シスコンの定義
秋梔夏芽とその親友であるところの、郷右近左近との物語は、互いに譲れない矜持と、それによって育まれたより強固な男の友情によって締め括られるわけだが、しかしそこには一人の少女の存在があった事をまず初めに明かさなければならない。
彼女は俺にとって大切な存在であり、左郷にとっても大切に想う存在である。
この世界に来て1週間のときが過ぎ、自分が何者であるかが分かってきた俺にとっては、この物語こそが今後の人生の指針となり分岐点となったはずだ。
これから語られる物語は試練というにはあまりにも愚かで、愚かというには情熱的過ぎる。
そんなお話だ。
「ねえ愛萌。シスコンってどこからがシスコンなんだろう」
昼休み。
一人寂しく弁当を啄いていた俺は、話しかけに来てくれた金髪のヤンキー、男虎愛萌に疑問をぶつけてみた。
「どうした急に。病院行くか? おぶってくぞ?」
いやいや。
これしきの事で病院を勧めないでもらいたい。ただの雑談だよ。
「ほら、今日の日本史の授業に聖徳太子が出てきたじゃん? 聖徳太子の親は異母兄妹だっていうけど、じゃあ聖徳太子のぱぱはシスコンだったのかなって」
「……。ふむ、聖徳太子ね! ふむ!」
……寝てたな。
完全に記憶にございませんって感じだ。
俺も見た目に関しては人のことを言えないけれど、でも根は真面目だ。授業中に寝たりなんて、一度もしたことがない。
前世の俺の放課後は、基本的に習い事で忙しかったので、テストでいい点を獲るためには授業中に頑張るしかなかった。
それは癖として、今も尚根付いているのだ。
まあ、最近は朝比奈さんと手紙のやり取りがあるので、真面目に授業を受けているかと言えば、愛萌とも大差ないのだけれど。
「つーか、なんで夏芽は起きてんだよ!」
あれ。なんで俺が怒られてるんだろう。
不真面目なのは愛萌の方なのに。
「あのな夏芽、いい事教えてやるよ。小野妹子は男なんだぜ? あいつは聖徳なんとかって人の妹じゃないんだぞ」
それくらい知ってるよ。
聖徳太子の名前すら曖昧な人に指摘されなくても日本人高校生の9割は知ってると思う。
「まあ、日本史の話は置いておいて、もう少し詳しく夏芽の話を聞かせてくれないか?」
「じゃあ、化学の話になるけどさ、シス・トランスのシスは、シスコンのシスなのかな?」
「それは100%ちげえ!」
「ふむ。でも、シスには自分側とかこっち側って意味があるんだよ。それを考えると、近親を思わせる単語に聞こえるわけだね。妹なんてのは一種の構造異性体みたいなものだと思わない?」
「……悪いけど、あたしにはお前が何を言いたいのか、1割も伝わってこない」
むー。
「……じゃあ、ぶっちゃけるけど、年後の妹と同じベッドで眠る兄ってどう思う? 腕枕をして、互いを互いの抱き枕にする兄妹」
「そんな兄妹三次元世界に存在するのか?」
「いやいや、たとえ話だよ。そんな兄、いるわけないじゃん。妹萌なんて、妹に虐げられし哀れな兄たちの幻想だよ」
いや、まあ、厳密にはいるのだろうけれど。
どこかにはいるんだろうけど。
たとえばほら、ボロアパートの一室に、とか。
「急に饒舌だな」
「そ、そうかな?」
……ええ、そうですよ。我が家にはベッドがひとつしかないので妹といつも一緒に寝てますよ(開き直り)
互いが互いの抱き枕です。
今の俺には、これまで15年間秋梔夏芽として生きてきた頃の記憶はないのだけれど、それでも冬実々のことは妹だと認識できている。
記憶にないところで認識している。
身体が覚えてる。
初日こそ混乱したものの、一週間のときを経た今の俺は裸を見ても見られても何も思わないし、一緒に寝ることに対する抵抗も驚くほどない。
