サイコウの決意
1話削った都合により、少しだけ加筆修正しました。
「正座です」
「え?」
「あの、お兄ちゃん……」
「正座です」
左近とラーメンを食べてからの帰宅後。
早々に俺は2人を正座させた。
怒りはしてない。むしろ、悲しみや虚しさが先立つ。けれど、それでも叱らなければならないだろう。
こんなんでも、俺は2人の兄で、親代わりでもあるのだ。
気絶した人を埋めてはいけません、なんて事を中学生に教えなければならない俺の気持ちが、君たちに分かるかい?
分からないだろうなぁ。
しかも冬実々はスコップを置いて帰ったので、俺はそれを持って帰ることになったのだ。
勘弁してよね、ほんと。
「お兄ちゃん……ニンニクの臭いがする。ラーメン屋さん行ってきたでしょ?」
「行ってきたよ? でも、それは今関係な──」
「嘘! お兄もしかして餃子も食べたの!?」
「食べたよ」
醤油ラーメンの大盛りに、チャーハンと餃子をセットで頼みました。育ち盛りだからね。
いっぱい食べちゃうよ。
「……そんな。お兄、ひとりでそんなにたくさん食べたの? 誕生日じゃないのに、餃子も?」
まるで信じられないものを見たかのように震え出す春花。目は限界まで見開かれ、驚愕と同時に、
どこか哀愁を漂わせている。
確かに我が家は貧乏だけれど、誕生日にしか外食できないほど追い詰められてはないよ。
「ねぇ、お兄ちゃん。どっからそのお金出したの? もしかして私たちの夕飯はもやしだけ?」
「ハナたちの食費で食べたの!? お兄……違うよね? 違うって言って!」
おや、おやおやおや?
空気が一転。俺が責められる立場に回ってしまった。しかも2対1。責められる側としては明らかに不利な構造だ。
「ま、まあ、その件については心配いらないよ」
左近にラーメンを奢ると言っておいてなんだけれど、実際は俺が奢ってもらったからね。
ご相伴に預かりました。
嗚呼、どうせならラーメン屋じゃなくて焼肉屋に誘えばよかった。
春花にはフラれて、冬実々には蹴られて、俺にはラーメン奢らされて。左近は俺たち三兄妹をどう思っているのだろうか。
「話しを戻すけど」
「誤魔化さないでお兄ちゃん!」
「左近が奢ってくれたんだ。1円も出てないよ」
「そっか。……ハナも付き合ったら奢ってくれるかな?」
顎に手を添えて春花が思案する。中学生らしい恋愛をしろよ。なんで財力見てんだよ。
ケッ。
なんだよ。結局は人間性よりも財力かよ。
昨日の夕飯だって、俺は春花のためにシューマイを1個多く分けてあげたのに! それじゃあ足りないと申すか。ふん、だ。もう知らない。
左近のところにでも、石油王のところにでも、嫁げばいいじゃないか。
「つーん」
「なんかお兄ちゃんが不貞腐れてるんだけど」
「2人とも知らん。あっち行け!」
もう知らないもん。俺は寝る。風呂入って寝る。
「ちょっ、お兄ちゃん。私達の夕飯は?」
「もやしでも食べとけば?」
「ひどい!」
「酷いってのは君たちみたいな奴らを言うんだよ」
「あーはいはい。いいもん。伏線を回収したあとで泣き見るのはお兄ちゃんのほうなんだから」
「意味あり気な言葉で問題を先送りにするなよ。どうせ俺が忘れるのを待つだけのつもりのくせに」
「それはどうかな」
どうもこうもしないだろ。全く。
兄の親友を埋めるという事実に、どんな伏線があるというのだ。絶対にないに決まってる。
「はあ……」
甘やかし過ぎたのかもなぁ。
優しくするだけが愛じゃない。
俺はそれを痛いくらい、痛過ぎるくらい、知ってる。
「人と付き合うってのは、本当に難しい……」
☆☆☆
俺の親友秋梔夏芽は不思議なやつだ。
高校に入ってからは胡散臭い微笑みを浮かべることが増えて、どこか達観したようなあいつは、あまり人付き合いをしなくなった。
あー、そういや中学のときに「バイトに専念するから目立ちたくない」って言ってたっけ。
少し前までは色々と馬鹿やってたあいつとの今の距離を少し寂しく思いはすれど、しかし話してみれば夏芽は昔から何も変わっていない。それだけが安心できる点だろう。
「はよー夏芽」
登校時間ギリギリにやってきた親友に声をかける。相変わらず無駄を省きたがる性格は健在らしい。今日だって、朝から家事やらランニングやらをして家を出てきたのだろう。
あくび混じりの教室の中で、夏芽だけは今日も整っている。
「おはよう、左近。昨日はご馳走様」
ニコリと笑う夏芽の微笑みは、春花そっくりだ。
夏芽の顔はどちらかと言うと冬実々ちゃんに似ているのだが、表情の作り方は3人とも同じ。
「えっと、二重さんもおはよう」
夏芽は続いて、俺の隣にいた二重心々良に声をかける。今日は夏芽を待っている時間、こいつと話して時間をつぶしていた。
「おっ、おはようなっくん。いい天気だね」
何故か俺の後ろに隠れる二重。
彼女の様子は明らかに夏芽を警戒してのものだった。
「あれ、俺、避けられてる?」
「ううん。ぜっ、全然!? いつも通りだよ〜」
今度は右腕に絡みつく二重。
おい、夏芽。今すぐそこ代われ。
「今度は近すぎだし。……二重さん、なんか様子おかしくない? 何か思うことがあるなら言って欲しいな」
「お、想、想うこと!? にゃ、にゃははー、別に何も想ってないよー」
おい夏芽。遺骨はどう処理して欲しい?
