妄想
郷右近左近くんが朝会中に体育館を飛び出したことを誰よりも焦っているのは間違いなく私。朝比奈夜鶴だ。
郷右近くんは「春花に告白する」と言っていた。もし、それが成されてしまったなら、秋梔くんは何のために生徒会に入るのか、という話になってしまう。
秋梔くんと男虎さんと放課後喫茶店に行った際、私が思い付いた作戦は以下の通り。
名付けて──生徒会に所属した秋梔くんが恋愛禁止の校則を作ることで郷右近くんの告白を止めよう作戦。
私は秋梔くんと妹さんの禁断の恋を応援するために、まずは秋梔くんを生徒会に押し上げる計画を立てることにした。
どうやら秋梔くんは元より生徒会に興味があったようで、選挙への参加は自己推薦で決まった。秋梔くんには、不思議と人を惹きつける魅力があるので、絶対に向いてると思う。
腹筋も割れてそうだし!
でも、秋梔くんは誤解されやすい人でもある。
彼の本当の姿を知らない人達は、みんな悪いように誤解するのだ。かつての私も、そうであったように。
秋梔くんの魅力というのは、深く関わることで初めてわかるものだ。たった一度の演説しかチャンスのない生徒会選挙は、彼には厳しいかもしれない。
教室で男虎さんと一緒に、その点について作戦会議をしていると、そこに赤服くんがやってきた。
「秋梔殿が恋愛禁止の校則を作ろうとしているのなら、我らココラ姫専属騎士、一丸となって助力するでごわす」と言って、赤服くんは二重さんのファンクラブのメンバーに声をかけてくれたのだ。
しかし、秋梔くんのスピーチは、まさかの他国語によるもので、理解出来た生徒はいなかったと思う。恥ずかしながら、私もそのひとり。
いや、だって秋梔くんすっごく頭が良いんだもん。私たちとは次元が違うよ……。
授業中に行う小テストだって毎回満点。
隣の席同士で解答用紙を交換して丸つけをする機会が多々あるのだけれど、本当に、一度も、満点を逃してるところを見たことがない。
私とは大違いなんだよなあ。
と、そんな訳で、秋梔くんのスピーチは私たちにとってはレベルが高過ぎるものだった。
しかし、聞き惚れるような、あの優しげな声は一種の芸術のようで、幾人もの女子生徒を魅了したのは言うまでもない。
結果、彼の悪評があまり広がっていない2年生の女子生徒から多くの票を得て、生徒会への就任に成功したのだ。
私も昨日のスピーチを聴いて、歌詞も分からない洋楽にハマってる人達の気持ちが少しだけわかった気がした。
人の心を動かす方法は言葉だけではないと、つまり秋梔くんはそう伝えたかったのだと思う。
秋梔くんが生徒会に入ることが決まった今も、あまり喜んでいるように見えないのは、恐らく一二三さんに投票結果が負けてしまっているが故だろう。
彼はとても自分に厳しいのだ。
「秋梔くん、おめでとう……」
私は小さな声で呟いた。
列の前の方では、二重さんがソワソワと揺れている。彼女も秋梔くんを応援していた一人だ。
ただ二重さんはどうやら秋梔くんが、自分のために生徒会を目指している、と思っているみたいなのだ。
平然を装ってはいるけれど、喜びを隠し切れていない。
真実は伝えられないなあ。
私は見て見ぬふりをした。
☆☆☆
朝会が終わって教室に帰る。
案の定、左近の姿はなく、下駄箱には靴もなかった。どうやら彼、本当に告白しにいったらしい。
「……すごい行動力だ」
馬鹿にできない。
でもやっぱり馬鹿だ。
そもそも、全部で600票あって、最大300票まで入る選挙において、7票って数字をどうやって叩き出したというのだろうか。逆にすごい。
しかも、春花は晴れて中学生になったわけで、俺の家に向かったところで、彼女は留守だ。
さすがの左近も、まさか中学校に乗り込むなんてことはないだろう。……ないよね?
「 追いかけなくてよかったんですか?」
「うん。まあ、色々と思うところはあるけど、別に止めはしないよ」
「でも、生徒会の権力で恋愛禁止の校則を作ればいいじゃないですか。そしたら、妹さんも取られずに済みます」
何となくだけれど、朝比奈さんは俺と妹の関係について誤解している気がする。
俺は別に止めたいわけじゃあないのだ。二人の交際に気が乗らないだけで。
「後悔してからじゃ、遅いんですよ?」と、朝比奈さんは真剣な顔で言う。
いやいや、後悔なんてしないよ。
そりゃあ、今後の妹との関係性については見直しが必要になると思うし、寂しくもある。
できれば付き合って欲しくないってのも、まあ本心だ。でも、邪魔するほどじゃない。
しばらく左近と口を効かなくなる程度である。
「それに左近は付き合ってまもなく山賊に襲われることになるからね」
「ええ……何するつもりですか」
いや、まあ、冗談だけど。
何もしないよ。俺も左近から話を聞いて以来、色々と覚悟してきたのだ。受け入れる度量くらいもってるさ。
「それに、そんな校則を作ったら、窮屈だと思うんだ」
「え?」
「せっかくの青春、恋してみたくない?」
俺はしてみたいな。いつかでいいんだ。
遊園地デートとか、行ってみたい。
「もしかして、私と秋梔くんが……その、ちゅっ、ちゅきあうってことですか?」
「えっ……?」
顔を紅くした朝比奈さんが上目遣いで言う。
朝比奈さんの驚き具合も大概だけれど、俺だってビックリだ。あまりにも急な発言に、思わず絶句する。
「秋梔くんは私と手を繋いで公園のベンチで日向ぼっこがしたいってことですか?」
「朝比奈さんのカップル像ってそれなんだ」
平和だね。
「もっ、もしかしてひとつのマフラーをシェアですか? そ、そんにゃあ〜、まだ早いですよぉ〜」
「……。」
かつて見たことないくらい笑顔なんだけど。
ふにゃふにゃあ〜っと頬を綻ばせた朝比奈を見てると言い出しにくいんだけど、全部貴女の勘違いです。
「朝比奈さん、なんちゃって、だよ。なんちゃって」
「えへへーっ……え? あ、い、いえ。まあ、わかってましたけどね。イケメンゲット、とか思ってないです」
スーッと表情が消えていき、朝比奈さんがいつもの様子に戻る。
たくましいなあ。
さすがは主人公というべきか、日に日に彼女の性格が明るくなっていく気がする。置いてかれてる気分だ。
「……もしかして朝比奈さんって面食い女子?」
「何言ってるんですか、秋梔くん。人の価値は見た目じゃないですよ」
「そっか」
「見た目にしか価値のない人とは、どうしたって上手くいきませんよ」
「うっ……」
目の前にいる男が見た目にしか価値のない男と知ってか知らずか、朝比奈さんはそう語る。
何故か俺の方が申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「でも私、見た目しか価値のない人なんていないと思うんです。この世界には色んな人がいて、それぞれいいところがあるはずなんです」
「そ、そっか」
すげえ、フォローしてくるじゃん。
なに、俺ってそんな中身ダメ?
しなしなのポテトよりヘボい?
もしかして、俺って一生彼女できない?
「俺、やっぱり恋愛禁止の校則を作りたくなってきた。リア充が許せなくなってきた」
本当に恋愛禁止の校則作っちゃおうかな。
俺は今日の放課後に行われる生徒会の集まりに、思いを巡らせた。
お読みいただきありがとうございます。
次話もよろしくお願い致します!




