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悪魔会議


 ここでアイドルグループ【はにぃ♡たいむ】の補足をしておこうと思う。

 現役女子高生アイドル3人によるこのグループは、全員が異世界のお姫様という設定だ。

 赤服黄熊や弟の三太が二重さんをココラ姫と呼ぶ理由であり、ファンは自らを騎士と称する。

 

 恐らくはその姫と騎士の呼称が、過激なファンを大量生産した所以でもあるだろう。

 とくに、芸能界でも日常生活でも、常に完璧であり続けようとする二重さんの求心力は強い。


 彼女の闇の部分に気付いているのは、ゲーム知識を持つ俺と、精々彼女の家族くらいだろう。

 二重心々良は自分が善人であり、導き手であることを徹底している。

 それはもうすごい執念だ。馬鹿にできない。


 そんな二重さんに心底惚れ込んで、彼女を応援したいと願ったファン達。

 その中でも過激派なファンの集団を黒の騎士団という。

 今回朝比奈さんを拉致監禁したのが、まさしく黒の騎士団だ。



「これより、ココラ姫専属騎士、黒の騎士団による会議を執り行う」


 「ここちむ」こと二重心々良のファンのひとりが、高らかな宣言をする。

 それを、俺は十字架に磔にされながら聞いていた。


 会議というよりは裁判だ。

 それも、俺を裁くための。


「議題はこの悪魔の処罰についてと、一応の事実確認である」

 

 朝比奈さんが部屋を出たあと、俺はすぐに拘束された。


 抵抗しようとも思ったけれど、俺に襲いかかってきた人の中には、小柄な女性や押せば倒れそうなご老人がいたので、大人しく拘束されたのだ。


 その気になれば、全員倒せた。本当だ。

 足が竦んで動けなかったりなんてしてない。


 ……いや、でも、怖いよ。鬼の形相で複数人の大人が飛び掛ってくるというのは。

 朝比奈さんがトラウマを負っていないか心配だ。


 どうやら俺は、襲われている最中に気絶してしまったらしいく、気付いたら磔にされていた。


 縄でキツく結ばれた手首が痛む。


 どれだけの時間気絶していたかはわからないけれど、とにかく時間がない。


「さて、悪魔よ。正直に答えろ。貴様がココラ姫を誑かしたというのは本当か?」


 誑かす……か。

 俺からすれば、この人達が言ってることの方が余程狂言的だ。


 みんなして悪魔だのアクメだの!

 俺はちゃんと人間だっての。


 今回こそは、ビシッと言ってやる!

 陰キャだからって、全員が内気だと思うなよ。


「あ、あの、俺は、ほんと、違うんです。全部誤解なんです」

 

「……」


「逆にここちむが、俺を選ぶと思いますか?」


 言ってて悲しくなるけれど、その言葉がすべてだ。

 俺は秋梔夏芽の容姿を手に入れた。

 しかし、人は見た目じゃない。中身だって重要なのだ。


 誰が二重と秋梔が付き合っている、なんてデマを流したのかは知らない。

 ただ、冷静に考えれば俺たちが釣り合っていないことくらい自明だ。


 同じクラスで言うならば──成木泉くんとかは、意外といい線いくのではないだろうか。


 まあ、ナルシストなのがネックだけれどね。

 休み時間にトイレ行くと、大体鏡の前に立ってるんだよなあ。


「だが、貴様がココラ姫に、遠足の班へ誘われたとの情報が入っている。真実か?」


「それは……はい。真実です」


「貴様が飲みかけたコーヒーをココラ姫が飲んだとの情報がはいっている。真実か?」


「はい、真実です」

 

 

 ……あれ?


 まずいな。

 これじゃあ、付き合っていることを否定できても、死刑は免れないのではなかろうか。


 俺の行いはここにいるファン達を嫉妬させるには十分過ぎる理由だ。

 嫉妬に駆られた彼らに歯止めが掛るとも思えない。


「……っ」


 焦燥感が背を撫でる。

 真実を語れば、彼らは納得してくれるのだと、心のどこかで高を括っていた。

 しかし、どうだろう。コーヒーに関しては、俺から二重さんに飲んでくれと頼んでいる。


 

「有罪に反対の者は?」


 いるはずがなかった。

 俺を囲むように座ったファン達はまるで親の仇ののようにこちらを睨みつけている。

 身の内の憎悪を隠すつもりは全くないようだ。


「……っ」

 

 冷たい汗が首元を伝う。

 さっきから心拍数が上がったまま留まることを知らない。


 ここに来て、ようやく危機感が仕事を始めた。


 逃げたい。……逃げたい、逃げたい、逃げたい。


 恐怖が心を支配し、視界が霞む。


 しかし、どれだけもがいても、十字架に磔けられた俺の拘束が緩むことはない。


 絶対絶命の危機。

 過去の思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。


「……」


 息がつまった。

 流れゆく記憶の中の俺は──僕は。

 どれもつまらなそうな顔をしていて、笑顔のひとつも見せやしない。


 ほんとうに、面白みのない人生だ。


 それでも、こちらの世界に来てからの俺はなんだかんだ、毎日が充実しているようで、時折笑顔を見せるようになった。


 妹とのくだらない日常会話。

 朝比奈さんとの手紙のやり取り。

 愛萌との会話や遊びに行ったり──


 楽しいこともたくさんあった。


「……死にたくないなあ」



 そう思った時。

 記憶の中にひとつのピースを見つけた。

 それは俺が「ゲーム知識」と呼ぶもの。


 手を伸ばし──掴み取る。


「……これは」


「辞世の言葉を聞いてやるでやんす」


 いつの間にか俺を囲っていた黒の騎士たちを代表して、赤服三太が口を開く。


「……俺は、ココラ姫に選ばれた男だ」


「スマンが、もう少し大きな声で言ってくれないと聞こえないでやんす。もう一度言ってみろでやんす」


 赤服三太くんは俺の胸ぐらを掴んでそう言った。

 怒りで目が赤く充血している。


 それでも、俺は怯まない。


「俺は! ココラ姫の近衛騎士に選ばれた男だッ!」

 

