返事
「六限の授業で委員会を決めるから、各々考えておくように。特に、部活に加入していない生徒は積極的に委員会へと所属するようになー」
愛萌と朝比奈さんと共に、放課後喫茶店を訪れた翌日。朝のホームルームで三崎先生がそんなことを言った。
委員会かあ……。
出来れば入りたくない。
活動の際には、必然的に他の学年の生徒とも関わることになる。年上と話すってどんな拷問だよって話だ。
俺は無難に、枠が埋まるのを待つ作戦でいくつもりである。クラスメイト全員が委員会に所属するわけじゃない。どうにか陰に溶け込んでやり過ごすのだ。
自慢じゃあないけれど、俺の影の薄さは一流だ。
しかも、みんな俺に話しかけたがらないと思うので、バレても密告されにくい。
数少ない陰キャの特権だ。
俺は既に、どこか他人事のように思いながら、頭の片隅に追いやる。
授業の準備を始めなければ。
えーっと、一限は数学だ。よし、今日も一日頑張るぞ。
☆☆☆
赤服黄熊は秋梔夏芽が嫌いだ。
それは、彼が近衛騎士に選抜された後も変わらない。
あの男がココラ姫の近衛騎士でありながら、他の女子生徒と仲良く会話をしているのを見かけることはもちろんのこと。何気ない一言で、ココラ姫を傷つけたりもする。
この前も、わざわざ姫が秋梔殿に声をかけようと、朝から席の前で待っていたにも関わらず、姫に掛けた言葉は「もうすぐ朝のホームルームが始まるから席に着きなよ」だ。
控えめに言って有り得ない。
姫は! お前を! 待っていたのだ!
姫の御心に添えぬ者に騎士が務まるか!
そう言いたいのだが──あの男を選んだのは紛れもなくココラ姫なのだ。
秋梔殿を否定するということはココラ姫の選択を否定するということ。それはあってはならないことだ。
故に、静かに心で嫌悪する日々が続いていたのだが、今日、それが180度覆される噂を耳にした。
その内容は、『秋梔夏芽は生徒会に入ろうとしている』というものだった。
この学園において、生徒会に所属するということは大きな栄誉である。一学年2人が選抜され、計6人の組織。
もちろんその道は険しく、狭き門だ。だが、もし入ることができたならば、大きな権力を手にすることができるだろう。
初めは不安だった。
あの男が生徒会という立場を利用して何をするかわかったものじゃない。
きっと、ココラ姫に「ここちむ汁を直飲させて下さい」とか「ホクロの数を隈無く数えさせて下さい」とか、果てには「姫が一日使ったハンカチを下さい」とか言うに違いない。
そう思っていた。
だがどうやら、秋梔殿が生徒会を目指す理由は校則の改変のため。
しかも、生徒の「恋愛禁止令」を学校に認めさせるためだという。
その話を聞いた時、赤服はまるで雷に撃たれたような気持ちになった。
まさか秋梔夏芽が、近衛騎士として、そこまで自覚的だったなんて!
恐らく、新たな校則を提案しようとする理由は2つある。
ひとつは、己を律するため。
あれだけ長い時間ココラ姫のそばにいて、秋梔殿が彼女に惹かれないわけがない。たとえ今その気がなくても、いつか姫に対して想いを寄せる日が来るかもしれない。その時、己が課したルールで縛ることで姫の負担になるまいとしているのだ。
2つ目は言うまでもなく、男子生徒への牽制だ。
ココラ姫は我らがアイドルであるが、姫の所属する『はにぃ♡たいむ』は恋愛禁止を明言していない。
ゆえに、時々害虫が群がる。
ココラ姫もそんな環境に常々頭を悩ませていた。
しかし、もしも、秋梔殿が「恋愛禁止」の校則を作ったらどうなるだろう。間違いなく、今よりもココラ姫に告白してくるような愚か者が減る。
「完敗でごわす……」
まさか秋梔夏芽がそこまで本気でココラ姫の事を考えているとは思っていなかった。
赤服自身も、常にココラ姫の事を思ってはいるが、まさか校則を変えようだなんて、思いつくはずもない。
「認めるでごわす。秋梔夏芽殿。貴殿は近衛騎士に誰よりも相応しい──」
☆☆☆
さて、いよいよ委員会決めである。
「じゃあ、まずは学級委員からだな──」
三崎先生の声に応じて数名が挙手する。
自ら率先してクラスの仕切り役になろうだなんて、あの人たち頭がバグってるとしか思えない。
俺は別にやれやれラノベ主人公男じゃあないけれど、それでも平凡が一番だと思う。
「やれやれ。全く。やれやれ」
「うーし。じゃあ、学級委員は石部金吉と発知子女に決まりましたーっと。んじゃあ、あとはお前らが仕切れ!」
先生は教卓の脇にパイプ椅子を広げると、脚を組んでクラスの様子を見守る。
そんな中、2人の進行で次々と委員会が決まっていく。俺は順調に陰キャだ。……順調に陰キャってなに?
でも、三崎先生って、改めて見ると結構な美人だよなあ。
ジャージなのにセクシー。結局は着てる服より素材ってことなのかな。
「はい。あと委員会に立候補してないのは……秋梔くんだけですね。つまりは、生徒会に立候補するってことでいいですか?」
いや、でも装い次第で結構変わるか。
朝比奈さんなんて、今の三つ編みメガネスタイルと放課後スタイルじゃあ全然印象が違う。
瓶底メガネの影響が大きいのだろうけれど、愛萌が初見で気付かない程度には別人だ。
「秋梔くん?」
え? 呼ばれた?
「はい?」
「では以上で会議を終わります」
石部金吉くんと発知子女さんが自分の席へと戻っていく。なに? 今なんで最後に俺のこと呼んだの?
「……まあいいか」
特に気にすることもない。そう思っていたのだけれど、変にザワついた教室の中、隣からやけに視線を感じる。
朝比奈さんは何かを期待するような、応援するような視線を向けてきた。
『何かあった?』
手紙に書いてこっそり渡すと、3分ほどの時間を有してから、返信が届いた。
『夢は自らの手で掴み取るものです』
カラーペンでデコられたその文字を見て俺は首を傾げる。はて、なんの事やら……。
まあいい。それよりも、俺は自らの平穏を喜ぼうじゃあないか。どうやら俺が委員会に所属することはなかったようだし。
今日だけは陰キャでよかったと、つくづく思うぜ。
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次回、生徒会選挙です!