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貧乏家族



「ねえ、冬実々。ハナちゃん? がさ、なんか俺にだけ当たり強いんだけど……」


 春花がトイレに行ったタイミングで、俺はこっそり冬実々に話しかけた。

 夕飯の支度をする冬実々は手に握った包丁をリズムよくまな板に叩きつけ、快音を鳴らす。

 そのキャベツの千切りを見れば、彼女がどれほど料理に精通しているかがひと目でわかる。


 将来はいいお嫁さんになりそうだ。


「お兄ちゃん、まだハナちゃんと仲直りしてなかったの?」


 仲直り……?

 俺に対するあの態度は、喧嘩が原因なの?


「喧嘩なんてしたっけ?」


「本気で言ってるの!? あんだけ家中のもの壊しといて!」


 怪獣大戦争でも起きたのかな。

 もちろん記憶にないのだけれど、そんなことを正直に言えるわけもなく、あれか〜と、曖昧に誤魔化す。


「多分試してるんじゃないの? 仲直りしないまま時間が空いちゃったせいで、距離感を測りかねてるんでしょ? わざとお兄ちゃんを怒らせようとしてるんだと思うよ」


 何のために? そう問おうとして、口を塞ぐ。

 少しは自分で考えなきゃだめだな。


 そんな俺の様子を察してか、冬実々はやがて穏やかな声で話し始めた。


「ハナちゃんはわがままだけど、それでもちゃんと、家の事だって考えてくれてるよ。たしかにハナちゃんには才能があるかもしれないけど、だからって勝手に寮生活を決めちゃったんじゃあ、ハナちゃんも怒るよ。私たちに負担をかけてまで、自分の夢を追うつもりはないってさ」


 「まだ仲直りしてないならお兄ちゃんが先に謝るべきじゃない?」と冬実々は言う。


 春花には何らかの才能があって、俺はその才能を伸ばせる環境に彼女を置こうとして──怒られたと。


「それで学生の身でありながら、金のことで兄妹と揉める事になったのか……」


 押しつげがましい善意は毒にしかならないという事だろうか。記憶がなくなる前の俺も、大概人の心を読む能力が低かったらしい。

 

 結局、俺はいつだって独りよがりなんだよな。

 すべてが終わってから気付くことばかりだ。


「まあ、それだけじゃあないと思うけどね? 単純に、私たちと離れるのが寂しかったんでしょ。うちは色々大変だけどさ、苦しい時ほど、支え合っていこうよ。気持ちの面でもさ」


「そうだね……」


 秋梔夏芽に転生して15年。

 前世の記憶を取り戻して1週間。


 俺にとってはまだ出会ったばかりの妹たち。

 しかし、ふたりにとって俺は、ずっと一緒の家族なのだ。


「俺は兄を全うするよ。さしあたって、明日からはバイトの面接練習をしようと思う」


「えー、お兄ちゃんにできんの?」


「もちろん! 営業スマイルでマダムだってイチコロだぜ!」


「あー、わかるかも。お兄ちゃん、たらしの才能ありそうだもん」


 人聞きの悪いこと言わないでくださいな……。

 それに、多分俺に接客はできない。マダムもキョドる俺を見たらドン引きだろう。


 と、そこで下の方の妹である春花がトイレから出てきた。


「ハナちゃん、そのままお風呂入っちゃいなよ」


「ハナはさっき、帰ってきた時に入ったよ」


 春花が答える。どうやら冬実々に対して常時敬語というわけではないようだ。

 

 ……さっきは流しちゃったけど、修行というのは、もしかしたら、兄と喧嘩したことによる家出みたいなものなのかもしれない。

 

