先輩と交配?
「勉強に恋は必要か?」
「「「否ッ!」」」
「そう! その通りだ! 恋人と乳繰りあってる暇があるなら勉強をするべきだ! 違うかッ!?」
「「「その通りッ!」」」
……この委員会ダメだな。
「分かるかい? リア充カップルなんてのは、存在するだけで周囲に悪影響を及ぼす──言わばバイ菌みたいな存在なんだよ! 断じて許しておけるものじゃあない! ボクはこの学校の為を思って言っているんだ! みんなもそうだろう?」
「「「その通りッ!」」」
もはや会議というよりは風紀委員長の愚痴に合わせて頷くだけの会になっている。
もう帰ってもいいかな。
一見、管木先輩はクールで美少女って感じの女性だ。中身の癖の強さはそれなりだけれど、十分モテそうな雰囲気はある。
そんな彼女がしかし、この場の誰よりもリア充を敵視している。十数人いる風紀委員の中、この人だけ目がガチ過ぎる。本気も本気。完全に狩人の眼だ。
「別にボクはリア充カップルを妬んでる訳じゃないんだ。彼氏くらいボクにだってできる」
「じゃあ、なんでこんなことするんですかあ……」
「うぜぇからだよ。人目もはばからずイチャイチャしやがって! 自分がまるで勝ち組みたいな態度取りやがって! いつからこの世界は恋愛史上主義に成り下がった? ああん? ぶっ殺すぞ!」
「おふぅ……」
爽やかなボクっ娘先輩は見る影もなく、溢れんばかりの憎悪を燃やしている。リア充に親でも殺されましたか? 先輩の命だって、きっと愛から生まれたんですよ?
「我々風紀委員は今回、生徒会役員秋梔書記の統率のもと、リア充に対抗すべき力を得ることに成功したッ!」
「「「うおおぉぉぉぉ!」」」
「さあ、牙を研げ怒り狂う獣たちよ! 法が命を守ってくれると高を括った馬鹿どもに、人の! 夢の! 儚さを! 存分に教えてやれ!」
「「「しゃあああああああっ!」」」
立ち上がり、拳を握り、振り上げる!
管木委員長に乗せられた他の風紀委員メンバーは声を上げて闘志を燃やす。本当に何かをやらかしかねない雰囲気が、そこにはあった。
責任者、俺なんだけどなあ。
俺が『トモ100』をプレイしていた頃には、風紀委員のイベントなんてなかった。
俺がプレイしていたのはβ版だったし、触れていないエピソードもたくさんあるという事実はあるけれど、俺にはこの件の攻略法がまるでわからない。
何をどうするのが正解なのだろうか。
頭痛さえしてくる悩みを抱えている俺の気持ちなんてつゆ知らず。管木先輩はこちらを向いて真面目な顔をする。
「気をつけ。敬礼。止め。これより我々は秋梔書記に従いこの学園の風紀を取り締まる! 秋梔書記、ボクたちに指示をお願いできないかな?」
ここで俺に振るなよ。
できるなら俺は先輩達を止めたい。
もっと平和に生きる方法もあると思うのだ。愛し愛され共に和を尊ぶ。これが俺たちには必要なんだ、と少なくとも俺はそう思う。
しかし、この盛り上がりをシラケさせるだけの強いメンタリティが俺にはないというのもまた事実。
どうにか彼らのテンションを下げずに、それでいて周りに迷惑をかけない案を提示しなければならないだろう。
「そうですね。周囲に悪影響がありそうなカップルには積極的に注意していきましょう。改善の余地もあるかもしれませんし、できるだけ穏便に……」
「……それだけ?」
管木先輩が小さく呟く。
周囲を見渡せば、その声はこの場にいる風紀委員全員の心の声を代弁したものとわかる。
失望の眼差しが、チクリと肌を刺した。
「……たっ、ただ」
「ただ?」
「奴らに二度目はない」
「「「ひゃっはぁーーー!」」」
ハンカチが舞う。
ほんと、なんなんだろう。このひとたち。
俺は我が身可愛さにリア充を売ることにしてしまったが不思議と罪悪感はなかった。
気になるのは俺の安寧ただひとつだ。
結局、俺はその後も盛り上がる風紀委員たちに迎合し続けた。何でもいいからとにかく早く帰りたかったのだ。
「二重さん……なんか、ごめんね」
俺はこの場にはいない彼女に謝罪する。
生徒会選挙のあの日、彼女が俺を助けてくれなかったら、俺はそのまま保健室で寝ていただろう。
アイドルのおっぱいを舐めた結果が今の俺だ。
「そう。あれはまるで、たにまのはつでんしょ……」
君は俺をどう思うだろうか。
権力を笠に愛し合う二人の仲を引き裂こうとする悪の組織の親玉に成り下がった今の俺を。
☆☆☆
「お疲れ様でした」
部活終わり。
部室を出ていく先輩に挨拶をしながら、男虎愛萌は自身の着替えを始めた。
愛萌の所属する女子バスケットボール部は部員29人。全校生徒300人の学校の中では大人数に分類される部である。
1年の部員は5人しかいないが、2年、3年は共に10人を超える部員がおり、上下関係も含め、正統派の体育会系部活だ。
1年である愛萌が先輩よりも先に帰るわけにもいかず、道具の整理などをしながら先輩の退出を待っていたところである。
もうすぐ19時半だ。
小学校時代からずっと続けていたバスケットボール。高校に入ってもこうして入部する程度には、バスケは生活の一部になっているのだが、中学と違い高校の部活の練習時間はそれなりに長かった。
