自ら巻き込まれにいく体質の主人公
「ってな訳で、一緒にお風呂に入った俺たちは無事、和解したわけなんだ」
最近は仲良くしている。
口の悪さは素みたいなところがあるけれど、意外と可愛らしい一面もあるのだ。
家でぐーたらしてると、擦り寄ってきて、膝の上で寝出したりとかね。
人懐っこいネコみたいだ。
「え、あの、兄妹で風呂って、この歳でも普通に入るものなんですか?」
朝比奈さんが慌て気味につっこんでくる。
え、そこ重要ですか?
兄妹なら普通じゃないの?
俺は前世でも、一緒に入ってたけど、他の家庭はどうなんだろう。
「愛萌ん家は?」
「あたしんちは別だな。けど、まあ、一緒に入るってなっても、別に抵抗はないな」
「ええ! そうなんですか? 恥ずかしくないですか?」
「別に兄妹なんだから恥ずかしくねぇだろ。ほら、弟なんてのは、一種のこーぞー異性体? みたいなもんだからな」
それ、さっき俺が言ったやつ。
愛萌は絶対構造異性体がなんなのかもわかってないはずだ。
「それで? 夏芽はどうするつもりなんだ?」
「とりあえず、見守るつもり。まあ、妹の意見を尊重しようと思うよ。メロスのように親友を人質にして、結婚式にだって出るよ」
「いや、親友と妹の結婚式なのになんで親友を人質にしてんだよ」
「俺が成り代わる」
「さてはお前、城に帰らないつもりだな」
初めて走〇メロスを読んだとき、親友を人質にするくらいだから、てっきりメロスは「その結婚ちょっと待った〜」をするものだと思っていた。
「兄妹で結婚はできませんよ」
「それはもう法律に変わってもらうしかないな」
なんちゃって。……いや、別に。
兄妹で結婚なんて、俺もするつもりないけどね。
普通に恋して、普通に結婚したい。できるかは分からないけれど、したい。
「あの、秋梔くんの親友の方も、同い年なんですか?」
「うん。同い年だよ。というか、同じクラス」
「え、じゃあ、私たちの通う教室に、ロリコンさんが潜んでるってことですか?」
朝比奈さん、声がでかい……。
静かな雰囲気のお店で言う言葉じゃないよ。
周りのお客さんみんなこっち見てたからね?
「にしても、郷右近のやつ、そんなユニークな性癖持ちだったとはな」
「あ、あの郷右近くんですか!?」
「ちょっ! 愛萌?」
申し訳ない、我が友よ!
全てが白日のもとに晒されてしまった。
きみはなんと言われようと気にしないだろうけれど、一応謝っとく。ごめん。
郷右近左近は胸元をはだけさせた王道の黒髪イケメンだ。
完全に女性ウケを狙ったビジュアルで、乙女ゲーに出てくるドS系王子様まんまって感じ。
このクラスのカーストトップで、愛萌を中心とした女子グループとも仲がいい。
そんな彼にロリコン疑惑。
この世界の神はなんて罪なことをするのだろう。
「あれ、なんで俺と左近が親友って知ってるの?」
「お前ら中学同じだろ?」
「ああ、そっか。それで知ってたんだ」
実は俺と同じ中学校に通っていて、その時から親友だったらしい。
二重さんの件があった時も、まず一番に連絡をくれたのが彼だった。
スマホに友達からメッセージが届いたのが嬉しくて、何十枚もスクショした。
「あの、この件につきましては、どうか秘密でお願いします……」
彼の名誉のために。
こくこくと頷く朝比奈さんに対して、愛萌はニヤニヤと笑っている。明日にでもからかうつもりに違いない。ほんと、いじめっ子の気質があるよなあ、愛萌は。
「でも、秋梔くん、黙って協力しちゃっていいんですか? 郷右近くんかっこいいですし、中学生くらいの女の子って、年上に憧れを抱くものですよね」
いや、別に俺は何が何でも阻止したい訳じゃあないのだ。妹がそれを幸せだと思うのなら、俺は歯噛みしながら見守るよ。
「どうして妹がデートに行くために俺の食費を削らなきゃいけねぇんだとか、妹に先を越されたくないとか、全然思ってない」
「思ってますね」
「思ってるな」
「ま、まあ、とにかく。俺はあくまで、愚痴りたかっただけで、どうこうしようとは思ってないんだよ」
ちょっとばかし、俺が我慢すれば全てが終わる話なのだから。
☆☆☆
「男虎さん。きっと秋梔くんは禁断の恋をしてるんだと思います」
夏芽が手洗い場へと姿を消したタイミングで、朝比奈がそんなことを言い出す。
たしかにあいつはシスコンと言わざるを得ないが、さすがにそれは……。
「いや、多分そんなことねえと思うぞ」
「私、何となく秋梔くんの考えてることがわかる気がするんです」
「いや、多分そんなことねえと思うぞ」
「私、似たような話をこの前小説で読んだばかりなんです。あのとき、主人公の少女は、兄への気持ちを打ち明けることができず、後悔しました。このままだと秋梔くんも後悔することになると思うんです」
「いや、多分そんなことねえと思うぞ」
現実は小説より奇なり。とは言うが、夏芽の語りを聞いている限り、彼が最も危惧していることは、妹に彼氏ができることではない。
夏芽が気にしているのは、郷右近を手伝うという点についてだ。
あいつはさっき、良かれと思ってした事が結果的に喧嘩の原因になった、と言っていた。
数日前にそんな喧嘩をした上で、妹に対して「紹介したい人がいるんだけど」なんて事を言い出すのは、はっきり言って馬鹿だ。愚かと言ってもいい。
妹の方にその気があればいい。
しかし、妹が郷右近に全く興味を抱かなかったとすれば、それは同じことの繰り返し。
夏芽は更に妹の機嫌を損ねることになるだろう。最悪の場合、兄妹仲が再び険悪になることだって考えられる。
だからもし、夏芽があたしたちに求めている事があるとすれば、止めて欲しい、のだろう。
自分の事情よりも、他人の事情を優先しちまうような奴だから、夏芽は親友の頼みを断らない。
もし、断るとすれば、それは他の誰かに止められた時だ。
「男虎さん。ここは私たちがどうにかするしかありませんよ! 私、秋梔くんの力になりたいです」
「はぁ……」
楽しそうだなあ。お前は。
いや、面白そうだしこのままにしておいてもいいか?
「実は、私にいい作戦があるんです。さっき秋梔くんは法律に変わってもらうって言ってましたよね」
「あー、そんな事も言ってたっけ。でも無理だろ? さすがに兄妹でどーのこーのは」
「はい。一個人の感情で法律までは変えられません。ですが、小さな社会を傾けるくらいのことは出来ます」
それは強い信念と、闘志に満ち溢れた顔だった。
決意、いや覚悟か。そして自信。
後にあたしは、朝比奈夜鶴の行動力を見誤っていたことに気付く。
このとき、あたしがこいつを止めていれば──




