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帰らぬ人



 私にとって秋梔さんの第一印象は「ヤバそうな不良生徒」でした。


 入学式はサボる。

 来たら来たで他の生徒達と揉める。


 そんな彼を遠目で眺めていた私は絶対に関わらないように、と密かに心に決めていたことも記憶に新しいというものです。


 彼、どう見てもヤバい奴ですから。


 しかし運命のイタズラとでも言うのでしょうか。

 こうして私と秋梔さんは出会ってしまったのですから。


 私はかつて魔王だった頃の記憶の残滓に頼り、必死に自衛しながら当たり障りのない言動を心掛けました。


 でなければ、私は彼から身を守れないと思ったからです。


 でも、結果からすればすべて杞憂でした。彼は良くも悪くも、人を差別しない性格だったのです。


 決して、私の前世が魔王だったことを信じようとはしませんが、だからと言って、私を嫌うこともないようです。


 こんな不思議な人、初めてです。


 今日はそんな彼と一緒に、本屋さんに来ています。漫画の新刊でも買うのだろうか、そう思ったのですが、どうやらプレゼントらしいです。


 私は迷いなく進んでいく秋梔さんの後に着いていき……


「なっ!? なんですか、まさかここから選ぶんですか!?」


 目を見張り、秋梔さんの正気を疑います。


 目の前に広がるのは男性達の愛の本。


「な、汝、その禁書に何を求めるっ!?」


「うーん。どうなんだろう。マニアックなのがいいのか、ソフトなのがいいのか……迷っちゃう。柏卯さんはなんかないの? 好きなジャンルみたいなの。女の子の意見を参考にしたいな」


 この男、間違いない。馬鹿だっ!


「今しがた、神より神託を授かりました。この場を離れよとの事です!」


「ええ……」


「ほ、ほら、早く帰りましょう」


「ちょっと待って。すぐ決めるから……。ふむふむ。歳の差もアリかあ」


「……早くしてください。こんなの、どれも同じですよ!」


「性癖は十人十色だよ。人の趣味を否定しちゃいけないって、俺は思うな」


「こんな所で! こんなタイミングで! 真っ当っぽい言葉を吐かないでください!」


 恥ずかしいさのあまり、少し大声を出してしまった私だが、秋梔さんは気にすることなく本を選ぶ。

 