冬実々の方も、2人で同じベッドを使うことになんの抵抗も示さないということは、つまり俺に陰キャの因子が取り込まれる前もそういう生活をしていたということに他ならない。
だから俺に妹萌えなんてものはないんだ。
そう。強いて言うのならば。
「俺は愛に萌えてるよ、愛萌」
「急に口説くな。そんなギャグじゃ全然響かねぇよ」
視線が冷たい。のにちょっと、口許が緩んで見えるのは、俺の希望的観測だろうか。
愛萌と出会ってから、もう一週間の時が流れた。
今じゃこうやって、冗談を言ったりもできる関係になっているのだから、俺の陽キャ度もだいぶ上がったのではないだろうか。
コミュ障も、口下手程度にまでランクアップしたと言っていい。今の俺はすごい俺だ。
「じゃあ、次は国語の話なんだけどさ。妹背って言葉知ってる?」
「いもせ……? わりぃ、わからん」
「……。」
「おい、言いたいことがあるなら言え」
つい無言になってしまった俺をジト目で見つめる愛萌。
「勉強……しないの?」
「お、お前に言われたくない! 学校に来ないお前に言われたくないッ!」
珍しく動揺した愛萌が指差しで俺を責める。
いや、仰る通りで。
ただ、俺の場合は勉強に関しては全く問題がない。
こう言っちゃあ、悪いけれど、この内容ならテストもほとんど満点に近い点数を獲れるはずだ。
愛萌の驚く顔が今から目に浮かぶようだぜ。
「で、話を戻すけど、妹背って言葉には恋人とか、夫婦って意味があるんだよ。けどさ、妹を背負うと書いて恋人って、なんてことだ! って思うよね」
厳密には背の字は兄を意味するらしいけれど、それでも兄と妹。ブラandシスだ。
日本の神話にも出てくるイザナギとイザナミも夫婦であり兄妹だった。
まあ、昔は血の繋がりはなくても、兄だの妹だのという表現を使っていたのは知っているんだけどね。
だとしてもだ。
なんなんだね、この国は。
「夏芽はあれだな。鬼滅〇刃は見ない方がいいな」
「なんで? あれ、すっごく面白いんでしょ?」
見たい。実はずっと気になってたのだ。たしかおじいちゃんが中学生の頃、めちゃくちゃ流行ってたって聞いた覚えがある。
こっそりとできるゲームと違って、アニメはテレビで見るものだ。水無月透時代の俺がアニメを見ることなんてできるはずもなく。
──そうか、今の俺はアニメも見放題なのか。
家にテレビないけど。テレビ買うお金ないけど。
でもいつか、アルバイトで貯めたお金でテレビを買ったら、冬実々も喜んでくれるだろうなあ。
あ、でも漫画なら今でも買えるか。
何日間かおかずがたくあんだけになっちゃうけど。
「俺は別にアニメや漫画を偏った見方したりしないよ。まさか妹を背負った兄が主人公ってわけじゃないんでしょ?」
兄妹で妹背してるわけじゃあるまいし。
普通に楽しむよ。普通に。
「……。そうだな」
「え、何その反応」
「いや、うん。……うん」
割と何でもはっきりと言う愛萌が言葉に迷っている。
まさか、主人公は背負ってるのか!?
妹を!?
「見るしかないな!」
「偏った見方しようとしてんじゃねぇよっ!」
「痛ァっ!」
愛萌にデコピンされた。痛い。
最近、愛萌の遠慮がなくなってきている気がする。打ち解けていると考えればその痛みも嬉しいものだけれど、多分彼女、加減を知らない。
「何でこんな話を真面目に議論しなきゃならないんだ?」
愛萌がついに冷めてしまった。
冷静に考えれば、実にアホらしい論議である。
だけど、俺にとっては割と重要だったりもする。
「じゃあ、愛萌。最後の質問。ロリコンとシスコン、愛萌が応援するなら、どっち?」
お読みいただきありがとうございます!
新しい章始まりました。
郷右近くんに関しては、後ほど触れます。
次話もよろしくお願いいたします。




