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譲れないからさ


「くっくっく。ついにはじまるラグナロク。我が力を示す格好の舞台。眠れる黄昏の女帝。その力、今こそ解放するとき。喜べ凡夫共。貴様らが最初の生贄だっ!」


 ついにトーナメントが始まり、コートに立った柏卯さんは高笑いをしながら相手を挑発する。


『次の秋梔の犠牲者は柏卯さんかぁ』

『変なポーズまで取らされて可哀想。羞恥プレイ?』

『秋梔のやつ、可愛い子ばっかり取ってくよな』

『あれ、朝比奈って子は?』

『あれは席が隣だっただけだろ』


 朝比奈さんだって可愛いぞ!

 今日も陰口は絶好調。いい加減慣れてきた頃だけれど、朝比奈さんにまで飛び火したのは気分悪い。

 

 ぜってぇ、勝つ。そして覚えておけ!

 俺と柏卯さんはちゃんと友達! 相性の良いスーパーコンビだってことをな!


 ……俺たちちゃんと友達だよね?


「秋梔さん。私って可愛いですか?」


「ううん。大丈夫だよ。強そうだよ」


「そうですか。よかったです」


 柏卯さんの中では可愛い=弱いという方程式が成り立っているため、彼女にとってそれらは侮辱に値するらしい。


 彼女はゆっくりと眼帯を外して【吸魔の魔眼】を見開く。この世の全ての災いを呑み込む(設定の)その左眼は(カラコンで)青く変色している。


「私の強さ、身をもって証明してやります」


「うん、がんばろ!」


 第1回戦目の相手は女子二人のペア。

 尾田(おだ)真理(まり)枕草子(まくらくさこ)だ。


 二人はなんとなく気まずそうな顔をしながらコートに立つ。避けられてるなあってのが凄くよくわかる。


 最近は少しずつ話せる人も増えてきて、お昼休みを共にする人もいる。孤独ではなくなったかもしれないが、視野を広く持てば、まだまだ俺を嫌う人の方が多いのが事実だ。


「秋梔さん、何ボーッとしてるんですか?」


「あ、ごめん、ごめん」


「しっかりしてください、もう」


「……ふぅ。よしっ! 絶対勝とうぜ!」


「はい! さあ、戦争を始めましょう」




 ──────


 ────


 ──



「あの、私一回もボールに触れないまま試合終わったんですけど」


「つ、次頑張ろう」


 さあ、2回戦だ!


 ──────


 ────


 ──


「……。」


「……。」


「……あの、私、いります?」


「い、いるよ。大事だよ?」


 ポジションは柏卯さんが前衛、俺が後衛。

 多分、俺は前衛向きなのだろうけれど、柏卯さんんの瞬発力を見込んで彼女に前衛を託した。他意はない。他意はない!


「柏卯さんがそこに立ってくれているからこそ、コースが限定されて打ち返しやすいんだよ」


「つまり私はカカシだと?」


 ぶすーっと、不貞腐れた目でこちらを見る柏卯さんから逃げるように、次の対戦相手を確認する。


「やっほ〜。さすがなっくん! 運動神経抜群だねっ!」


 どうやら二重さんが勝ち上がってきたらしい。

 つまりは既に二勝したチームだということ。

 油断出来ない相手だ。


「ありがとう、二重さん。けど俺、負けるつもりはないから手加減はできないよ?」


 俺には譲れないものがある。

 そして、俺はその為には全力を賭すことを辞さない。二重さんには悪いが、この戦い、圧勝させてもらう。


「うーし、始めろ〜」


 先生の気だるそうな声と共に試合が始まる。

 サーブは二重さんチームの向日葵(むこうあおい)からだ。


 何回かボールを地面にバウンドさせて感触を掴んでいる。その手つきはどこか手馴れているようにも見えた。彼女はそのまま跳ねて──


「っ!」


 そのサーブはこれまでの誰よりも速かった。空中から放たれ角度の付いた打球は、的確なコントロールで俺たちの手の届かないコートの端の端を抜けていった。


 やばい。


 この人、どう見ても経験者だ。


「ふっ。ふははっ。はは……」


 柏卯さんは笑いながらの驚愕と、かなり器用なことをしている。

 だけど気持ちはすごいわかる。


 ここに来て経験者と初心者の違いをさまざまと突きつけられた。


「これはヤバいね」


「秋梔さん、できる限り二重さんに拾わせましょう。向日さんに打ち返されたらひとたまりもないですよ」




 こうして始まった試合。

 その差は歴然だった。


 何とか食らいつくが徐々に点差が広がっていく。

 やはり素人と経験者の差は広い……。


 必要最低限の動きでラリーを続ける向日さんに対し、俺たちは振り回されながらも対応していく。


 このままでは体力が先に尽きるのもこちらだろう。


 それくらい、圧倒的だった。


 正直勝ち目が見えない。


「くっ!」


 どうする? どうしたらいい? どうしたら勝てる!?


