聞いている。
日間ランキング入れました!
「じゃあ、愛萌。一番大事な質問。ロリコンとシスコン、愛萌が応援するなら、どっち?」
その顔は真剣そのものだった。
まるで脳みそがバターでできてるんじゃないかと思わせる会話ではあったが、しかし、その言葉に限って言えば、夏芽の表情は本気だった。
その問いに対する答えを愛萌は持ち合わせていない。しかし、自分が答えるべき答えを彼女は知っていた。
「あたしはシスコンを応援するよ」
愛萌がそう答えると、案の定夏芽は嬉しそうな顔をする。いや、想像以上だ。
「そうだよね。やっぱりそう思うよね。もちろん俺はロリコンでもシスコンでもないんだけど、でも、シスコンを応援したくなるよね」
白々しい、と愛萌は思った。
秋梔夏芽がシスコンだなんて事実は愛萌が中学生の頃から知っている。
もっと言えば、愛萌の出身中学である長篠中の生徒はほぼ全員知っている。
「夏芽、お前のシスコンはまだ治らないのか?」
「やめてよね。みんなして俺をシスコン扱いするのは。そもそも愛萌は俺の妹を知らないでしょ?」
どうやら、彼は自分がシスコンだと言われることを嫌がっているようで、心外そうに、唇を尖らせている。
確かに愛萌は夏芽の妹を知らない。
けれど、中学2年のとき彼が妹のために単身で我が校に乗り込んできたことを愛萌は知っていた。
当時は有名な大事件だった。
何せ、他校の生徒が学校に殴り込みに来て、実際何人もの生徒に怪我を負わせたのだ。
秋梔夏芽の姿を知らずとも、その名は誰もが知っている。
そう。彼は地元ではちょっとした有名人なのだ。
愛萌の通っていた中学の治安は、お世辞にも良いとは言えないものだった。
3日に1回は窓ガラスが割れるし、時々廊下をバイクが走るようなそんな学校だ。
どちらかというと愛萌も治安を乱す側の生徒で、よく授業をサボって屋上で寝ていた。いわゆる問題児というやつだ。
故に目撃した。
十人を越える男子生徒に拳一つで立ち向かう茶髪の獅子の姿を。
ヤンキー漫画で、友のために戦う男の背を見たことがある。
しかし、愛萌が現実で目にしたのは妹の矜恃を背負った兄の姿だった。
「妹背……」
そのときに夏芽と愛萌が言葉を交わすことはなかった。
しかし、彼は去り際に一言「はっぴーとぅーゆー」と、謎の言葉を吐いて消えていったのだ。
そんな変なやつだから、愛萌は夏芽を忘れたことがなかったが、夏芽の方は全く覚えていないようだった。やはり彼の脳みそはバターだ。
愛萌は、今でもあのときの夏芽の横顔を覚えている。
誰かのために己を賭した覚悟の色を。
高校に入学して間もない愛萌が夏芽の言葉に心を揺れ動かされたことも、ときどき赤面させられてしまうことも、それ等はすべて、その過去があっての、信頼ゆえと言える。
「ありがとうな、夏芽」
「え? なに? なんのお礼?」
「あたしを頼ってくれてありがとう。だから、その、どうだ? 話は放課後ゆっくり聞くから、どっか寄り道してかないか?」
「いいの?」
「ああ。友達が悩んでんだ。力にだってなるさ」
愛萌がそう言うと、夏芽はパァっと笑顔を輝かせる。どうやら友達という言葉が彼の心に染みたらしい。
夏芽は愛萌の手を握るとぶんぶんと振る。
「ありがとう、愛萌。俺は世界一幸せだよ!」
──ち、近い。顔が近いッ! あっ……いい匂いする。
「放課後、絶対に行く。例えその道が、画鋲地獄でも裸足で駆け抜けるさ!」
「……かっこいい」
ボソッと呟く愛萌は完全に迷走していた。
客観的に聞けば、そのセリフはダサいことこの上ないのだが、どうやら愛萌にまで、脳みそバターが伝染してしまったようだ。
かつて似たようなセリフを吐いた上に夜鶴と出かけなかった夏芽が、またもやおかしな事を言い出したにも関わらず、それに指摘する者が誰もいない。
愛萌は照れたように頬をかきながらも、頼ってもらえることを素直に喜ぶ。夏芽にはたくさんの影響を与えられている愛萌だから。だからこそ、自分が彼に影響を与えられるの存在でありたいと願うのだ。
「じゃあ、放課後な」
愛萌は話を切り上げ、その場を離れようとした。
しかし、左腕をぎゅっと掴まれる。
「えっ」
とくん、と跳ねる心臓。
少し痛いくらいに掴まれた腕に引かれて振り返る愛萌。
「きゅ、急になにすんだよ夏……朝比奈っ!?」
てっきり夏芽に引き留められたものだと思い込んでいた愛萌は赤らんだ顔を一気に青ざめさせる。
「な、なんだよ……」
夜鶴は何も言わない。
蛍光灯の光を集めて反射した瓶底メガネが妖しく光る。
夏芽に助けを求めようとするも、彼は微笑んで首を傾げているだけ。まるで頼りにならなそうな様子だ。
どうすんだこれ……。
愛萌の困惑が極まった頃、ようやく夜鶴が口を開いた。
「私も……」
私も?
「私も、放課後は……その、時間、あります」
なるほど。どうやら彼女も夏芽の力になりたいらしい。
そういうのは夏芽に言え、と思った愛萌だがぐっと堪えて夏芽にアイサインを送る。
判断はお前に任せる。そういうことだ。
愛萌の視線を受けた夏芽はああ〜と、納得した表情をしてから、紙に何かを書き出し、やがて朝比奈さんに差し出した。
『駅から徒歩5分の所にある図書館がおすすめ! いっぱい本があるよ!』
愛萌は夜鶴の後ろから盗み見た手紙の内容を読んで、思わず怒鳴りそうになる。
馬鹿だ。秋梔夏芽は筋金入りの馬鹿である。
言葉の裏にある真意がまるで読めていない。
自分がどうにかするしかない。そう思った愛萌は、プルプルと震える夜鶴から、その手紙をひょいと奪い取る。
「あー、今日、暇ならさ、一緒に夏芽の相談に乗ってやってくれないか?」
これは茶番だ。
夏芽は極度の鈍感なので、これくらい強引でも問題ないだろう。
「え? いや、いくらなんでもそれは悪──」
「行きますッ!」
案の定、朝比奈の押し切りで彼女の同行が決まった。
ブックマーク、高評価、ありがとうございます!
なんと、日間ランキングに入れました!
とっても嬉しい!
本作品は時間をかけて恋をしていくので、いちゃラブ要素があまりないのですが、みなさんの応援もあり、ここまでこれました!
感謝です。
これからも精進して参りますので、応援よろしくお願いいたします!