「近衛騎士……? 嘘でやんす」


「嘘じゃあないッ!」


 嘘も嘘。大嘘だった。


 近衛騎士。

 ココラ姫に最も近しい騎士のことである。

 彼らファンクラブの連中は、ボディガードのことを勝手にそう呼んでいる。


「俺が遠足に誘われたのは、彼女の身を護るため。そして、飲みかけのコーヒーを与えたのは……」

 

「杯の儀……でやんすか」


「……? そ、そうです。ヨクシッテマスネー」


「では、二重極殿と戦ったのも、近衛騎士として相応しいかの試験だったってわけでやんすか」


 いや、だから、俺はその人と関わりないです。

 多分戦ったのはニノマエくんです。


 俺は喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 何となく、自分に有利な空気になってきたように感じたからだ。


 そして、それが間違いでなかったことは直ぐに証明される。

 


 赤服三太くん達はファンの間で互いに顔を見合せると、やがて俺の目の前で跪いたのだ。


「秋梔殿、大変失礼いたしました」


「手首が痛いなぁ……」


 俺がボソッと呟くと、慌てたように、ここちむのファン達が俺の縄を解く。


「緊張して喉が渇いたなぁ」


 オレンジジュースが出てくる。


 すごい。この人たち、俺の独り言に反応して応えてくれるんだ。


 近衛騎士……何者だよ。


「えっと、じゃあ、俺はこれからここちむのところに行こうと思います。ので、みんなにはココラ姫に彼氏が出来たって噂を否定してもらいたいのです。ファン達は真実を知るべきだと思いますから」


「はっ」


「あ、あと、有りもしない噂を流した張本人がもし見つかったなら、お説教しておいてくださいね」


 こっちは散々な目に遭わされたのだ。

 少しくらい反省してもらわないと。


 俺は駆け足でその場を離れる。

 二重さんが心配だ。



☆☆☆☆



「ココラ姫も流石でございますね。まさか秋梔夏芽を護衛につけるとは──」


 秋梔夏芽を見送り、やがて立ち上がった騎士の一人が感心するように、そう言った。


 先程襲いかかった際には、最大火力のスタンガンを7発食らわせても気絶しなかった男だ。恐らくインドゾウよりも強い。


 そんな男を易々と手に入れることができるなんて、ファン歴の長い三太とて、ココラ姫の魅力は計り知れない。


「姫の前ではあの悪魔でさえも骨抜きでやんす」


「いや、ココラ姫も確かに凄いが、秋梔夏芽……あの男は恐ろしいほどの知性と腕力を備えているな」


「ああ。間違いない」


 恐らくだが、今回の件、黒の騎士団たちは、あの秋梔夏芽という男に試されていたのだろう。


 最初から──すべて予定調和だったというわけだ。


 実際、自分が近衛騎士だと名乗るタイミングは他にもあった。にも関わらず、彼がそうしなかったのは、黒の騎士団が本当にココラ姫を護る騎士として相応しい人材なのかを観察するためだ。


「彼は……私たちに失望してしまったのでしょうか」


 ファンのうちのひとり。

 女子大生の騎士が、小さな声で言った。


 噂に踊らされ、更には近衛騎士を十字架に磔にしてしまったのだ。

 ファンクラブ脱退を命じられたとしてもおかしくない。最悪の場合、警察沙汰だ。


「……かもしれない、でやんす。でも、彼はチャンスをくれたでやんす」


 他のファンたちに真実を伝えること。

 そして、ありもしない噂を流してファンクラブを掻き乱したやつの粛清だ。


 その任務を与えられたということは、少なくともまだ、ここちむのファンを続けることは許されているということだ。


「それにしても……彼は演技力が凄まじく高いですね。見破れませんよ、あんなの」


「ああ。すっかり騙されたでやんす」


 その気になれば、ここにいるメンバーなど、一網打尽にできるだけの力を彼は持っている。

 二重極に無傷で勝つとは、そういう事だ。


 だが、実際に現れた秋梔夏芽の様子は、本当に怯えているようにしか見えなかった。


 目を伏せ震える姿は、狼の群れに囲まれた子ヤギのそれだ。


 では、彼は、近衛騎士に相応しくない軟弱な人間なのか? それこそ否だ。


 秋梔夏芽が自信を近衛騎士だと明かした時のあの覇気。あれこそが、あの男の本当の姿だ。


「悪魔とはよく言ったものでやんす」


 ネタばらしをされた今も、本当に秋梔夏芽が演技で怯えていたのか、と疑問に思うほど、人を欺く術は一流である。


 少なくとも、普通の人間に太刀打ちできる相手じゃない。


「まずは、団長に連絡をするでやんす」


 ここちむに彼氏が出来たというデマが流れて以来、連絡の取れなくなっている黒の騎士団団長。

 今日、この場にいない彼に知らせることが最優先だ。


次回、二重心々良と対面。


もうすぐ次の章に移ります。

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お読みいただきありがとうございます。 高評価頂けると更新の励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。 大量のメスガキとダンジョン攻略するローファンタジー  メスガキ学園の黒き従者〜無能令嬢と契約した最凶生物は学園とダンジョンを無双する〜 小説家になろう 勝手にランキング
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