生徒会の仕事
私、一二三三二一は今回の選挙結果に納得がいっていない。私が選ばれるのは当然の結果。最善を尽くして来たし、スピーチだって最大限の努力をした。
でも。
秋梔夏芽が選ばれるなんて絶対おかしいわ! 不正があったに違いない。でなきゃ、どうしてあんなクズ人間が選ばれるというの!?
秋梔夏芽。あいつは第一印象からして最悪な奴だった。というか、あいつの本性を知ってる1年B組の生徒は、みんなイヤに決まっている。
入学式をサボったかと思えば、次々クラスの女子と問題を起こす生徒。今では二重さんをまるで自分のモノのように連れ回している。
最近、一一学校に来なくなったのだって、きっとあの男のせいよ。間違いないわ。
「ひふみさん」
噂をすればなんとやら。
ちょうどそのタイミングで秋梔夏芽が話しかけてきた。相変わらず爽やかな笑みを浮かべているが、その腹の内は知れたものじゃない。
悔しいことに、その外見はこれまで見てきたどの男よりも整っている。一見すれば好青年。だからこそ余計にタチが悪いのだ。私は騙されない。こいつの本性はわかっている。
「ひふみさんも生徒会役員だよね。一応挨拶しておこうと思って。よろしくね」
「ええ。よろしく」
私は差し出された手に見向きもせず、頬杖を突いたまま端的に返す。
秋梔夏芽はまるで捨てられた子犬のような、悲しげな顔を見せると、すぐさま取り繕うような笑顔を見せた。
ちくり。
ほんの少しだけ胸が痛む。
私の方が正しいはずだ。なのに、何故か私の方が悪いと、責められているようにすら感じた。
「えっと……一緒に生徒会室、行こうよ」
優しげな笑顔で微笑む秋梔。
しかし、その笑顔はどこか作り物めいていて、傷ついた、という気持ちを誤魔化しきれていない。
いや、こいつの事だから、私に罪悪感を与える作戦に違いないわ。
それに、どうせこの男は生徒会に相応しくない。
生徒会長には他の会員を解雇する権限がある。
化けの皮が剥がれるのも時間の問題だ。
「はあ。……行くわよ、着いてきなさい」
私は横並びにならないよう、常に彼の一歩二歩前を歩きながら生徒会室へと向かう。途中何度か話しかけてきたけれど、全て無視した。
「失礼します」
生徒会室の扉を開けると、藍寄会長を中心として、既に全役員が揃っていた。
一般生徒とは明らかにオーラが違う。
「遅れてすみません」
隣で秋梔が頭を下げる。
私も慌ててそれに追随する。……やられた。
この男、派手な格好をしているくせに、妙に礼儀正しい。猫かぶりもここまでくると二重人格なんじゃないかとさえ思えてくる。
「いいよいいよ、二人とも。頭を上げて? 今日は君たちが主役だからね。歓迎するよ」
青黒い髪に少し大きめのメガネ。
涙袋にほくろのある好青年。それが生徒会長、藍寄青士だ。
「秋梔夏芽くん、だよね。噂は聞いているよ。君には大いに期待してる。もう1人のきみも、よろしくね」
「……っ!」
その一言、その表情でわかってしまった。
生徒会長の眼中に私はいない。
この部屋に入ってから私は一度も会長と目が合っていない。
理由は単純。彼が秋梔から目を逸らしさえしなかったから。
それが堪らなく悔しい。
なんだって言うのよ。
秋梔夏芽がどうしようもないクズ人間だということは誰だって知っているはず。
それでも何故か、彼に対して高評価を与える人間が一定数現れるのだ。
私の幼馴染──男虎愛萌もそのうちのひとり。
虎っちは昔から下の名前で呼ばれることをひどく嫌がっていた。にも関わらず、秋梔に対してだけはそれを許している。
虎っちは変わってしまった。
いつだって威風堂々としていた彼女も、秋梔の名を出すだけで、どこか嬉しそうな顔をする。
まるで恋する乙女だわ。本人に自覚はないようだけれど。
私はギリッと奥歯を噛み締めながらも、歓迎会に参加した。
☆☆☆
「秋梔夏芽くん、だよね。噂は聞いているよ。君には大いに期待してる」
青い髪のメガネ先輩がそう言った。
やめてください。俺にはなにもできません。
それに噂ってなんですか。俺の噂なんてどうしようもないものばかりですよ。
俺は案内された席に着席する。
隣に座るのは同じく書記の2年生。人首百一先輩だ。制服からして男ではあるのだろうけれど、その顔はなんというか、紫式部そっくりだ。髪だって長い。
「よろしゅう」
「はい、よろしくお願いします」
何故か板チョコをナイフとフォークで食べている異端者ではあるけれど、悪い人ではなさそうだ。
それに書記を担当しているだけあって、字も上手そう。筆捌きとかは一流かな?
「生徒会 書記の仕事は 多くない。 指示に従い 字を書き提示 人首百一」
「そ、そうですか」
ダメだ。俺のコミュ力じゃあこの人とはまともに渡り合える気がしない。見えてる世界が違う。
冷や汗を垂らしながら返答に困っていると、生徒会長が話しかけてきた。
「秋梔書記、君には風紀委員をまとめて欲しい」
「えっ……」
思わず声が漏れる。──しかし、その声の主は俺ではなく、一二三さんだった。
俺には何が何だかよくわからなくて、驚くことすらできない。風紀委員って……どう見ても俺の容姿だと取り締まられる側なんだけど?
「一二三会計、何か意見でも?」
「い、いえ……。なんでもありません」
萎縮したように頭を下げる一二三さん。
しかし、その目は確かに俺を睨んでいた。
俺、嫌われてる?
「風紀委員……ですか?」
「君は確か、恋愛禁止の校則を作るために生徒会に入ったのだろう?」
「っ!」
何でそれを!?
厳密に言えば違う。それはついさっき、朝比奈さんが提案してきた内容だ。
「何故知ってるのかって顔をしているね」
「まさか……!?」
「そう。まさか、さ」
心が読めるの?
一瞬そんなことを考えた俺だが、それはすぐ藍寄先輩自身によって否定される。
彼が胸元から出したのは桃色のペンダント。
それは『はにぃ♡たいむ』のグッズ。つまり彼はここちむのファンなのだ。
「なるほど……」
つまり、彼はこう言いたいのだ。
恋愛禁止の校則を作るのは難しいが、風紀委員を使ってココラ姫に群がるファンに対する警備をしろ、と。
「期待してるよ」
全てを悟った俺の顔を見た藍寄会長はポンっと俺の肩を叩くと、そのまま自分の席に戻っていった。
次回。
二重心々良の恋愛事情というタイトルで閑話を入れます。よろしくお願いいたします。




