせだけは続いたから。
そしてそれは中学に上がっても変わらなかった。
そんな私だけど、ひとつだけ、叶えたい夢があった。
だから高校では変わろうと、そう思えた。
なのに、いざその時が訪れてみれば、意気地無しで弱虫な私は環境が変わっても変われないままだった。
入学式の日。
クラスで行われる自己紹介。
徹夜で何度も何度も練り直した自己紹介文。
結局私は頭が真っ白で、名前以外伝えられなかった。
家に帰ってからは自己嫌悪で部屋に閉じこもった。
夕飯も食べなかった。
心底自分がイヤになった。
夢だけ語って、その結果がこれだ。
みんなが私を嫌う。
でも、一番私を嫌いなのも私だった。
嗚呼、私には友達なんて──
そう思った時に、話しかけてくれたのが、秋梔くんだった。
入学式を堂々とサボった不良男子。
血のついた制服。
何よりも、整った顔から放たれる冷淡な視線がとても怖い。
それが私の第一印象だった。
だけど、見た目に反して声は優しくて、その場凌ぎの為に出したお金も返してくれて、悪い人じゃないんじゃないかって、そう思うようになった。
放課後呼び出された時は、さすがにドキッとして心臓が止まるかと思ったけれど、その日一日観察してみると、秋梔くんは意外と丁寧な性格なのだと分かったのだ。
トイレから出てくる時はハンカチで手を拭くところ。
水が出しっぱなしになっている蛇口を代わりに止めているところ。
上履きの踵を踏んでいないところ。
真面目にノートを執っているところ。
消しカスを丸めてゴミ箱に捨てているところ。
シャーペンは芯が0.3のところ。
お弁当のピーマンを残さないところ。
その他にも、当たり前のことを当たり前にやる秋梔くんが、私にはどうしても悪い人には見えなかった。
そして何より、私が秋梔くんを怒らせないように機嫌を取ろうとする事を彼は悲しんでいた。
彼は私と対等であろうとしてくれたのだ。
それが心地良くて。温かくて。
たまらなく嬉しかった。泣きそうになるくらいに。
だからこそ、放課後になって秋梔くんと対面した時、私は怯えた。
秋梔くん本人も、それは確かに怖かったけれど、それ以上に私は──
秋梔くんに嫌われることに恐怖を覚えた。
彼に見限られることが堪らなく怖かった。
縋った希望の灯火が潰えてしまうんじゃないかという不安に震えた。
「自分のことばっかりだ……」
私は勝手に外見で判断して、失礼な態度をとった事をまだ謝っていない。
彼の優しさに触れて、自分の卑しさに触れた。
そんな自分が許せない。
私は私が嫌いだ。
私は私が嫌いなままだ。
メガネを外した私は、顔を叩きつけるようにして枕に顔を埋め、グリグリと擦り付ける。
強く掴んだシーツにはシワができていることだろう。
ねえ、秋梔くん。秋梔夏芽くん。
あのとき、あなたは私になんて言おうとしたの?
こんな私に、あなたはどんな言葉をくれるはずだったの?
「ううん。違う。例えそれがどんな言葉だろうと関係ない」
眼鏡という名の鎧で遮ったその奥。
私の瞳を真っ直ぐ見て言葉をくれようとした。
その事実だけで私はもう──
だから、一くんに遮られた秋梔くんの言葉が例え罵倒だったとしても、伝えたい言葉がある。
勇気を振り絞って、伝えるんだ。
誤解してごめんなさいって。
そしてもし許されるなら──
「私は秋梔くんの友達になりたいって」
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