 焦燥感。


 不甲斐なさ。


 無力感。


 そんな負の感情がグルグルと胸を掻き毟る。



 と、その時。

 更に追い討ちをかけるような打球が向日さんから飛んできた。

 それはまるで吸い込まれるように柏卯さんの顔面へと迫り──そのまま撃ち抜いた。


 衝撃でよろよろと膝をついた彼女は「くぅぅ」と声を上げて蹲る。


「柏卯さんっ!?」


「来るなっ!」


「っ!」


 駆け寄る俺を左手で制し、立ち上がる。


「問題ない。これしきの事で死ぬ我ではない」


 柏卯さんは白魚のような腕でグイッと鼻血を拭う。その姿は勇ましく、不謹慎にもかっこいいと思ってしまった。


「まだ勝負は終わってませんよ。何度倒れたって、最後に立ってた方が勝ちなんですから」


 嗚呼。なんてかっこいいんだろう。

 彼女は少しも諦めていない。


 本気だ。全力だ。負けることなんて少しも考えてない!


 ならば俺も応えなければ!



「あ、でも、試合は多く点を取った方が勝ちだよ?」


 痛っ! 殴られた!


「さあ、再戦といきましょう。我が力存分に味わうがいい!」


「……うん。じゃあ、早くサーブしなよ」


 痛っ! なんで蹴るの!?

 今は仲間割れしてるときじゃないよ!


 柏卯さんのサーブで試合の再会。

 冗談みたいにテンポの早いラリーが続く。

 

 点差は4点。

 今回の10点先取1ゲーム制のルールにおいて、これはかなり大きな差だ。



 どうにか二重さんという穴を突いて戦ってはいるものの、やはり一筋縄ではいかない。二重さん自身も割と運動神経がいいらしい。

 更には二重さんが球を取り零す度に外野から野次が飛んでくるのだ。やりづらいったらない。


 俺の株価は暴落だ。


「……。」


 俺と目が合った二重さんが小さな声で何かを言ったような気がする。聞き取れないほどのものだったので独り言のようだが、もしかしたら恨み言のひとつでも言われてるかもしれない。




 でもさ、負ける訳にはいかないよ。


 努力というには短い時間だけど、それでも頑張ったんだ。俺も、柏卯さんも。


 結果が欲しい。


 俺は汗を拭い、呼吸を整える。

 大丈夫。まだ行ける。まだ戦える!


「柏卯さん、ラストスパートだよ」


「はい! 全力でいきましょう!」



☆☆☆




 秋梔夏芽──こいつ、めちゃくちゃだ!


 わたし、向日葵は小学生の頃にテニスを始め、中学時代も女子ソフトテニス部に所属していた。

 大会の成績だって、決して悪くなかった。


 そんなわたしをして、この男はバケモノと言わざるを得ない。

 確かに、わたしには硬式テニスが合わない。高校でテニス部に所属しなかったのも、軟式と硬式の差があってのものだった。


 しかし、幾らかの違いはあれど、基礎の基礎に変わりはない。

 スイングの威力調整やコントロールだって、これまでの授業中に粗方掴んでいる。


 ──なのに、打ち崩せない。


 秋梔夏芽の動きは素人同然。

 しかし、理不尽なまでの運動神経がそれをカバーし、わたしと渡り合うまでに昇華させている。


 人はこのような人間を天才というのだろう。


 これまでのわたしの努力を真っ向から否定するような動きで、今もまた、わたし達から一点をもぎ取った。


「ありえない……」


「夏芽くん、私のことばっかり狙ってる。ドS。好き……」


 ついには幻聴まで聴こえてきた。

 心々良ちゃんがそんなことを言うわけないが、現実逃避をしたくなってしまう光景を目の当たりにしているのは認めざるを得ない。


「集中しろ、わたし!」


 たかが体育の授業という思考があるクラスの中で、このペアだけは本気だ。

 死に物狂いで勝ちにきている。それは柏卯さんも一緒。


 その気迫がこうして、コートを呑み込み、場を支配する。そう。例えるなら、今の柏卯さんはテニスの女帝だ。大袈裟でもなんでもなく、わたしにはそう見える。


「……呑まれるな。考えろ」


 秋梔夏芽と一体一で戦えば勝てるはずだ。

 しかし、こんなにも追い詰められているのは何故か。決まってる。わたしがビビっていることを秋梔夏芽が気付いているからだ。


 いつの間にか、同点までまで迫られていたスコアボードを見て、それを確信する。


 後半、わたしたちチームの得点率が一気に下がったのは、ひとえに秋梔夏芽の誘導によるものだ。


 秋梔夏芽は柏卯てつ子を的にしている。


 わざと柏卯さんの方にしか打ち返せないようなポジション取りをして、彼女にボールを集めている。


 柏卯さんの技術を考えれば、それは愚策。

 しかし、わたしは既に一度、この試合で柏卯さんを怪我させている。


 だから、ビビる。


 二度目を恐れたわたしの打球が置きに行ったものへと変わる。


 そして彼らは、それを見逃すほどお人好しじゃあない。


 あの男は完全に、わたしの弱さを見透かしている。


「クソっ! ナメんなよ! あっ……!」


 怒りに任せてラケットを振り抜き、そして気付く。

 軟式と硬式。失念していた、その大きな差を。


 地面と平行に飛んでいく打球。

 触れなければそのままコートの外へと落ちてしまうような稚拙な一打だった。



 しかし──何の因果か、その球は再び柏卯さんの顔面へと吸い込まれるように向かっていった。

 

 


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