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破滅の前兆


 柏卯(しろうさぎ)さんと特訓を初めて20分。彼女のテニスの腕は未だに上達していない。


「ねぇ、柏卯さん。その眼帯、外してみない?」


「は、外せませんよ! 貴方えっちなひとだったんですか!?」


「えー(真顔)」


 眼帯外してくださいがエッチじゃないことくらい俺にも分かる。そんな顔を赤らめられても、全然悪いことしてる気分にならないよ。


「けど、人間って片目だけだと距離感覚が掴みにくいからさ、上手く打ち返すには(たま)を両目で見る事が大事なんだよ?」


 俺は眼帯を外して欲しいと思った理由を語るが、残念なことに柏卯さんは納得してくれなかった。


「我が左眼には吸魔の呪いがかかっている。あらゆる負の魔力を蓄積してしまうが故、この封印を解けば、やがて世界は混沌に呑まれるだろう。汝にはその闇を打ち払うだけの力と覚悟があるというのか?」


「あるよ。めちゃくちゃある。邪の神に誓うよ」


 俺は少しだけ彼女との会話に疲れながら適当に誓いを立てる。時々俺が彼女に合わせて厨二セリフを吐いたりしたせいで、すっかり同士だと思われているらしい。


 見てよ、この柏卯さんの笑顔を。こんなに幸せそうな人、見たことがない。変な打ち解け方したくなかったなぁ。


「うむ。良かろう。では汝の力を証明せよ! 決闘だ!」


 ばばーん、ポーズを決めて宣言する柏卯さん。


 昔から、彼女の生まれ育った黄昏の帝国では何かを要求する際に『決闘』で決めていたらしい。


 俺は難しい単語を並べて説明を持ち出した柏卯さんと共に山を築く。今からやるのは棒倒しだ。


「母なる大地よ、我が大知よ。星を穿つ強靭なる槍よ。我が望みは勝利のみ。穢れたこの手に欲すは清き勝利のみ。暁の者よ力を貸せ──【アストロブレイク】」


 柏卯さんは山を穿った。


「ほほう。やるね」


 彼女、意外と胆力があるみたいだ。

 3分の2ほどを削られた山を見るに、恐らく短期決戦になるだろう。


「おりゃ」


 俺は敢えて自分側を大きく崩すように山を削る。

 彼女からは死角になるような位置を大きく削ることで、その胆力を逆に利用してやろうという作戦だ。

 我ながら実に冴えてる。


 俺が対人戦で最も重要視している事のひとつは敵の性格を利用することである。前世では妹以外に遊び相手はいなかったけれど、でも、わざと負けたとき以外の勝率は何をやっても高かったので、俺の作戦も的外れではないはずだ。


「……まさか、貴様が無詠唱魔法の遣い手とはな。その点においては褒めてやっても良さそうだ」


 楽しそうだなぁ。

 なんか見ててほっこりする。

 きっと彼女も、俺や朝比奈さんと同じ。孤独でありながらも、誰かとこうしてかかわり合うことを望んでいたのだろう。最も、朝比奈さんは今回の授業、普通に友達とペアを組んでいたけれど。


「では我の番だな。コホン。……それは五月雨。落つる雨。流星降り注ぐ大地に芽吹く赤ひにゃっ!?」


 あかひにゃさん?


「おい、お前たち。体育の時間に何をしている?」


 ピクリと背が震える。とても低く、威圧するような声だった。そんな女性の声が後ろから聞こえる。


「……。」


 振り返った先にいたのは体育の先生であり、担任でもある三崎先生だった。

 ジャージを着ていても分かるくらいの巨乳。しかし柏卯さんが穿った山はこちらではない。

 

「体育の授業中に砂場で棒倒しか。随分と度胸があるなぁ、お前達」


 ひくひくと口許を引き攣らせた三崎先生は明らかに怒っている様子。とても怖い。


「なぁ、言い訳を聞かせてくれよ、お前達。一体どういうつもりでこんなふざけた事をしているのか」


「貴様。我の御前で何をふざけた事を……ひゃうんっ!」


 そりゃあ、ゲンコツ食らうよ。

 先生を貴様呼ばわりって何様だよ。お子様ですか。そうですか。この子は頭がよろしくないのかな。


「お前、何他人事見てぇな面してんだ?」


「めっ、滅相もございません」


 クラスメイトと遊べるって思ったら体育の時間だということもついつい。忘れてしまった。


「ふむ、とりあえず今日は授業が終わるまで校庭を走っとけ。それから放課後までに反省文もだ。異論はあるか?」


「え、あの……いや」


「あるか?」


「「ありません」」


「返事は?」


「「はい……」」


「最後に何か言っておくことは?」


「「2組のペアは指定して欲しいです……」」


 