「……」


 正直、呆れる。

 世に大きく勧められるとは言えないジャンルの本。それを相手にこんなにも真剣な顔をするなんて……。


「決まりませんか?」


「プレゼントは真剣に選びたいからね。でも、何種類かには絞れたよ。……参考までに柏卯さんは好きなシチュエーションとかある?」


「秋梔さんいい加減に……っ!」


 怒鳴りそうになって、直ぐに口を噤む。

 怒れなかった。秋梔さんの目は真剣そのものだったから。


「……とりあえず、候補を教えてください」


「うーんと、これと、これと、これ」


 秋梔さんは三冊の本を手に取り、寄越してくる。

 正直タイトルだけでは内容がわからないが、本についた帯から大体のあらすじを探る。


「じゃあこれで」


「『セリヌンティウスの羅生門』か。……柏卯さんは無理やりが好きなの?」


「……まあそれなりに」


 まあ……それなりに。


「じゃあ、これと、もうひとつ同じ作者さんのを買っていこう」


 そう言って、秋梔さんは秘腐美というなんとも香ばしい名前の作者の小説をもう1冊手に取るとレジへと向かっていきました。


 秋梔さんを対応するレジのお姉さんの微笑みが少しだけ怖かったてす。



☆☆☆




 BL小説を買ったあとは、いよいよタピオカドリンクだ。デパートの4階に内蔵されたお店の前で何を飲むか選ぶ。


「……いっぱい種類あるね」


 しかも、ゴッツイ。


 お店の前には、ドリンクを胸の上に乗せて写真を撮る女子高生もいる。


 何やってんだ、あれ。


 たしかこの世界は今、平成の終わりらしい。

 平成・令和は別に原始時代じゃなかったはずだけど……昔の人が考えることはよくわからないな。


「秋梔さん、人の胸ばかり見てないで早く決めたらどうです?」


「あ、うん。えっと……俺は、いちごミルクにしようかな」


「なるほど。いいとこ突きますね。では私は抹茶で」


 2人とも定番所に収まったな。

 もう少し冒険してもよかったと思うけど。


 俺はお金と朝比奈さんにもらった割引券を出す。

 今度ちゃんとお礼しないとなあ。


「じゃあ、いただきまーす」


「ちょっと待ったぁー」


 すぐ側の席に腰を下ろして、いざ! というタイミングで待ったが入る。


「バエる写真を撮ってからです」


「ああ。そうだね。柏卯さんは女子だなぁ」


「女子ですよ。普通に女の子です。逆に何だと思ってたんですか」


 厨二病患者。


「いいですか。タピオカとは、つまりはSNS界のアイドルです。二重さんと撮るチェキよりお得です」


「なんで二重さん?」


「好きなのでは?」


「あー、別にファンとかじゃあないよ」


 色々あってボディーガードポジションに落ち着いただけだ。


 俺も何枚かパシャパシャしてから、最後に一枚、ふたりでツーショットを撮っていよいよ実飲だ。


 うん。甘くておいしい。


「そう言えばさ、遠足の班決まった?」


 俺の言葉に、唇の端をピクリと引き攣らせる柏卯さん。これはあれだな、決まってないやつだな。


「良ければさ、一緒に行かない?」


 元々は、俺と二重さん。そこに大鷲さんと小牧さんを加えた4人班だった。しかし、男女比率を考えた俺は左近と赤服くんを誘ったのだ。


「これで、3対3のグループができたはずだったんだけど、改めて左近に断られちゃってさ。だから、一層のこと、大鷲さんと小牧さんを誘うのをやめて、是非とも柏卯さんに来て欲しいんだ!」


 俺のわがままだけど、できれば大鷲さんと小牧さんと同じ班にはなりたくない。


 二人とも、あまり性格が良いとは言えないからね。


「私の補欠扱いはまあ、置いといて、ですね。秋梔さんはそれ、二重さんにちゃんと相談したんですか?」


「うん? いや、これから話すよ。決まってもないことを話す訳にもいかないしね」


「はあ。秋梔さんは女心というものをまるでわかってないみたいですね」


「?」


「いいですか。たぶん、二重さんは遠足で秋梔さんとデートがしたかったはずなんですよ」


「な、なんだって!!」


「これまたわざとらしいリアクションですね」


「ごめん」


「大鷲さんと小牧さんは仲が良いですよね。つまり必然的に班が2対2に分裂するはずだったんです」


 なるほど。確かに筋の通った意見だ。


「けど、それはないよ」


 だって、俺を誘ったのは「ここちむ」としての彼女だ。そして、アイドルである彼女にとって、どうやら俺はお気に召さない存在らしい。

 さらに言えば、俺が二重さんに誘われたのはほぼ初対面の頃だ。


「むしろ俺は嫌われてるらしい」


「あなた正気ですか? あれだけ一緒にいるのに?」


 机に伏せた柏卯さんが冷めた目でこっちを見てくる。でも、これが現実なんだよ。最近なんて特に避けられてるからね。

 この前なんて手が触れただけで過剰な反応をした二重さんはダッシュで教室を出ていってしまった。

 多分手を洗いに行ったのだろう。……これが噂のバイ菌扱いってやつ?


「あ、そう言えば!」


 菌で思い出した。


 俺はポケットからハサミをひとつ取り出す。

 すっかり返すのを忘れていた。


「すみません、秋梔さん、一旦席を外します」


 トイレかな?


「いってらっしゃい」


 俺は乾いた血だろうもののついたハサミをお手拭きで綺麗にしながら柏卯さんを待った。


 ……待った……のに帰ってこない。


「お腹壊したのかな」


 トイレに行くと言っていたわけではないので、単純に買い物をしている可能性もあるか。

 

「もう少し待とう」


 長期戦を覚悟した俺だったが、やはり彼女は帰って来なかった。



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