あと、そこ代われ。
「えっと、左近? 顔怖いけど……」
夏芽は昔からよくモテる。
それはもう憎たらしいほどに。
誰にでも人懐っこい二重が夏芽をどう思っているのかは分からないが、こうしてアイドルがベタベタ引っ付いていることをこいつはもっと喜ぶべきだ。
冬実々ちゃんや春花だって、さすがに夏芽に対して恋愛感情は抱いていないだろうが、それでも紛うことなきブラコンだ。
長年見てきたからわかるが、特に冬実々ちゃん。彼女は重症だ。
秋梔家の家庭環境を思えば、それも仕方ないのかもしれないが。
「はあ……」
それでも、同級生にまでモテるのはムカつくぜ。
夏芽に彼女が一度もできたことがないのは、多分彼があまりにも女泣かせな性格だからだろう。さっさとそこ代われ。
「そう言えばさ、今度の遠足、左近も一緒に回らない?」
「え? まあ、いいけど。他に誰かいるのか?」
俺は既に一緒に行く奴らがいるが、まあ抜けてもいいだろう。親友の頼みだしな。その代わりと言っちゃあなんだが、そこ代われ。
「今はまだ二重さんしか決まってないけど、これから誘う予定なんだ。……だよね、二重さん」
夏芽につられて二重の顔を見る。
そこに居たのは満面の笑みを浮かべる『ここちむ』の姿だった。
可愛い。はずなのに、何故か背筋に寒気が走る。
「そっかぁ。郷右近くんも一緒かぁ。楽しみだなぁ。でも、郷右近くんはなっくんと仲良しだもんね。……それでもここらの事、ちゃんと守ってくれる?」
上目遣いで夏芽を覗き込む二重はさっきと変わらず可愛らしい笑顔だ。じゃあ、この威圧感は? この違和感はなんだ? いや。分からなくてもいい。ただ俺が言うべきことは何となく本能が理解した。
「あ、あのな、夏芽。俺、他に組んでる人が──」
「大丈夫だよ、二重さん。どうせなら赤服くんも誘おうよ。そしたら、彼も一緒に二重さんを守ってくれる」
「え?」
「赤服くんは見た目も厳ついし、きっといい近衛騎士になれると思う。それに左近もそう」
「秋梔殿……」
何故か感動したような目を夏芽に向ける赤服。
忘れてた。そう言えば夏芽は同性にもモテるんだったな。
夏芽に一度も彼女ができたことがなくて──それ以前に告白すらされないのは、大概の人間が、恋の道中に膝を折るからだ。
鈍感ゆえの無神経な言葉に、これまで何人の女の子が涙を零してきたことか。
それにしても、しかし。
なんで急に俺の名前が?
「俺は左近ほど女の子に紳士的な人を他に知らないよ」
違う。それはお前の親友の俺が、相談役を担う機会が多かった──そしてときに慰め役もこなしていたからだ。
「左近は気遣いもできるし、女の子の気持ちも良くわかる。すっごくいいやつなんだ!」
綺麗な笑顔で夏芽は笑う。
嗚呼、そうか。こいつ面倒な役を俺に押し付けて、更に春花からも遠ざけようとしてるに違いない。策士だな、燃えるぜ。
だがこいつは勘違いしている。俺が女の子の気持ちを理解出来ているのではなく、夏芽ができていないのだ。
この様子だと冬実々ちゃんが俺を埋めようとした理由も、きっとわかっていないのだろう。
もしかしたら次埋められるのは夏芽かもしれない。実際、それをするだけの危うさが彼女にはある。
昨日俺が目を覚ました時、何故俺が瞬時に状況を把握できたのか、何故俺がこうも簡単に許せてしまうのか。それは単純に──慣れているからだ。
夏芽は気付いていないかもしれないが、昔から冬実々ちゃんは俺に対して敵対心を持っている。殺られかけるのも、昨日に限った話じゃない。
逆の立場から考えてみれば、大好きな兄と妹を奪おうとしているようにも見えるのかもしれない。
彼女にとってはたった2人の家族だ。両親を亡くした時の彼女を知ってる俺からすれば、気持ちはなんとなく理解できる。
「だが……」
だが、それで諦める俺ではない!
困難であればあるほど燃えるのが俺。
「ああ、燃えるぜ。実に燃える!」
夏芽も認めさせて、冬実々ちゃんも認めさせて、春花も認めさせる! 俺はビックな男になる!
どんなに高いハードルも、決して潜るなんて真似はしない。
どんなに高い壁も、決して蹴破るなんて真似はしない。
正々堂々、想いをぶつけて勝ち取るのが俺流だッ!
「うぉおおおおぉぉぉっ! なんだか今日はいけそうな気がするぞっ!」
「ど、どうしたの左近?」
「ああ。そういや、今日の星座占いはうお座が7位だった」
「それでうおーって言ってたの?」
「いや、これはラッキー7だ。つまりはラッキーな7番だ。俺、春花に告白してくる!」
「ええぇっ!?」
嗚呼、今日の俺は誰にも止められねえ!
俺は勢いよく教室を飛び出した。
本章はこれでおしまいです。




