【閑話】ネオ・ガールズ・ストロング・サイクロン
閑話です。
本編にはほとんど関係の無い日常回です。
秋梔夏芽くんがクラスで一番多く会話をするのは、多分、男虎愛萌さんだと思う。
でも秋梔くんが登校時間ギリギリに教室へ着くのに対して、男虎さんが学校に着くのは比較的早いタイミングだ。
だから男虎さんは時折秋梔くんのことを彼の席の近くで待つことがあるのだけれど、何分2人の登校時間の差は広い。
暇を持て余した男虎さんが秋梔くんを待つ間に私へ声をかけるようになったのが、彼女との交流の始まりだった。
私にとって、異性である秋梔くんよりは幾分か話しやすくはあるが、それでも不良生徒である男虎さんと打ち解けるにはまだまだ時間を有すると思う。
だって、怖いんです……。
喋ってるとき以外はずっと不機嫌なんじゃないかって思う。それは秋梔くんも同じなのだけれど。男虎さんは滅多に笑顔を見せない。
「はよー、朝比奈」
パカパカと踵の潰れた上履きを履き鳴らしながら挨拶をしてきた男虎さんは、欠伸をしながら秋梔くんの席に腰を下ろした。
「お、おはようございます、男虎さん」
思わず伏し目がちになりながらも挨拶を返し、横目で男虎さんを観察。
人の引き出しを勝手に漁ってらっしゃるようだ。
「朝比奈って普段夏芽と喋ったりすんのか?」
「いえ、えっと、わた、私は特になにも、喋りません」
「ふーん」
自分から訊いておいて、私の返答を興味なさそうに流した男虎さん。
いや、今のは私が悪いかな。
また、やっちゃった。
即反省会だ。
次こそは、と思いはするけど、その反省が活かされるのはいつになる事やら。
「おっ!」
「ん?」
「おっ、おのとらさんは、普段秋梔くんと、何を話してるんですか?」
私は初めて自分から男虎さんに声をかけた。
や、やれはできるじゃん、私!
「あーそういや最近、夏芽の奴アルバイトを探してるって言ってたな」
「バイト、ですか」
「あたしは部活が忙しいだろうから無理だけど、お前は何かバイトしたりすんのか?」
「えと、私は実家が喫茶店なので、放課後はその手伝いをしたりしてます。……厨房です」
「ははっ。だろうな」
「あ、はい……」
男虎さんに悪気がある訳ではないと思うけれど、言葉を真に受けやすい私にとっては、あまり相性のいい相手ではない。
別に嫌いとかじゃあ、ないですけどね。
しょんぼりとする私には目もくれず、男虎さんは秋梔くんの引き出しの中にあった小説をパラパラと捲りだす。
朝のホームルーム10分前になったところで教室には生徒が集まり出したものの、未だに秋梔くんの姿はない。
「夏芽もあの感じじゃあ、厨房で働くことになりそうだけどな」
「あ、秋梔くんは、接客だってできますよ! きっと、マダムからも人気です! 大反響です!」
「 そ、そうか?」
期待値高ぇ…と、男虎さんは苦笑いを浮べる。
でも、全然そんなことない。
秋梔くんは口下手な私にペースを合わせてくれるし、人に寄り添える人だ。
行動も早い。気配りもできる。
むしろ向いてるくらいだ!
顔もかっこいいし、腹筋も割れてそう。
大反響はともかく、マダム達からの人気を勝ち取るくらいは簡単にできるはずだ。
「秋梔くん、うちで働いたりしてくれないかなあ」
「なんだ? お前、夏芽と結構仲良いのか?」
「え?」
「いや、あいつ登校初日からお前と揉めてたじゃん? 和解はちゃんとできてたんだなって」
「はい。秋梔くんは私の初めての人ですから」
初めて声をかけてくれた人。
初めて話を聞いてくれた人。
そして、やがては一番の友達となる相手だ。
「え? 初めてって……その、そういう事か?」
声のボリュームが少し下がった男虎さんから、問いが返ってくる。
何故か頬を赤らめて、動揺しているようだ。
あ、もしかして、自分が一番に秋梔くんと会話したと思ってたんですね?
