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星空の下で。



 俺が何とも言えない気分で生徒会室を出たあと上履きを履き替えていると、ちょうど下校に差しかかる愛萌の姿を発見した。

 

「部活終わりかな」


 俺や朝比奈さんは帰宅部だけれど、愛萌は違う。

 女子バスケットボール部に所属する彼女は、日が暮れるまで体育館を走り回っていたのだろう。

 

 俺はほんのイタズラ心から、脅かしてみることにした。後ろから 「わっ!」ってするあれをやるのが、前世からの俺の夢のひとつだった。


 抜き差しさし足忍び足。いざっ!


「わぁっ!」


「きゃっ! て、てめぇ、あたしの後ろに立つんじゃねぇッ!」


「ぺぷしっ!」 


 裏拳だと……っ!?


 振り向きざまに放られた拳に脳を揺らされダウンする。なんて威力だ。冬実々といい勝負だ。


「ま、待ってください。俺は決して怪しい者じゃあ、ありません」


 片方の手で頭を抑えながらも、手のひらを見せて降参のポーズ。一層のこと仰向けになって寝っ転がりたいくらいだ。イッヌの服従さながらに。


「なんだよ、夏芽か。脅かすなよ」


「ごめん……」


 でも、俺だって驚いた。

 まさか裏拳が飛んでくるなんて。

 しかも「きゃっ」って言ったよね? 愛萌がそんな反応するなんて思わなかったから、一瞬人違いかと思っちゃったよ。


「生徒会はもう終わったのか?」


「うん! もうおしまい!」


 生徒会の集まり自体は、割と直ぐに終わったのだ。だから一二三さんなんかは俺よりも30分ほど前に帰宅している。

 ただ、その後に風紀委員の面々と軽い打ち合わせをすることになって、こっちがアホみたいに大変だった。全員癖が強すぎて手に負えない。地獄みたいな時間だった。


「部活の方はどうだった?」


「1年はずっと走りっぱなしだなー。ほとんどボールに触ってねぇや」


 大変なんだな……なんて、陳腐な感想しか出てこない俺は口を噤むことにする。俺みたいなやつは多分、こういうときは何も言わない方がいい。


 俺達はてくてくと、駅までの道のりを歩いていく。日が沈んだ空は段々と群青色に染まり、もうすぐ夜の帷が下りようとしている。


「来月はテストだけど、愛萌はちゃんと勉強してる?」


「あ? 別に普通だよ。それなりに、だ」


「赤点4つ以上あると、遠足行けないらしいよ」


「……マジで?」


 遠足という単語が出て、ここでようやく愛萌の顔に焦りの表情が浮かんだ。

 

「今度勉強会でも開く……?」


 愛萌にそのつもりがあるのなら、勉強くらい、いくらでも教えるつもりだけれど。


「う、うんー。うーん」


 赤点は取りたくないけど、勉強はしたくない、と。まあ、気持ちは分からなくもないけどね。

 ただ、このままでは、秋梔夏芽という存在がいなくなった今、学年一学力が低いのは男虎愛萌だ。


「全教科30点は取れるといいんだけど……」


「30点て……3問に1問の正答じゃねぇかよ。【はい か いいえ で答えなさい】って問題ぐらいしか、あたしには解けないぞ……?」


「……お土産何がいい?」


「決めつけんなよ! やるよ! 勉強するよ! 赤点回避すりゃあいいんだろ!?」


 愛萌は半ばやけっぱちだけれど、どうやら覚悟を決めたらしい。逆に言うと、どれだけ遠足が楽しみなんだ、って話だけれど。

 俺もその気持ちは分かる。なんてったって、今回は二重さんと一緒に行動するのだ。大鷲さんと小牧さんと打ち解けられるかというと、正直自身はないけれど、それでも話せる人と一緒というのは嬉しいことだ。





 駅に着いた俺達は雑談を続けながら、電車へと乗り込む。夕方にしては珍しく、人が少ない。

 俺は座席の1番隅に腰掛けた。

 愛萌は一人分距離を開けて椅子に座る。


「なんか贅沢してる気分だね」


 なんて、言ったのも束の間。

 次の駅で結構な人数が電車に乗り込んできた。

 

 仕方なく距離を詰めようとしたのだけれど、愛萌はそのまま席を立って俺の目の前の吊革に掴まった。


「座らないの?」


「ああ。立ってる」


 部活で疲れているはずだろうに。

 俺は立ち上がって愛萌に席を譲ろうとするが、 彼女は俺から距離をとって頑なに拒む。


「あたしはいいって。部活で汗かいてるし」


 なるほど。それでか。

 確かにせっけんのような香りに混じって、ほんのりと汗のにおいがする。


「くんくん。……んー。俺は結構好きだけどな。愛萌のにおへべちっ」


 愛萌の拳が顔面にめり込んだ。

 本日2回目である。


「お、お前にはデリカシーがないのか! このセクシャルモンスター!」


 電車の中ということもあって、顔を赤くした愛萌が小声で怒鳴る。実に器用だ。


「俺、またなんかやっちゃいました?」


「ラノベ主人公っぽく誤魔化すな!」


「もう二度と同じことは繰り返さないと誓うよ」


「嘘つくな!」


「ほんとだよ。信じてよ!」


「確かにお前は二度と同じことを繰り返さないけど、似たようなセクハラは繰り返すだろうが! 範囲が限定的過ぎんだよ!」


 おっしゃる通りで……。

 

「けど、まあ。俺と愛萌はセクハラで仲良くなったものだしね。今となっては、これは俺たちにとって大事なコミュニケーションのひとつと言える。ほら、出会った日なんかは、パンツだって見ちゃったわけだしね」


