いい話
「……なんでここに2人がいるの?」
というか、そのスコップと深い穴と気絶した左近は何?
「……にゃ、にゃおーん」
いや、もうダメだって。今更猫の真似したって遅いって。
「なんだ? 夏芽の知り合いか?」
冷や汗ダラダラの俺の様子を見た愛萌が核心に触れる。こんなの、誰がどう見たって死体遺棄の現場だ。誤魔化しようもない。
いや、愛萌なら……?
彼女なら騙し通せるのではないだろうか。
「知らない。よくわからないな。う、うちの近所に住んでる野良猫さんかな。ほら、猫って穴掘るしね。多分そういう事なんだと思うよ?」
「はあ。何言ってんだお前」
とぼける俺を見てあからさまなため息を吐いた愛萌。だよね。わかってたよ。君が俺を信じてくれないってことくらいね!
「で? 誰なんだ?」
「お、俺の妹たちです……」
冬実々と春花は気まずそうにこちらの様子を伺っている。
突拍子もなさすぎて、もうどうしたらいいのかわかんねぇよ。何があったら兄の親友を遺棄することになるんだよ。
「とりあえず事情を説明してもらおうか」
「……お兄、怒ってる?」
「怒りかけてる」
まだ怒ってない。
二人にも並々ならなぬ事情があるかもしれないから。まだ怒ってない。
「お兄ちゃん。私は悪くないよね? 穴掘ってただけだもんね?」
「同罪に決まってるじゃん。何言ってんの?」
ちゃっかり、妹を盾に逃げようとする冬実々。
俺はそんな冬実々の首根っこを掴んで、早く話せと促す。
「……あのね、郷右近先輩が家に来て、ハナに告白して来たの。それでね、いつも通り振ったんだけどね、何故か今日に限ってショックを受けたみたいで、そのままバタンて倒れちゃったの。だから……埋めようとしたの」
「いや、全然わからん」
春花の説明を整理する。
まず、左近が我が家に来て、春花に告白した、と。どうやら左近はこれまでに何度か春花に告白しているようだが、まあそれはいいとして。
「振られたショックで気絶ってなんだよ……」
確かに朝会を抜け出した時の左近は自信に満ち溢れてたけれど、気絶するほどショックな事だったのか? 既に何度も振られてるのに?
「本当に、振られて気絶したの?」
「……ギクッ」
冬実々が顔を青ざめさせた。
こいつの仕業か……。
「なんで埋めようとしたんだよ」
「だって3時間もそのままだし。このままだと殺人の容疑を掛けられるかもしれないし……」
冬実々はか細い声で言い訳する。
そう言えば俺も、気絶したまま入学式をサボってしまったことがあった。
それを思い出してのことか、愛萌が納得したような様子を見せる。
「なんか、お前の妹たちって面白いな」
愛萌は耳打ちして小さく笑う。
ユニークな妹たちであることは俺も認めざるを得ないけれど、今はそんなことを言っている場合じゃない。
郷右近左近──彼は俺の親友なのだ。
昔の記憶はない。でも、中学からの大親友なのだ。
そんな彼がこんな目に遭ってるなら、俺だって気分は悪い。
「……とりあえず、今日はもう解散しよう。空も真っ暗だ。俺は左近に付き添うから、冬実々と春花も真っ直ぐ帰るように」
半ば無理やりではあるけれど、俺は3人を先に帰す。できれば一人で冷静になる時間が欲しい。
全く……どういう人生を送ってたら人を埋めるなんて発想にたどり着くんだよ。
正直女の子だけで家に帰らせるのは心配だけれど、今日ばっかりは仕方ない。
俺は3人の背中を見送ると、思考に耽る。
左近が目を覚ましたのは、それから40分後の事だった。
「おはよう。ロリ近左近くん」
「それだと、ロリコンが好きみたいになってるぞ!」
目を覚ました左近は何が何だか分からなかったはずだが、一瞬で状況を察したような顔をして、静かに立ち上がった。
「ごめん。左近が好きなのはロリだよね」
「ロリが好きなわけじゃねぇ。好きになった子がロリだっただけだ。それに、後10年もすれば、歳の差も気にならなくなるだろうしな」
少し照れた様子の左郷は人差し指で鼻の下を擦った。
確かに春花は今12歳で左近は15歳。
たった3歳差なんて、20代にでもなればなんて事のない差かもしれない。
「俺は本気だぜ? 愛に障害は付き物だろ?」
不覚にも左郷のその言葉と出で立ちが何故かかっこよく見えてしまった。
そうか。きみは一途で思いの強い奴なのか。
「うちの妹がごめんね」
「それは、俺が振られたことか?」
「違うよ。冬実々の方」
左近が振られたことに対して、俺が謝るというのはおかしな話だ。というか、そもそも告白されて振った側が「ごめん」と謝るのもよく分からない。
たとえ好意に答えられなくても、自分を好きだと言ってくれる人には「ありがとう」を伝えるべきだろうに。
はい。まあ。告白なんてされたことのない、非モテの意見ですが。
付き合えなくてごめん、ってことなんだろうね。
「冬実々ちゃんなぁ。あれは良い蹴りだ。常日頃から鍛錬をしている証拠だなッ!」
あっはっはーと笑う左近。
彼はもう、今日のことを気にしていないのだろうか。
「何とも思っていないと言えば嘘になる。けどな、俺はまだ少しも諦めてねぇぜ!」
制服に付着した泥を叩き落としながら、左近は笑う。そこまでの男気を見せてくれたんじゃあ、俺も言うしかない。
「俺も譲る気はないよ。お前が俺を義兄と呼ぶ日は一生来ない」
「さてはお前シスコンだな!」
「さあ。でも、可愛いだろ? うちの妹」
生意気でどうしようもない妹だけれど、ついつい可愛がりたくなる。そんな妹なのだ。
「ったく。こんな兄がいたんじゃあ、春花だって外に目が向かねぇよな。これは反抗期を待つしかなさそうだ」
反抗期……。
今の状態で反抗期じゃなかったら、そのうちどうなるのかが怖い。
けど、それはそれで嬉しくもある。
俺は親に反抗した結果死んでしまった、みたいなところはあるけれど。今はこうして楽しく生きているわけで。
開けた視界。広がった世界に、きっと春花にもいい出会いがあるはずだ。
「よし、左近。ラーメン行こうぜ! 今日は俺の奢りだ!」
俺は最後に夜景を眺めてから、いい話風に締め括った。
俺はこの日のことを生涯蒸し返すことはない。
あと1話か2話で本章おしまいです。




