【閑話】アイドルの恋愛事情
二重さん視点です
深夜、ベッドの上で私は昨日のことを思い出して悶絶していた。
言わずもがな、夏芽くんの前で行った蛮行についてである。
「おかしい……私があんなことをするなんて、絶対におかしいっ!」
確かに、夏芽くんは本気で具合が悪そうな様子だった。
心配になったのも本心だ。
だが何故あそこまでする必要があったのか──そう問われると急に分からなくなる。
異性の前で、あんなにもはだけて……。
「うううぅっ」
そもそも、昨日は別になんとも思っていなかったのだ。では何故、今日になってから悶々とした夜を過ごす羽目になったかと言えば、ひとえに一枚のハンカチの影響だと言える。
『昨日はありがとう。俺を助けてくれたのが二重さんでよかった』
そんな言葉と共に手渡されたハンカチ。
私は何故だか、そのときの夏芽の笑顔が忘れられないのだ。
普段はどこか陰のある笑みを浮かべている彼だけれど、あの時の微笑みは正真正銘──心の底から私に向けられたものだった。
「そっちはダメだってば……。そうでしょ?」
私はぽつりと自身に問う。
昔からずっと、こうしてきた。
アイドルとしての理性。私の感情。反するふたつの想いを持ったときは、内なる自分と会話をして、いつも解決してきた。
『まさか好きになっちゃった、なんて言わないよね』
ここちむとしての二重心々良が問う。
「そんなの、わかんないよ……。わかんないけど、わかんないってことは、好きなの、かも」
彼に対して恩を感じていたのは、事実だ。
アイドルとしての自分ではなく、仮面の奥の私を知ってなお、変わらずに傍にいてくれる。
ファンのひとりが暴走したときには、命の危険があると分かっていながら、立ち向かってくれた。
だからそのお礼として、昨日の私はあんなことをした。そうなのかな? そうなのかもしれない。
でも。
──夏芽くんだけ。特別だよ?
あの時のあの言葉に偽りがなかったのも本心なのだ。多分、夏芽くん以外の誰かが同じ状況だったとして、私が同じようにしたかと言えば、それは絶対に違う。
夏芽くんだったから。
「好きな人だったから」
何としても、力になりたかった。
恥ずかしくても。アイドルとして間違っていても。
「もうっ……!」
やっぱり好きなんじゃん。
絶対に好きになっちゃってるじゃん……!
私としては、あまり自覚したい感情じゃあなかった。気付かないで済むのなら、そのままがよかった。こんな感情はアイドルとしてやっていくここらには邪魔にしかならない。
「それに、すっごく、はずかしいもん……」
私はパタリと寝返りを打つ。
先程からどうも体が火照って落ち着かない。
もぞもぞと体勢を整えても、なんだかすぐに寝心地が悪くなってしまう。
とくとく、と。心臓の鼓動が大きくなっていくのに、頭は至って冷静。
恋を自覚した今、こうして思い返してみると、恥ずかしいことばかりしている。
缶コーヒーの間接キスだって、多分今の私にはできない。あんな大胆なことができたのは、まだ好意を抱いていなかったか、それとも自覚していなかったが故だ。
『なっくんの胸に抱かれて泣いたりしたもんね』
そうだった……。
しかもあれからまだ一週間さえ経っていないという事実に驚愕する。
抵抗する私を無理やり抱きしめて、涙を流す私の頭を撫で続けた夏芽くん。
「あれって、イケメンだから許される行為だよね」
普段は穏やかそうに見えて、どこかSっぽい。
俺様系男子の片鱗を感じさせる。
「出会ってまだ2週間……。私ってちょろい?」
いや。でも、かっこいいもん。
顔がいいだけの男にならば、私だって耐性がある。芸能界に片足を踏み込んだ私にだって、そういった縁はある。
でも、夏芽くんは、なんというか、違う。
上手く言葉にできないけれど、そういうオーラがあるのだ。身も心も委ねてしまいたくなるような何かが、
「……またぎゅってしてくれないかな」
暖かな温もりに、心安らぐ鼓動。
優しい手つきで頭を撫でる大きな手と、甘く爽やかな匂い。
思い出すだけでそわそわと落ち着かなくなる。
『早く寝なくちゃ』
アイドルとしての理性が恋する私の罪悪感を刺激する。
でも、夢を見るくらいいいじゃない。
好きな人の胸に抱かれて眠る妄想。
それくらい、許してくれていいじゃない。
私だって人間だ。
ちょっとのズルくらい考える。
未だにうるさい理性の声をどうにか押し退けて私は眠る。
微かに夏芽くんの匂いがするハンカチを愛おしく抱いて。
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