残念。私が先だ。私が一番だ。
「優しい声で私の緊張を解してくれました。こんな私にも優しくしてくれたんです。彼は温かい人です」
今はまだ、堂々と友達を名乗ることはできない。
それでも彼が人と言葉を交わす勇気をくれたのは間違いない。
「秋梔くんが、今の私を育ててくれたんです」
私はしみじみと、左胸に手を添えて微笑む。
運命が変わったあの日を懐かしむように。
胸の温かみを抱くように。
「男に触られると大きくなるってやつか……てか、和解ってそういう和解かよ」
少し落ち込んだ様子の男虎さんが、小さな声で何かを言う。
私には上手く聞き取れなかったけれど、もしかしたら、男虎さんも秋梔くんの大親友の座を狙っているのかもしれない。
「いやあ、まさかそこまでの関係だとは思ってなかった。正直、ビックリだわ」
私だって、秋梔くんがいつか友達になる約束をしようと言ってくれたことにはかなり驚かされた。
ニノマエくんの勘違いで私と秋梔くんが引き剥がされたあの日の放課後。
私は本気で絶望していた。でも、翌日、遅刻しながらも登校した秋梔くんは私に謝罪の機会をくれたのだ。
秋梔くんは会話が苦手な私のために──
「自分も慣れていないふりしながら、リードしてくれました」
歩きながらの方が、緊張しないってアドバイスもくれて。
私が話せるタイミングまで待ってくれて。
まるで秋梔くんは陰キャラな私の気持ちを理解してくれているようでさえあった。
「ふ、ふーん。……で、どうだったんだよ。その、結構良かったのかよ?」
キョロキョロと辺りを気にしてから、顔を近づける男虎さん。
彼女が肩を組んできたことには驚いたけれど、できる限り怯えを表に出さないよう努めて問いかけに応じる。
良かったも何も──彼はいつだって良い人だ。
それを男虎さんが知らないはずもないだろうに。
「私が3000円払おうとした時も、いらないって言ってくれました」
「思わず金を払いたくなるほど気持ち良かったって事か……」
「え? いえ、それはちょっと違います」
なんのことだろう。
少し話が噛み合っていないような気もしたけれど、それを指摘できるほどの度胸は無いため、スルーを選ぶ。
「あれ〜、男虎さん、なっくんの席で何してるの?」
そこにニコニコと笑みを浮かべた二重さんがやってきた。
彼女は秋梔くんのことが苦手だと言っているのに、最近は色々と連れ回している。
今だって、秋梔くんに声を掛けようとしに来たに違いない。一体何の用だと言うのだ。
正直、彼女が何を考えているのかわからないので、私はイマイチ打ち解け切れずにいる。
私は少しだけ警戒のレベルを上げた。
「夏芽が来るまで時間つぶそうと思ってな」
「そっかー。なっくん、まだ来てなかったんだね。おしゃべりしたかったのに、残念」
わざとらしいくらいに眉を下げて落ち込んだ二重さん。まるで本当に残念そうに思っているように見えるけれど、本当のところ、彼女はなにを思っているのだろう。
「あの、二重さんは秋梔くんが苦手って言ってましたよね……?」
「そうなのか?」
「うん。ちょっぴり。あ、でもこういうことあんまり言わない方がいいよね」
「アイドルは気遣いが多くて大変だな」
「じゃなくて。男虎さん、なっくんのこと好きなんでしょ?」
──バサッ
男虎さんが手に持っていた本を床に落としてフリーズする。大丈夫なのだろうか、これ。
「な、なに言い出すんだよ。ビックリしたなあ、ビックリし過ぎてビックリしちゃったじゃねぇか」
「あれ。勘違いだった?」
「めっ、めちゃくちゃ勘違いだよ。トランプのクラブを三葉のクローバーだと思ってる並の勘違いだよ! あれ、実は棍棒だからな?」
男虎さん……雑学を披露して話を逸らさせようとしてるところが、逆に怪しいですよ?
「なんだ、ここらの勘違いかあ。下の名前で呼び合ってるし、こうして朝から話しかけるためになっくんを待ってるし、てっきり好きなんだと思っちゃってたよ。勘違いしてごめんね」
二重さんは後ろで手を組んで、ニコリと笑う。
下の名前で呼んでるのも、朝から会いに来てるのも、二重さんだって同じでは……?
「あ、でも、男虎さんは秋梔くんと遊びに行ったんでしたっけ」
本当はあの日、私が秋梔くんとお出かけするはずだったのに……。
「へえ〜仲良いんだね、男虎さん。それはいつの話かな?」
「確か、電車で私と二重さんが遭った日です」
私がそう言うと、二重さんの背後からパキパキッと音が鳴る。おそらくは指の関節を鳴らした音だ。
怖いです。なんで鳴らしたんですか……。
心做しか、二重さんの瞳が濁って見える。
「なんだよ、お前らその目は! 文句あんなら言ってみろ。あたしは、売られた喧嘩は買う主義だぞ!」
お前らって、ナチュラルに私を巻き込まないでください。私は無罪です。早く席に戻ってください。
「男虎さんはサバサバして見えて、むっつりなんだね」
ニコニコとイタズラな笑みを浮かべた二重さん。
お願いです。火に油を注がないでください。あなたもです。帰ってください。
「ああ? 言うじゃねぇか」
いよいよ現場もヒートアップしてきて、このままでは私にも飛び火してしまう!
そう思ったとき──私の耳は救いの声を拾った。
「みんな、おはよう。朝から元気そうだね」
「おはよう、なっくん!」
「はよ、夏芽!」
挨拶を返して秋梔くんに詰め寄る二人。
二人とも、本当に秋梔くんのこと好きじゃないんですか?
それが恋愛感情かは別としても、二人の様子を見て秋梔くんが好きじゃないとは到底思えない。
これもまた、私の経験不足ということだろうか。
男虎さんと二重さんに声をかけられた彼は一瞬困惑したような顔をしたけれど、いつもの優しげな微笑みを浮かべて言う。
「もうすぐ朝のホームルームが始まるから席に着きなよ。教室にいても席に着いてなかったら遅刻扱いだからね」
2人ともあなたを待ってたんです……。
2人の間をすり抜けて、席に着く秋梔くん。今日も爽やかな微笑みで会釈してくれた彼だけれど。
その背後、まるで莫大なエネルギーを内包した目でこちらを見つめる二人のせいで、私の朝の挨拶は失敗に終わった。
次のお話から新しい章に入ります。
よろしくお願いいたします!