 


 体育が終わった後、そのまま流れで柏卯さんと一緒にお弁当を食べることになった。


 テニスの授業最終日、ペアでダブルスのトーナメントを行うらしい。柏卯さんはただでさえ運動神経が悪いのに、このままでは授業態度の項目点も最低ランク。何としてでもこのトーナメントを勝ち上がらなければならない。


 故に、その為の作戦会議。

 俺の人生で初めて誰かとお弁当を食べるのが彼女になるとは思いもしなかった。

 

 今のところ一番親しい愛萌には友達が多く、いつも話しかけにくそうな女の子に囲まれているため、基本的には向こうから話しかけてくれるまで会話はない。

 「たまには夏芽から話しかけてくれ」なんて事を以前言われた事があったけれど、周りの女子が怖くて近寄れないのだ。

 毎回俺が愛萌に近づく度に睨まれていることを彼女は知らないのだろうか。


 同じ生徒会の一二三三二一。

 彼女はその態度が特に顕著である。嫌われてると言うよりは憎悪されてる気さえしてくる。仲良くなるのはちょっと無理そうなところまで来てる。

 そういう事情もあるせいで、俺のクラスメイトとのお弁当童貞は今日卒業という事になった。


「かひゅー。かひゅー」


「ほら、お水飲みなよ」


 未だ体育着姿の柏卯さんは机に突っ伏して汗で水溜まりを作っている。これ、干からびてない?

 彼女はとにかく運動音痴だ。少し走っただけでヘロヘロである。

 このままじゃあ、トーナメントだって勝ち上がれない。


 俺は打開策を考えながら、彼女の回復を待った。





「ではこれより、第一回クレモルソ教会会議を始める。紅き夕焼けの民に祝福を」


 柏卯さんは平らな右胸に手をやり黙祷する。

 未だ頬は紅潮したままで、前髪がおでこに貼り付いている。


 すごいなぁ。

 厨二病のこういう語彙力とか、発想力って常人を遥かに越えてるもんなぁ。そして、やはりこの胆力。

 この密室で堂々の厨二病。


「世界に災いを招きしパンドラの箱。我は今その鎖を解き放たん」


 柏卯さんは弁当箱を止めるうさぎさんの装飾つきゴムバンドを外す。彼女は毎回一人でお弁当を食べながら、こんな事をやっているのだろうか。

 時間かけ過ぎだと思うよ?


「うわぁ、美味しそ〜う。じゅるり」


 お弁当箱を開けたところで素が出た。


「それ、世界に災いを招いたパンドラの箱じゃなかったの? 開けちゃまずいんじゃないの?」


「失敬な。私のママのお料理は絶品です。それに、秋梔さんはパンドラの箱の逸話をよくご存知ないようですね」


「どういう事?」


 俺が知っているのはせいぜい、人類最初の女性であるパンドラが箱を開けた結果災いが飛び出した、程度の認識だ。


「まぁ、諸説ありますけどね。災いが飛び出した箱。パンドラは慌ててこれを閉じたのです。するとその箱の中には希望だけが残った、と」


「そういう話なんだ」


 もしかしたら、神話の中では一番好きなエピソードかもしれない。対処しようとした結果、それが裏目に出る。

 その人間らしさが表されたこの話にはどこか共感できる気がする。


「つまり、柏卯さんの持つ弁当(パンドラ)の箱には希望が詰まっていると」


「その通りです! よく分かってるじゃないですか! さすが我が同胞です」


「いや、別に俺はそういうのじゃないから」


「いえ、私にはわかります。貴方がこの世界の人間より上位の存在であることが」


「え……?」


「貴方からは神の匂いがします」


 もしかして、俺の正体に勘づいてる……?

 

「貴方の真名を教えてください」


 やはり! とすれば、もしかしたら彼女も俺と同じ転生者、なのか?