「お兄ちゃんが背中流してくれるって」


「へ?」


 俺は真理を確かめる為に冬実々に目で訴える。

 冬実々は一言、早く仲直りしなよ、と言った。


「あんな狭い浴槽に二人も入れないでしょ?」


 一人で入るのだって狭いほどの浴室なのだ。

 2人で入ったらギュウギュウ詰めにしかならないだろう。


 同意を求めるように春花の方を振り向く。

 きっと、彼女だって嫌がるはずだ。


 しかし、そこにいた妹は。


 仁王立ちする春花は。


 すっぽんぽんで。


 いた。


 思わず白目になる俺。

 この子は秘めるってことを知らないのかな。


 確か『トモ100』はR15のゲームだったはずだ。

 せいぜいパンチラが限界で、ラッキースケベもほとんどなかったはずだ。

 なのに何故この子はこうも全力全開なのだろう。


「お、お兄ちゃんは最後でいいかな〜あはは」


「うわぁ、お兄がハナ達の残り湯でエロいこと考えてる」


「そんな兄がいてたまるか!」


 久しぶりに大きな声を出す。

 この子と話していると、どうも気が荒くなる。

 不本意なことに、この世界に来て一番会話がしやすいというか、素の自分を出せる。

 まさか、子ども相手にイキるのが俺の本質だったのか?

 だとしたら自分にガッカリだ。


「とにかく! 俺は最後でいいから!」


「本当にいいの? お兄、さっきからヤギに踏まれたたくわんみたいな臭いするけど? クスクスッ♡」


 ヤギに踏まれる行程の必要の無さが計り知れない。

 というか、たくわんじゃなくて、たくあんだ。


「なあ、ハナちゃん。俺が怒らないとでも思ったのかな? 怒るよ? 俺はちゃんと怒れる人間だよ」


「お兄高校生なのに、中学生に怒るの? きゃあ〜こわぁい!」


 ──かっちーん。


「成敗してやるッ!」


 俺は春花に飛びかかると、両の頬を摘み引っ張りあげる。


「ひひゃっ! はにするの! わかおにい!」


「悪いのはこの口か! この口だなッ!」


 ふみふみと伸縮する少女の頬を摘み、捏ねくり回す。

 一方の春花は、俺から離れようと、お腹の辺りをげしげしと蹴りつけてくるが、しかしノーダメージ。


 体重が40キロ前後の少女の蹴りなど、俺にとってはなんてことのないもので、全く痛くない。


「妹が兄に逆らってタダで済むと思うなよ!」

 

「いひゃいっ! うるひゃい! お兄なんかに負けないんだかりゃ! はなひぇ〜っ!」


「馬鹿め! 俺を見くびるなよ! お兄ちゃんの手はスッポン・The・ハンドと呼ばれているほどの高握力なのだ!」


 俺が春花と同じ中学一年生のときは、握力が31キロだった。今はもっとあるはずだ。


 スッポン対すっぽんぽん。

 勝つのはスッポンに決まってる。


 春花を押し倒して、マウントポジション。

 上下左右、強めに頬を引っ張る。


「さぁ、妹よ。ごめんなさいと言え! お兄ちゃんには敵いませんと言うんだ!」


「ハナは悪くない! だから絶対にごめんなさいは言わない! 言うもんか! お兄なんかに!」


 なら、仕方がないな。

 どうしようもないメスガキを分からせてやるのは兄の務め。

 覆ることの無い、圧倒的な力の差を見せてやる!

 この世界に兄に優る妹がいると思うなよ!


「アナコンダ並の怖さを誇る兄の裁きを受けろ! おしりペンペンだっ!」


「お兄ちゃん、ハナちゃん、いい加減にして! お隣さんから苦情来ちゃうよ!」


 声を上げる冬実々の方を振り返った直後、蹴りが顔面にヒットする。


「いてゃい。……兄に勝る妹などいるわけが……」


「お兄ちゃんっ!?」

「はっ、はい!」


「正座!」

「はい〜っ!」


「ハナちゃんはお風呂! 早く行って!」

「は、はい!」


 逃げるように駆けていく春花を見送った後、その場に沈黙が流れる。


「……はぁ」


 時の止まった空間で、その沈黙を破ったのは冬実々のため息だった。


「お兄ちゃん、もう高校生になったのに中学生にムキになってどうするの? というか、厳密にはまだ小学生だし!」


「うっ……すみません」


 何故だろうか。

 理由は分からないのだけれど、春花の姿を見ると対抗心が湯のように沸いてきたのだ。

 まるで本能があの妹と闘えとでも言うようだ。


 ただひとつわかるのは、これまでも、夏芽と春花はバチバチ闘っていたということ。

 記憶にはないが、俺の身体がそれを覚えている。


「お兄ちゃんが謝るんじゃなかったの?」


 そうだった。俺が謝るんだった。



 俺は春花のあとを追い、服を脱ぐ。

 浴室では、既に一度風呂に入ったという春花が、掛け湯をして、浴槽に浸かっている。


 俺も浴槽の隣に備え付けられたシャワーで身体を洗い、そのまま浴槽に入る。


「お兄、狭い。もっと詰めて」


 現在下の妹である春花と入浴中。と言えば、まだどうにか救いのある言葉ではあるけれど、実際には初対面のロリと入浴中である。

 

