第一話 気絶の季節
本編第一話です。
これからよろしくお願いします。
色々とパニックに陥ったところを割愛し、結果だけ伝えようと思う。
僕こと水無月透17歳はゲームの世界に転生していました。以上。
30分ほど前から鏡の前で唸っていた僕だったけれど、ようやく落ち着きを取り戻した頃合である。
170後半に差し掛かるであろう身長と、片耳に空いたピアス。ミディアムショートの茶髪で、前髪は少し長め。そして、クールな雰囲気を生み出す切れ長の目。
ちょっと前まで中学生だった少年には見えない大人の色気に制服姿。
それが今の僕のだ。
「秋梔夏芽、だよなあ……」
秋梔夏芽とは、『友達100人できるかな』通称トモ100に出てくるチュートリアルキャラクターの青年で、コミュニケーションお化けのチャラ男であり、主人公の最初の友達だ。
僕もまだβ版のテストプレイでしかゲームをしたことがないので、あまり詳しくは知らないのだけれど、トモ100のあらすじは──
主人公が卒業までに100人の友達とフジ山の上でおむすびを食べることを目標に奮闘する物語。
といった感じだ。
悩みや問題を抱えた癖の強いクラスメイトを手助けしつつ友情を育んでいく。
そんな主人公のお助け役として1番最初に友人になるのが、隣の席の秋梔夏芽なのだ。
明け透けな性格と整ったビジュアル。更には女性から超人気の声優をあしらわれた彼は発売前からかなりの人気を博していた。
決めゼリフは「俺の筋肉がそう感じた」と「はっぴーとぅーゆー」だ。
セリフからお察しの通り、馬鹿である。
「ちょっとー、お兄ちゃ〜ん? 今日高校の入学式でしょ? いつまでゆっくりしてるのー?」
──ビクッ。
後ろから不意に声がかかる。
お兄、ちゃん……?
振り返った先にいたのは仁王立する頭一個分背の低い女の子。黒髪ボブヘアーでお目目がクリクリ。
やばい! とんでもない美少女だ!!
「はぶっ、はぶぶぶぶ」
ぼ、ぼぼぼ僕は今、女の子に話しかけられちゃったのか!?
無意識に奥歯がガクガクと震える。
母と妹以外の女性と最後のに話したのはいつだろうか。
恐らく二年前、隣の席の子に「消しゴム貸して」と言われたとき以来だ。
その時は勇気を振り絞って「うん」と返事をした記憶がある。
今の僕にあのときのような勇敢な心が残っているだろうか。
「はぶ? 何それ顔芸? へんなのー」
パジャマ姿の美少女は、ぷふっと笑うと3歩ほど距離を詰めてくる。
対して僕は、3歩ほど後退。さながら、S極同士の磁石のように。
陰極陽極で例えれば、あちらは絶対陽極。
僕は……うるさい! 言わせるなっ!
「うっ……」
どうしよう。緊張して吐きそう。
「そ、そうだ! 歯ブラシ、歯磨きをしようと思って! あははー」
必死に言い訳。
僕は直ぐに手元にあった歯ブラシに歯磨き粉を付けると口に放り込む。
冷静になれ、冷静になるんだ僕。
この子は僕の妹……妹なんだ。
そう思うと、少しだけ落ち着いてきた。
──僕の方は。
「ね、ねぇ。お兄ちゃん……」
対して、何故か急にワナワナと震え出す妹さん。
「ど、どうしたんだい? 冷静沈着で全然挙動不審じゃない本物の兄に何の質問かな?」
「……それ、私の歯ブラシだよね?」
「え?」
目を凝らすと、歯ブラシの持ち手の部分に平仮名で「ふゆみみ」と書いてある。
十中八九、彼女の名前と見て間違いないだろう。
どうやら、僕は妹の歯ブラシで歯を磨くという悪行をはたらいてしまったらしい。
「ああ、えっとこれは……」
「へっ、変態! お兄ちゃんのバカ! 宝物がひとつ増えちゃったよぉ〜!」
セオリー通りに迫るであろう妹のビンタに備えた僕は、まさかの鬼神大回転蹴りを腹部に受け、あまりの衝撃でフラフラと仰向けに倒れる。
「「あ、」」
倒れた先にあったのは洗面台。
僕はそこに後頭部を強打して、そのまま気絶した。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、大丈夫? ビックリしちゃって! ごめんね! いつものお兄ちゃんなら避けられるから……つい」
目が覚めると視界に映ったのは見知らぬ天井なんかではなく、クリクリの目を涙で濡らす妹の姿だった。
「大丈夫だよ」
「良かったぁ」
美少女の抱擁を受けた僕は鼻血を噴いて再び気絶した。
避けられるからって、蹴っていい訳じゃないんだ……ぜ。
次に僕が目を覚ましたのは、日が暮れてから。
カラスの鳴き声が夕焼け色の空に響いていた。
なんだか長い夢を見ていた気がする。
どうやら僕は、水無月透の記憶と引き換えに、これまでの秋梔夏芽としての記憶をほとんど失ってしまったらしい。
転生に気付いたのは今日だけれど、これまで15年、僕は確かに秋梔夏芽として生きてきたのだ。
その確信が、今の僕にはある。
僕は上体を起こして周囲を確認。
お腹の上には、僕を枕にした妹が寝息を立てている。
心配してくれたのか。悪かったかな。
僕はそっと彼女の頭を撫でる。
君のことを覚えていない薄情な兄を許してくれ。
「……それにしても、ここが僕の新しい家なのか」
正直狭い。
こじんまりとしたワンルームしかないこのアパートの一室は、壁や天井がボロボロ。秋梔家は裕福ではないようだ。
ベッドもひとつしかない。……もしかして、僕は床ですか?
「ねぇ、冬実々さん? 起きてもらっていい?」
僕はゆさゆさと肩を揺する。
「むにゃむにゃ、自白するまで続けろ……」
一体何の夢を見てるの!? 拷問!?
続きが気になってしまったけれど、僕は構わず起こす。
「起きて、冬実々さん!」
「……んにゅー。おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう。もう夕方だよ」
「んっんー。もうそんな時間かぁ。学校遅刻だねぇ」
「あ! そうだよ! 早く学校に行かなくちゃ。今日は大事な入学式なんだか……ら……?」
あほーう、あほーう。
カラスの鳴き声が聞こえる。
「…………嘘だッ!」
部屋に時計がないと気付いた僕は、急いで部屋の隅で充電されっぱなしのスマホの元へ。
夏芽のだと思われるスマホの画面。
気になる時間は──っ!
「17時19分……」
どうやら、僕は入学式をサボってしまったらしい。
第一話お読み頂きありがとうございます。
これから始まる秋梔夏芽くんの波乱万丈な人生を見守ってくださると幸いです。
まだ始まったばかりではありますが、良ければ評価ボタンを押して頂けると、私も勉強になりますので、どうかお願いします。