「俺は……僕は──」


「なるほど、常夜の奏者オルフェですか……」


「……ん?」


「今伝わってきました! 貴方の中には夜を奏でる覇者の核が眠っています!」


 やや興奮気味にそう言った柏卯さんが、割と本気の顔をしているのを確認し、俺は密かに安堵する。

 良かった。俺の正体はバレてなかったみたいだ。


「さぁ、秋梔夏芽。我が手を執れ。汝には我に見合うだけの力がある。有象無象に埋もれ怠惰に生きることに何の意味があるだろうか。我は汝の力を一目見たときから確信していた。この想いは恋のように情熱的で、愛のように深く、絆のように固い。──もう一度言おう。友よ、この手を執れ」


 友……?

 今、彼女は友と言ったのか?

 つまりこれは友達の握手。差し出されたこの手を握れば、俺と柏卯さんは友達?

 だったら、迷う必要なんてこれっぽっちもない!


 僕はガシッとその手を掴む。

 

「柏卯さん。君は今日から、俺の友達だ」


「はい! よろしくお願いします! 我が盟友!」


 柏卯さんのその満面の笑みが、とても心地良い。

 自分が友達になることをこんなにも喜んでくれる人がいるだなんて。

 多分こういうのを幸せって言うんだなあ。


「ふーん。そいつがお前の新しい友達かぁ」


「……愛萌?」


 浮かれる俺の後ろから現れたのは男虎愛萌。左後ろに立った彼女は俺の肩を有り得ないくらいの握力で掴む。


「どうしたんだよ秋梔。顔色が良くないぞ?」


「え、えっと、愛萌。なんか怒ってる?」


「いやいや、まさか。あたしは怒ってねぇよ」


 怒ってる! 確実に怒ってる!

 なんか、顔が般若みたいになってる!


 一方の柏卯さんは完全に空気だ。

 触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに、喧騒へと溶け込み完全に気配を消しながら、卵焼きを齧っている。


 ハムスターみたいで和むなぁ。


「何ニヤけてんだ? 秋梔さん。嗚呼! そうか、そうか、友達とのお弁当タイムが楽しいのか。あたしの誘いは全部断ったくせにな」


「え、えっと……」


 名前が苗字呼びになってる!?


「あのさ、愛萌?」


「あたしのことは苗字で呼んでください。あたし、あんまり名前で呼ばれるの好きじゃないんです」


「ついに敬語になっちゃった!?」


 というか、愛萌って敬語使えたんだね。


「ねえ愛萌、俺の話を聞いてくれない?」


「ああ? なんだよ。苗字で呼べって言っただろ」


「悪いけど、それは無理だね。前も言った通り俺は愛萌を名前で呼べることを誇りに思ってるんだ。この権利だけは絶対に手放さない」


 これだけは断言する。

 何があっても、絶対に、手放さない。


「八方美人の偽善者ですか……」


 ボソッと柏卯さんが呟く。

 この子結構グサグサっと刺してくるよね。


「愛萌だって俺が断ってる理由くらいわかるでしょ?」


 ちらりと愛萌の席の方を見る。


 俺が避けてるのは愛萌ではなく、その取り巻きのガールズ達だ。敵意剥き出しの野獣から距離を取るのは弱者にとって当然のことだろう。


「うっせぇよ……。あたしは全然、納得してねぇから」


 愛萌は腕を組んでぷいっと顔を背ける。

 拗ねてはいるけど、一応理解はしてくれているみたいだ。


「今度、二人で一緒にご飯を食べよう。愛萌の話を聞く約束もしたしね」


 多分だけれど、愛萌が珍しくこんな事を言うのは、この前の夜の件のせいだろう。

 左近と妹の件があって有耶無耶になってしまったけれど、本当は俺は彼女の話を聞くことになっていたのだから。

 

「ふんっ……」


 踵を返して席に戻っていく愛萌を見送る。


「秋梔さんにとって、女の子との交流は昆虫採集みたいなものだったりします?」


「嫌な言い方しないでよ!」


 どこのハーレムキングだよ。


「エサはちゃんとあげなきゃダメですよ。じゃなきゃいつかバチが当たりますよ。……そうですね、次に女の子を悲しませた日にはエライ事になります」


 俺を何だと思ってるんだ……?


 ていうか、エライ事ってなに? 不穏なんだけど。



「……汝はまだ知らぬようだ。やがて訪れる黄昏時。その身は業火に包まれる。命を救うのは双刃(そうば)の剣と双器(そうき)の衣なり」


 こちらを射抜いた柏卯さんのその瞳は妖しく光って見えた。


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