 もちろん、妹相手に変な気持ちなんて全く湧いてこないが。


 ひとりで入ったときでさえ脚も伸ばせない狭い浴槽にふたりでぎっしりと詰まっている。

 ポージングとして胡座をかいた俺の上に春花が座っているという状況。春花の尾骶骨が刺さって地味に痛い。


「修行してる間は風呂どうしてたの?」


 暴言が飛んでくるよりも先に俺は話を振る。


「山篭りしてるんだから、川に決まってるじゃん。冬の山の川はすっごく冷たいんだから」


「……それでよく生きてられたね」


 修行の内容がまさか山篭りだったなんて。

 それ、12歳の子供がやることじゃないでしょ。

 

「あんまり無理しないようにね」


 春花はこくりと頷き、肩までお湯に浸かる。


「お兄は……まだ怒ってる? ハナが選抜寮の誘いを断ったこと」


「怒ってないよ。一言ハナちゃんに相談してから決めるべきだったって思う。ごめんね」


 記憶が無いせいで、どこか他人事のように感じてしまう部分もないではないが、謝罪の言葉は自然と零れた。


 誰かの力になれることが、たぶん俺にとっての喜びなのだ。それは前世の反動なのかもしれないが、それでも。


 人の笑顔が好きだ。


 ありがとうと言われる事が好きだ。


 温かい気持ちになる。


 頑張ろうって気持ちになる。


 だから、人と関わるのが好きだ。


 人が好きだ。


「でも、まだまだ俺は孤独だな」

 

 自分の価値観でしか物事を判断できない俺の世界はこんなにも小さい。


 俺は春花の頭に手を伸ばし、ゆさゆさと撫でる。

  和解できた、ということでいいのかな。

 特に抵抗する様子も、暴言を吐いてくる様子もない。


「お兄。ハナは銃剣道しか取り柄がないし、寮生活も断っちゃったけど、あのね、頑張るから……プロは諦めてないし、剣道界の申し子(お姉ちゃん)だって蹴散らして、銃剣道との二冠も取っちゃうつもりだから」


「うん。応援してるよ」


 俺は一言、そういった。

 剣道なのに蹴散らすとか、銃剣道が何なのかとかはよく分かってはいないけれど、彼女が頑張ると決めたなら応援するべきだ。

 彼女の口からプロという言葉がでてきたことには驚いた。でも、夢は大きい方がいい。頑張れ!


「あのね。お兄、ハナのこと嫌いになってない?」


「なってないよ」


「そっか……。お兄は、ハナがいない1ヶ月寂しかった?」


「うん。今日久しぶりにハナちゃんの顔を見れてほっとした」


「お兄。ハナももう中学生になるから、ハナちゃんじゃなくて、ハナって呼んで?」


「わかったよ、ハナ」


「将来ハナがプロになったら、今より大きな家に住もうね」


「うん。そうだね。お庭付きの一軒家がいいね」


「約束?」


「うん。やくそく」


 人はいつか、家族の元を巣立つ生き物だ。

 その約束が果たせる年齢になる頃には、 春花にだって心に決めたパートナーくらいできているだろう。

 

 それでもいい。


 だけど今は、夢をを見ながらも、夢を追ってほしい。それを見守るのが、兄としての俺の役目だ。






お読みいただき、ありがとうございます。

たくさんの高評価に励まされております。


次回もよろしくお願いいたします。

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お読みいただきありがとうございます。 高評価頂けると更新の励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。 大量のメスガキとダンジョン攻略するローファンタジー  メスガキ学園の黒き従者〜無能令嬢と契約した最凶生物は学園とダンジョンを無双する〜 小説家になろう 勝手にランキング
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