大事なこと
放課後、俺は生徒会室に呼び出されていた。
この言葉だけを聞くと、まるで俺が何かをやらかしてしまったような言い草だが、そんなことはなく。何の因果か、生徒会書記となってしまった俺はお仕事をすることになっていたのだ。
いや、ほんと、何事?
「秋梔書記には今日、風紀委員と合流してもらう。今後の活動について、君が方針を決めてくれ」
「……はい」
俺は心の内を悟られまいとしながら、藍寄会長の言葉に頷く。
前回の顔合わせでは、自己紹介くらいしかできなかったので、本格的な活動はこれからとなる。
まさか生徒会長がここちむファンで、風紀委員という組織をまるまる私物化しているということには驚いたけれど、二重さんのためになると思えば意外と頑張れる気もする。
「どうする? 補佐として一二三も連れて行くか?」
藍寄会長の言葉に、俺は顔を青ざめさせ、一二三さんは顔を赤く燃やした。
「一二三会計にもやることがあるでしょうし、俺ひとりで頑張ってみます」
補佐につける。それ即ち俺の部下ということだ。
冗談じゃない! 流石の俺でも、彼女が俺を嫌っていることくらいわかる。
これ以上刺激したらそのうちブチ切れられそうな気もする。
「そうか。確かに一二三にはまだ、荷が重いかもな」
「……っ!」
お、おい、生徒会長! 煽るんじゃない!
「お言葉ですが、藍寄会長。彼女は選挙結果でも、俺の2倍票を獲得しています。一二三さんは俺なんかよりも、すごくすごい人です」
貴方が何かを言う度に、好感度が下がるのは俺の方なんですよ?
俺は一二三さんをフォローして、藍寄先輩と一二三さんに会釈をすると、逃げるように生徒会室を後にした。
向かう先は、普段風紀委員会が使用しているという第四会議室。他の生徒があまり立ち寄らない校舎の端の方だ。
ちなみに、我が校の校舎はコの字型であり、生徒会室や第四会議室のある第三校舎と言われるこの辺りは普通の人がほとんどこない。
一階なんて、もはや生徒会役員しか訪れないのではないだろうか。
「……ボッチの時はここでご飯を食べるのもありか」
今日はたまたま柏卯さんと一緒にお昼ご飯を食べたけれど、今後も誰かと食べられるとは限らないわけだし。
──汝はまだ知らぬ。やがて訪れる黄昏時。その身は業火に包まれる。命を救うのは双刃の剣と双器の衣なり。
ふと、柏卯さんが言っていた言葉を思い出す。
今日1日散々適当なことを言っていた彼女だけれど、この言葉だけが何故か頭を離れない。
「また厄介なことになんないといいけど……」
この世界の主人公は朝比奈さんだ。
もし厄介なことが起きるとしたら、だいたい彼女絡みのはずなのだけれど、俺自身もすこぶる運が悪いようだ。
ナイフの男と対峙することになったのは、二重さんと朝比奈さんのイベントに俺が割り込んでしまったからだ。しかし、生徒会に所属することになった事まで朝比奈さんのせいにする訳にはいかないだろう。今回の件に朝比奈さんは無関係だ。
……無関係だよね?
俺自身、全てを把握しているわけではないけれど、生徒会への所属に関するイベントはなかったはずだ。これは本当にたまたまの事故みたいなものだろう。
……そうだよね?
朝比奈さんは女の子なので俺の知ってるイベントとは若干差異がある。二重さんのイベントなんかは、主人公の性別がどちらでも問題ないものだった。しかし、一一に告白される。だとか、男虎愛萌と好きな人が被る。だとかのイベントは主人公が女の子でなければ起こりえない。
俺が巻き込まれることは、まずないと言っていい。
今日柏卯さんと関わったことでイベントに巻き込まれてしまう可能性はあるが、残念ながら俺はその内容を知らない。ただ、恐らく双刃の剣と双器の衣というのがカギになるのだろう。
──こんこんこん。
考え事をしているうちに生徒会室の前に着いた俺は控えめに扉をノックする。
「どうぞ〜」
ゆっくりと扉を開いた黒髪の先輩が俺を部屋に入れてくれた。
「やあ、来たね! 書記殿! 待ってたぜ!」
両手を広げて歓迎の意を伝えてくれる無邪気そうな先輩。女性にしては低めのハスキーな声で、手足の長いモデル体型のモテる体型。
管木 純愛
彼女がこの風紀委員会の委員長だ。
「やあやあ。待ち遠しかったぜ? ボクは一刻でも早く君に会いたかったんだから」
「お、俺もですよ……」
風紀委員会なんて前世にはなかった。
アニメや漫画に出てくるという認識でしかない俺からすれば、もっと堅苦しいイメージがあったのだけれど、この学校の風紀委員会は一味違う。
「まあ、知ってると思うけど、風紀委員会に入れるのは2年と3年だけ。ここにいるのは全員先輩だ。キミはまだ1年生で学校のことをよく分かっていないと思うだろうけれど、萎縮せずに頼ってほしい。他のみんなもそれを望んでいる」
人好きのする笑顔で語った管木先輩はやたらと豪勢な社長イスに腰掛ける。
「では、早速話し合いを始めようか。第一回風紀委員会会議。議題はカップルの取締りだ」
こうして風紀委員長の宣言のもと、会議という名のカップル達への愚痴り大会がはじまった。
俺は白熱する先輩達の脇で、ただただそれを見守る事しか出来なかった。




