最悪な第一印象
俺の親友が、妹に告白しようとしている。
そんなことを愛萌や朝比奈さんに相談する程度には妹を大切に思っている俺だけれど、その妹の第一印象に関しては、むしろ悪かったほうだ。
ずっと家に帰ってなかった下の方の妹。
彼女との出会いは4日前に遡る。
☆☆☆☆
「うわ、お兄だ! お兄が帰ってきた!」
放課後、いつものようにスーパーに寄ってから家に帰ると、初めて見るはずの女の子が我が家でくつろいでいた。
起伏の乏しいスレンダーな身体に少し小さめの身長。
黒の長髪をサイドポニーで束ね、コウモリのヘアピンで前髪を止めている。
どこか懐かしい気がするんだけど……。
ダメだ、思い出せない。
「ザコお兄だ〜。きもー♡」
「…………。」
あれですか。噂のメスガキって奴ですか。
目の前の女の子は足をパタパタとしながら、こっちを見て笑っている。実に居心地が悪い。
「うわぁ、お兄のくせに無視してる。中学生に泣かされないように必死に堪えてるー。カワイソー♡」
口悪いな、この子っ!?
温厚な俺でも、地味に腹が立つ。
ただ少しだけ有益な情報を得た。そう。彼女が中学生だという事だ。
「怒っちゃう? 中学生相手にムキになっちゃう?」
やばい。これはやばい。本当にキレそう。
「えっと、貴方は俺の従兄妹とかなんかですか?」
俺をお兄と言うくらいだから、多分親戚かなんかだろう。俺が転生してから何日か経つが、この子を見たのは今日が初めて。どこからか遊びに来たという線が1番濃厚だ。
「ざっこー。お兄記憶力もザコなの? きも〜♡」
ぷぷぷーと笑う謎の少女。
この子は言葉の暴力って言葉を知らないのかな。
雑魚とキモイしか言わないレパートリーの少なさは中学生らしくて可愛いかもしれないけど。
「まぁ、誰でもいいから、しばらく静かにしといて」
さすがに家でもメンタル削られることになったら、俺の方も死んでしまう。ココラ姫の近衛騎士としての仕事が、思いの外大変なのである。
とりあえず今は静かにしてもらって、そのうち帰ってくる冬実々に全部押し付けよう。うん、そうしよう。
「何なの、お兄のくせに!」
妹ってのは無視が一番有効だ。
「ばーか、ばーか」
こういう時は飽きるまでそっとしておけばいいと、前世で学んだ。
「ハーゲ、足臭、ロリコン」
んんんっ……俺が思考してる間にサンドイッチ形式で罵倒を飛ばしてくるの止めてくれないかな……。
ふぅ、男は根性だ。冬実々が帰ってくるまで耐えるべし。無視だ無視。聞こえないふり。
──ぎゃーぎゃーぎゃー
騒ぐ女子中学生を無視する俺。
そんな時間がしばらく続いたが、しかし、その変化は突然だった。
いい加減無視が応えたのか、急に弱気になった目の前の女子中学生は僅かに瞳を泳がせ始めたのだ。
「ま、待って……? お、お兄、本当にハナの事忘れちゃったの?」
「俺はそんな口の悪い人知りません」
「お、お兄? ハナだよ? 秋梔春花。お兄とお姉ちゃんの妹のハナ。……ハナが修行に行ったから忘れちゃったの?」
「春花……」
その名を聞いてしまうと、妹説が濃厚になる。
夏芽と冬実々がいて、春花がいないというのは違和感だ。むしろ、名前の一貫性を考えるならば、いて然るべき存在といえる。
しかし、彼女は既に1週間以上家に帰ってなかった。記憶が無いので定かではないが、そんなことを俺が許すはずがない。
というか、修行ってなんだ?
情報量が少なすぎる謎の少女について考えているうちに、やっと冬実々が道場(剣道を習っている)から帰ってきた。
これでバトンタッチできる! そう思ったのだが、どうやら春花の様子がおかしい。
「お帰りなさい、お姉ちゃん」
「!?」
しゅぱぱぱーっと座布団やポテチを片付けて居住まいを正した春花と名乗る自称妹は、丁寧な言葉遣いで冬実々を迎えた。
「あ、ハナちゃん帰ってきたんだ。1ヶ月ぶりだね。ちゃんと心入れ替えてきた?」
「はい。ハナは1ヶ月の修行を通して己と深く向き合いました!」
ダメだ。この状況に全くついていけない。どういう事ですか。この兄と姉での対応の差は何?
俺は家族にまで嫌われているのだろうか。
「お兄ちゃん、今日の夕飯は私が作るから、ハナちゃんと遊んであげて。きっと甘え足りてないだろうから」
にっこりと、微笑ましそうに笑う冬実々。
どうやら彼女の方は、春花の本性に気づいてないらしい。
「え、遊ぶの? 俺が?」
冬実々は笑顔で頷くが、その後ろでは春花がニヤニヤとしながら、唇を動かしている。
お・に・い・の・ロ・リ・コ・ン♡
「ンぬぬぬぬぬ。なんだアイツは」
冬実々の反応を見る限り、兄妹ではあるんだろうけれど、それ以上の関係性が全く読めない。
「ハナちゃんも、せっかく今年から中学生になるんだからお兄ちゃんに制服見せてあげたら?」
「お兄、ハナの制服みたいの?」
「え、まあ、うん」
「えへへ。ふーん (ヘ・ン・タ・イ)」
くすくすっと笑ったハナは着ていた服を脱ぎ捨てると、壁にかけてある制服へと手を伸ばした。
冬美々の制服の予備だと思っていたけれど、どうやらあれはこの子が今年から着るものらしい。
俺に下着を見られる事を全く気にしない辺り、本当に兄妹なのだろう。
「お兄、どう?」
「うん。いいと思うよ」
少し背伸びした感はあるけれど、似合っていると思う。
制服に着いているリボンが冬実々と色違いになっているのは学年カラーの関係だろう。冬実々が赤で、春花は青だ。
「もう少し垢抜けたらクラスでもモテるんじゃない?」
「別にハナはモテたいとか思わないし〜。同年代の男子なんてみんな子供っぽいんだもん」
「へぇ、おませさんだなぁ」
そういえば男は女に比べて精神の成熟が遅いんだっけ。それなら同年代が子供に見えるのも仕方ないのかもしれない。
ただ、中学生になれば大人の魅力を持った先輩たちにも出会える機会もあるだろう。
部活だったり。委員会だったり。
まぁ、俺は出会えたことないんだけど。
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