今日もまた、夕飯は弟たちに任せることになってしまう。
男虎家はほぼ男所帯だ。家族は4人の弟と父親。数年前に亡くなった母に代わって家事をするようになった愛萌だが、最近になって部活との両立の難しさを感じるようになってきた。
それに加え、夏芽が言うにはテストの点数次第では遠足に行けなくなってしまうのだとか。
最近はそんな忙しさに、愛萌の気持ちは落ち込み気味だ。
五月病というにはまだ早すぎる憂鬱を感じながら、愛萌は部室の鍵を返却して下校する。
この時間になると、校内にはほとんど生徒も残っておらず、愛萌の見る限りでは校門のところで何やら語り合っている一組の男女くらいである。
こんな時間までお熱いことだ。
他人がどのように時間を使おうが愛萌には関係のないことだが、それでも、こんな時間まで学校に残るくらいなら場所を移せよ、と内心そんなことを思う。
「……って、あれ、夏芽か」
街灯に当たっているのが顔の一部のせいで、上手く視認できないが、あの横顔は愛萌の見慣れたものに似ていた。
「……随分とまあ仲が良さそうだな」
夏芽は相手に心を開かせるのが上手い。
それを誰よりも感じているのが愛萌だろう。思ったことを直ぐに口に出してしまうのが彼の悪癖ではある。それ故に思いもよらぬナイフが心臓に突き刺さったりもするのだが、それを差し引いても、愛萌には相性が良かった。
ただ、少しだけ文句があるとすれば、いつも女と一緒にいるという点だ。
もちろん、夏芽に男友達がいないというわけではない。郷右近左近との絡みを見てニヤニヤしているクラスメイトを愛萌は知っている。
赤服黄熊も夏芽の友達と言ってもいいだろう。
だが、最近やけにベッタリの二重を始め、夏芽には女友達が多いイメージが強い。それがどうという訳ではないが、愛萌はただ、何となく、気になる。
今、夏芽が話している相手も長身で黒髪の綺麗そうな人だ。残念ながらこちらからでは顔まで確認できないが、背中まで伸びた黒髪は艶やかに周囲の光を集めている。
一瞬、声をかけるか迷ったが、邪魔をするのも無粋だろう、と少し距離をとって脇を抜けていく。
チラッと聞こえたのは恋人がどうとか、そんな話。
──もしかして告白か?
そう思うと、やはり声をかけなくてよかった。
前回、愛萌は朝比奈夜鶴の邪魔をしてしまった経験があるので、今回はそれがちゃんと活かせたと言えるだろう。
夏芽は先程の女性と付き合うのだろうか。
「正直、想像つかねぇな」
秋梔夏芽の中身を知ってしまった今、彼に恋人が、なんてことを想像するのは難しい。
「仮にあたしが付き合ったら……」
『愛萌、今日も可愛いな。ミニスカートも似合ってるよ』
『別にそんな事ねーし』
『いやいや、俺の筋肉がそう感じたんだ!』
『きゃ〜、夏芽の細マッチョ〜! あたしを抱いて〜』
『はっはっはー。ハッピーとぅーゆー』
「……だれ!?」
愛萌は変わり果てた妄想の中の自分の姿にツッコミを入れる。
「これはない。これはないわ!」
頭のモヤモヤを取り払う愛萌。
そんな彼女に後ろから声がかかる。
「何がないの?」
「んあ? 夏芽!?」
「え? うん。そうだよ? そんなびっくりするかな?」
ポリポリと後頭部をかいて不思議そうな顔をする夏芽。
「一緒に帰ろ?」
「……ああ」
夏芽と一緒に帰るのは別に珍しい事ではない。
しかし、こうして改めて言われると、少し照れくさいものがある。
夏芽は良くも悪くも純粋で、子供のように無垢だ。歳を重ねるごとに少しずつ失っていく童心を彼は持ち続けているかのように無邪気なのだ。
彼は自然な流れで隣に並び歩き出すと、少しだけ機嫌悪そうに文句を言う。
「無視して帰るなんて酷いじゃないか。俺は少し傷付いたよ」
「だってお前、人と話してただろ?」
「あー。なるほどね、気を遣ってくれたのか」
夏芽は納得したように笑う。
愛萌は夏芽が来た方を振り返るが、そこに先程までいた黒髪の女性の姿はなかった。
「その、あのな。少しだけ話聞こえたんだが、夏芽は付き合うのか?」
「ああ、さっきのね。……まあ、そんな感じかな。正確に言うと、俺が付き合ってもらう側だけど」
「お前から言ったのか!?」
「うん? そうだよ」
思わず大きな声を出してしまう愛萌。
それくらい、今の夏芽の言葉が衝撃的だった。
夏芽から言った。それはつまり、夏芽が先程の女性に対して好意を寄せているということに他ならない。
「へっ、返事は?」
「うん。OKだってさ」
いよいよ、言葉を失う愛萌。
なんて声をかければいいのかもわからないまま「そうか」と一言呟いた。
「じゃあ、カノジョと一緒に帰った方がよかったんじゃねぇの?」
「彼女? いや、彼だよ」
「!?」
カノジョではなくカレ。夏芽の言った言葉を混乱する頭で咀嚼する。
夏芽がカノジョなのか?
夏芽は心が女で、さっきの黒髪の女性の心は男なのか? 考えてみてもよく分からない。
「あー、えっと、人首先輩は俺と同じで男だよ?」
「??」
「?」
「え?」
「え?」




