第二話 見た目が悪いと中身を知ってもらえない
人は第一位印象が大事だという。
それは仮説ではなく純然たる事実。
そう。入学式初日に大サボりをかましてしまった僕は、ものの見事にクラスで浮いていた。
『ひそひそ。あいつだろ? 初日早々サボった奴』
『こわーい。ヤンキーなのかな。ピアス開いてるし』
『しかも、茶髪だよ?』
『見ろよアイツの目付き。ありゃ絶対何人か殺ってるな』
『じゃあ、あれって返り血なのか?』
なんというかもう言われたい放題だった。
イミワ=カラン(1642〜1689)
妹の冬実々曰く、このピアスは亡くなった母親の形見らしい。外そうとしたら泣かれた。
ピンクの髪や赤い髪、更にはスーパーサイヤ人みたいな髪の人間がゴロゴロいるこの世界で、何故茶髪だけは不良のレッテルが貼られるのだろうか。
不思議だぜ。
一応弁明しておくけれど、制服に付いているのは返り血ではなく、昨日妹に抱きつかれたとき、血圧の上昇と共に噴き出した鼻血である。
すっかり洗濯のことを忘れていた。
みんな、偏見が酷いよ! と心を大にして主張する僕(声を大にして主張する勇気はない)は教室の1番左後ろの席で、これからについて必死に思考を巡らせる。
この状況、どうやって立ち回るべきか……。
考え──そして超天才的発想を思い付く。
それはまさに神の知恵。
エジソンですら崇拝するだろう閃きだ。
「ズバリ! 主人公に話しかければいいのだ!」
秋梔夏芽はチュートリアルキャラだ。
しかも、入学式の日に自己紹介で失敗して友達を作れなかった主人公に、次の日声をかけるという役だった。
もし、この世界がゲーム通りの世界ならば、シナリオの進行に則った行動をすることで物語が進む。
つまりBボタン連打で僕にひとりめの友達ができるのだ。
まったく。今日の僕は冴えているぜ。
僕は主人公くんに声をかけるため、右隣に視線を向ける。
「あっ、あのー、ちょっと良いですか?」
堂々たる僕の勇姿がそこにはあった。
その声に振り返った隣の席の主人公は。
女子生徒は──
「えっ!? ……あ、あの、ごめんなさい。お気に障るようなことしましたでしょうか。すみません、すみません! 悪気はなかったんです!」
突如、許しを乞い始めた。
「……あれ?」
男と女は目が合った瞬間恋に落ちる事があると言う。
しかしながら、僕が落ちたのは──地獄だった。
「こ、怖がらないで! ぼ、僕は君と仲良くなりたいんだ」
「分かりました。あの、私……初めてなので、せめて優しくしてください……」
「違うよッ‼︎ 隠語じゃないよっ!? ぬ、脱ぐな!」
主人公席に座っていたのは、まさかの女の子アバター。
生身の人間をアバター呼ばわりは失礼だけれど、とにかく女の子だった。
ロングの黒髪を三つ編みお下げにしたぐるぐるメガネの、見るからにコミュ障女。
僕と同じ陰キャの臭いがする。無臭という名の香りが。
どうやら僕は主人公が男の子だと決めつけていたが、勘違いだったらしい。
まじか、女の子かよ。
女の子との話し方なんて、進○ゼミで習ってないぞ、と悪態をついたその時、唐突に大人の声が響く。
「おーし、お前らー、席に付けー」
ドコドコと足を鳴らして教壇に上がったのは、体育の先生らしきジャージ姿の女性。
「秋梔夏芽は……おっ、今日は全員揃ってるな」
あの人が担任の先生だろうか。
ゲームの時は黒いマネキンみたいな影だったから、見るのは初めてだ。
「昨日は入学式にも関わらず、無断で学校を休んだ奴がいたからなー。今日は全員揃ってよかったぞ、ワハハ」
「「「…………。」」」
先生の言葉に誰一人として反応を見せない。
その光景が既に、僕のクラスでの立ち位置を如実に表しているようだった。
「あれ、先生すべっちゃったか? ワッハッハー。まあ、いい。これから3年間、色々とあるだろうが、他のクラスの生徒も含めて102人全員が揃って卒業できる事を楽しみにしてるぜ! 以上! 朝のホームルーム終わり!」
言い残して、またドカドカと教室を出ていく担任の先生。
空気が重い。
どうやらこの教室の内閣に和は生み出せなかったらしく、クラスメイトから刺さる視線は、最早二角形の存在を仄かしてさえいる。
端的に言って、居心地が悪いことこの上ない。
それにしても、学年全員で102人か。
これじゃあ、主人公ちゃんも友達100人作るのも難しいだろうなぁ。
何せ、ほぼ全員と友達にならなければ目標は達成されないのだ。
性格が合わない人とも……彼女は無理にでも友達になるのだろうか。
「…………。」
待てよ? 友達100人?
なんだろう。ものすごく、何かが引っかかる。
友達、100人……あ!!!!
学年全員で102人だと考えると、主人公を除いた他の生徒が101人になる。
もし、彼女が100人の友達を手にしようとしたならばそれはつまり、一人余ることを意味する。
一人だけ、友達からあぶれる!?
──ゾワッ
全身に鳥肌が立つのを感じた。
これは、まずい。非常にまずい事態だ。
このままでは、主人公がフジ山に行く時、僕だけが余ってしまう。
「僕だけが……」
ぼっち。
また繰り返すのか?
散々悔いたあの人生を──再び?
『見て! 秋梔くん、なんか怒ってるよ?』
『というかさっき隣の席の子脅してたよね』
『そうそう。あの右隣の朝比奈さんって子』
『早速目付けたのかな』
ちらりと右隣を見る。
視線の先にはぶるぶると震えた女の子が俯いていた。
朝比奈さん……だっけ。
「ふぅ……」
息を吐く。
意識を切り替え、目を瞑る。
……負けるな、戦え。
勇気は一瞬。後悔は一生だ。
今ここで逃げたら、きっと僕は一生ぼっちのままだ。
転生しただけじゃ、人は変われない。
そんなのわかってる。……けど、それでも、変わろうと思わなければ、何も始まらない!
手を握る。背筋を質す。
大きく息を吸い込み、腹を決める。
後には引けない。引かない。
さぁ──言え!言うんだ!
今こそ生まれ変わる時。
殻を突き破り、産声を上げる。
「あ、あにょん、朝比奈しゃん!」
噛んだ。
ああぁっ! くそっ!
ここまで来て長年の陰キャ生活の弊害が出たと言うのか!
きゅっと、心臓が締めつけられる。
泣きそう。羞恥で体温が上がる。
そんな僕の手に、朝比奈さんは手を重ねた。
あ、朝比奈さん……?
目を見開く。
僕の手のひらの上に置かれていたのは、三人の野口さんだった。
クックックッと無様な僕を笑ってる気さえしてくる。
「言いたいことはわかってます。お金ですよね?」
今にも泣きそうな朝比奈さん。
自然とへの字に曲がっていく口許をどうにかキュッと引き締めて堪えている。
僕の方が泣きたいよ!!!
「ほ、放課後、教室に残ってくれないかな。──大事な話があるんだ」
最早コミュ障とか、陰キャとか、言い訳してる場合じゃない。
早急に手を打たなければ、僕の三年間は大変なことになってしまいそうだ。
お読みいただきありがとうございます。
これからも、題名が度々変わる可能性があります。
大変申し訳ありませんが、ご了承ください!
次話もお読みいただけると幸いです!