「……? パンツ?」


 おっと失言。

 パンツ見たことは言ってなかったんだった。


「どういう事だ夏芽。ちゃんと説明しろ」


 愛萌の声が震えている。これは怒りというよりも羞恥の方が強いのかもしれない。

 俺は愛萌の乙女心を守るためにできるだけ誤魔化すことにする。


「間違えた。靴下を脱がす時にパンツ見ようとして失敗したって言おうとしてたんだった。決して愛萌が転んだ拍子にパンツを見ちゃったりなんかしてないよ」


 パンツに印刷された虎さんのイラストなんて知りません。深淵はこちらを覗いていませんでした。余所見してました。

 いや、むしろ。深淵もまた、俺のパンツを覗こうとしていた可能性まである。


「愛萌って結構えっちな子?」


 ──バゴっ。


 本日3回目。そろそろ顔面が陥没しそうなきがしてきた。鼻が陥没して後頭部から生えてきたりしたら笑える(笑えない)。





 愛萌と電車を降りて、地元に降り立つ。駅から別れ道まで5分。

 俺と愛萌の中学は隣ではあるものの、家自体は対して近くない。


「なあ、夏芽。もう少しだけ話してかないか?」


「うん。でも、もう暗くない? ここら辺は治安もあんま良くないし、女の子が遅くまで出歩くもんじゃないよ?」


 俺は何となく紳士ぶったセリフを吐く。

 けれど、これは俺が今愛萌を疑っているが故の言葉だ。もしかしたら愛萌は、このまま人気のないところに俺を連れ込んでボッコボッコにするつもりかもしれない。


「大丈夫だ。お前のセクハラに比べたら大概のことはかすり傷だ」


 かっこいいセリフだけど! 

 俺が犯した罪を引き合いに出されてしまうと、俺の罪悪感は加速するばかりだ。調子に乗ってすみませんでした。


「実はさ、日が落ちてから帰る日が来たら夏芽一緒に行きたいとこがあったんだ。ついてきてくれるか?」


 ……ああ。これはダメだ。完全に殺られるやつだ。








「って! すっげぇ……」


 俺が愛萌に連れられて訪れたのは丘の上の広場だった。我が家から徒歩10分もかからない所にあるそこそこの大きな崖。

 下からは木しか見えないので、鹿でも降りてきそうだなぁ、としか思っていなかったのたけれど、どうやら駅の方から回り込むと登れるらしい。


 そして、そこから見える夜景は思わずため息が出るほどに美しかった。


「愛萌、すっごく綺麗だ」


「へ……? 何言っ……あ! あー、うん。だな。いい場所だろ?」


 疑ってごめんね、愛萌。

 坂を登り始めたときには、もしかしてそのまま林に埋められちゃうんじゃないかってビビったけれど……そっか。この景色を見せてくれようとしてたんだ。


「あたし、昔から気分が落ち込んだ時にはここに来るんだ。なんだろうな。こうやって高いところから見下ろしてっと、夜景を見たいあたしのためにみんなが働いてるみたいで気分がいい」


「うん?」


 それはどうなんだろ。


「今日の愛萌は落ち込んでるの?」


 もしかして俺のセクハラのせいですか。


「なんだよ。とぼけんなよ。気付いてたくせに」


「え……?」


「あたしが落ち込んでんの気付いてたから、わざと殴られるようなことしてストレス解消させようとしてくれたんだろ?」


「ば、ばれてたかー」


 そ、そっかぁ。全部バレてたかぁ。


 そう。実は全部分かってての行動だったのだ。落ち込んでる愛萌を元気付けるための匂いくんくんでした(大嘘)。


「けど、そうだね。ここに連れてきてくれたお礼っていう言い方も変だけれど、良ければ何があったのか話してみない?」

 

 俺ほど愚痴を吐くのに適した人間はいないよ。

 なんてったって、余計な口は挟まないし、情報漏洩の心配もない。こういう時のための陰キャだ。


「ははっ。そうだな。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」


 苦笑いを浮かべた愛萌。

 少し躊躇いながらも、彼女が口を開こうとした──そのとき。


 がさり、と後ろで草むらが揺れる音がした。


「!?」


 人一倍ビビりな俺は高速で振り返りそちらを警戒する。


「……って。……もう少し。……かく」


 林の方から不気味な声。

 それは少女の声のようにも聞こえる。


「愛萌……おばけじゃないよね?」


「馬鹿言え。んなもんいねぇよ」


 どうやら愛萌は幽霊などの類を全く信じないタイプの人間らしい。完全に腰が引けている俺に対し、愛萌は躊躇うことなくそちらへと近づいていく。


「おい、誰かいるのか?」


 愛萌が草むらに向かって声をかけると、慌てたような声が返ってくる。


「やばい! 見つかっちゃったよ!」


「どうする? 消す? 消す?」


「違う! 猫でいこう!」


「にゃおーん。にゃんにゃん。にゃおーん」


「……。」


「なんだ、猫か。気にして損したな、夏芽」


 絶対詐欺に引っ掛かる。愛萌は絶対詐欺に引っ掛かる!


「愛萌、下がってて」


 俺は愛萌の右腕をぐいっと引っ張って後ろに下げると、そのまま草むらを掻き分ける。

 大丈夫。こっちには愛萌がいるんた。例え変出者でも勝てる! 頑張れ愛萌!



 しかし、そこに居たのは、幽霊でも、猫でも、ましてや露出狂でもなく。





 スコップを持った冬実々と、気絶した郷右近左近を引き摺る春花。



 俺の妹達と親友だった。






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