本心
「この前の残念美人は朝比奈だったのか……」
放課後。校門の前に遅れてやってきた朝比奈さんを見た愛萌の第一声がそれだった。
今の朝比奈さんは放課後スタイル。
三つ編みを解いて、瓶底メガネを外している。
「いやあ、素直に驚いたわ。人間、装いで変わるもんだなぁ。普通にしてれば結構可愛いじゃん」
「え、いや、そんなことないです。昔から地味だってよく言われますし……」
「いやいや、そんなことねぇよ? 髪とか眉毛とかちゃんと整えればかなりいい線いくと思うぞ」
愛萌からの賛辞に照れた様子の朝比奈さんは、体をもじもじと捩らせる。
しかも、今はいつもの瓶底メガネを掛けていないので、喜色に滲んだ顔が丸わかりだ。
「なあ、夏芽。あたしはもしかしたら、見つけてしまったかもしれない……!」
ほわあっと表情を緩めた愛萌が舐めるような目つきで朝比奈さんを見る。
「これは……」
百合の波動を感じる。百合が、咲いているっ!?
「へぇ〜、瞳も結構大きいんだなぁ」
まじまじと見ては感心。
愛萌は朝比奈さんの顔を相当気に入ったようだ。
「あ、あの、秋梔くん、助けてください……」
あれれ。おかしいな。朝比奈さんはぷるぷると震えながら、俺に助けを求めてくる。
俺の知ってる百合は、捕食者と小動物のような関係ではなかったはずなんだけど……。
さてはこれ百合じゃないな!
「愛萌、その辺にしなよ」
俺は彼女の両肩を掴んで、自分の方に引き寄せる。少々バランスを崩したようで、たたらを踏んだ愛萌だったけれど、思ったよりも抵抗なく離れてくれた。
どうやら、彼女は単純に「可愛いもの」に興味を持っただけらしい。可愛いにコンプレックスを抱いている彼女ではあるが、関心は人一倍強い。
ついつい見入ってしまったのだろう。
「愛萌だって十分可愛いよ」
「……っ!」
朝比奈さんには聞こえないよう、俺は愛萌に顔を近付けて耳打ちする。
「まそっぷ」
俺の言葉にぴくりと肩を震わせた愛萌が、振り向きざまに目突きを放ってきた。
目がぁああ目がぁああああ!!!!
「な、なんてことすんだ!」
驚くべきことに、そのセリフを吐いたのは愛萌だった。いや、こっちのセリフだよッ!
なんてことすんだ!
相変わらず心の声は大きい小心者の俺だが、今回ばかりはちゃんと言葉にする。
「目が潰れちゃうよ!」
俺の瞼の瞬発力に感謝だ。
目突きは怖い。失明とか、普通に有り得るからね?
「目玉がないなら、心で見ればいいだろ?」
どこの心眼遣いですか!?
どこのマリーアントワネットですか!?
「俺が何をしたって言うんだ……」
「助けてくれたのにこんな事を言うのは心苦しいんですけど、今のは秋梔くんが悪いですよ?」
朝比奈さんまでもが俺の敵だった。
と言うか、せっかく耳打ちしたのに朝比奈さんも聞こえてたのか……。
「あたしはもうお前なんか嫌いだッ!」
回復した目を開けると、顔を真っ赤にした愛萌が距離を取ってこちらを睨んでいる。
がるるるる〜と、警戒を露わにしている姿はまるで一頭の虎だ。
めちゃくちゃ怒ってらっしゃる。
「ごめん、愛萌。悪気はなかったんだ」
謝意を込めて謝るも、ぷいっと顔を背ける愛萌。
どうやら本格的に警戒されているようだ。
俺はその場所にしゃがんで、ルールルルルーと指を鳴らした。
しばらく経って、愛萌は警戒心を少しだけ解いてこちらへと寄ってくる。よしよし。順調だぞ。
「怖くない、怖くない」
「本当に怖くない?」
「本当だよ。大丈夫、大丈夫」
俺はやがて目の前までやってきた愛萌の頭を撫でる。 まるで絹糸のような手触りだ。
「よしよし」
「……あなた達何してるんですか?」
「しっ。愛萌が警戒しちゃうよ」
「えぇぇ……」
よーしよしよし。
「さて、じゃあ、行こうか!」
「私は一体何を見せられてたんですか?」
「さて、じゃあ、行こうか!」
「無視されました……」
俺たちは門を出て駅を目指す。
中身がスッカスカなスクールバックを肩にかけてる愛萌に対し、朝比奈さんが背負っているリュックはずっしりと重量感がある。
こうして見ただけでも、ふたりの性格の差が見て取れる。なんか、面白い。
10分ほど歩いて駅に着いた俺たちは、朝比奈さんがコーヒーに詳しいとの事で喫茶店に入ることになった。
俺が苦いものを苦手としていることを伝えると、彼女はにこりと微笑んで甘めのものを選んでくれた。
照明が強過ぎず、少し暗めの落ち着いた空間。
そこで、俺は彼女達に自身の悩みを打ち明ける。
「……実はさ、俺、妹がいるんだけど」
「知ってる」
「知ってます」
……あれ、言ったっけ?
「それでね。俺の親友が、うちの妹のこと好きみたいで。告白したいから協力してくれって言うんだよね」
「ふーん。で? シスコンなお前は妹を取られたくない、と」
「……。いや、取られたくない訳じゃあないんだけどさ」
もし、妹に彼氏が出来たら、それはもう妹ではなく、『友達の彼女』に見えてしまうのではないだろうか。
一緒に寝てることもそうだけれど、何かと、後ろめたい気持ちでいっぱいになる気がするのだ。
その場合、俺は自ら距離をとる事になるだろう。
今のところ、兄妹仲は良い方だと思う。
しかし、これまで秋梔夏芽として生きてきた15年間分の記憶を無くしてしまった俺と妹にある絆は強固なものとは言い難い。
俺の行動が家族の絆を壊してしまうことが怖い。
「うちは両親がいないから──」
「そっか。夏芽は妹と支え合って生きてるわけで、その支えがなくなるようでイヤなんだな」
そういうことなのかな。
正直、自分で自分のことをよくわかっていない。
でも愛萌が言うことが正しい気もする。
記憶を無くしてしまった俺を──それでも兄と呼んでくれる妹を俺は俺の思う以上に、大切に思っているのかもしれない。
「全部俺のわがままだってことは自覚してるんだけどね。自分が正しくないことも」
それでも、気持ちがついていかない。
セリヌンティウスを置き去りにしたメロスだって、渋々ながらも、妹の結婚を祝福したのだ。
俺は親友を殺人王の元に置いてきたメロスを頭のおかしい奴だと思っているけれど、頭のおかしいメロスでさえ、妹の恋路を阻むことはなかった。
「でもさ。うちの妹、まだ12歳なんだよ……」
12歳で恋愛は、お兄ちゃん、まだ早いと思う。
12歳相手に本気で恋をする高校生に自分の妹を差し出していいのか、というのが悩みの一番の原因である。
「12歳っ!? 夏芽の妹って年後じゃなかったか?」
いや、俺もつい最近まで知らなかったんだけど。
「俺、もう一人妹がいるんだ」
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秋梔夏芽
秋梔冬実々(あきくちふゆみみ)
そして、12歳の妹。実は一貫した名前になっていたりします。
もし良ければ、予想してみてください!




