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立て、立つんだ




 夜鶴とお茶をしながら談笑していると、学校のチャイムが鳴った。時刻を見ると15時30分。どうやらそれは、文化祭1日目終了の合図だったらしい。


「あっという間だったなあ」


「そうですね。それだけ楽しかったってことかもしれません」


「うんうん」


 前世で文化祭に参加したときは、苦痛な程に時間が長く感じたけれど、今年の文化祭は本当に早かった。

 この後は、16時から中夜祭が始まる。文化祭と違って中夜祭の方は強制参加ではないので、帰りたい人はこの時点で帰ってもいいらしい。


「夜鶴はどうするの? 中夜祭出る?」


「えっと……そうですね、出てみよっかなって思ってます」


 夜鶴は解かれた髪を三つ編みにしながら、小さく笑う。彼女もきっと、楽しかったんだと思う。そんな気がした。


「そっか。じゃあ、俺も残ろうかな」


 今日の文化祭は色々あったけれど、なんだかんだ楽しかった。いっぱい怖い思いしたけれど、楽しかった。

 夜鶴さえよければ、引き続き一緒に中夜祭を楽しみたいものだ。


「えっと、それってつまり……」


 夜鶴が何かを言いかけたそのとき、俺と夜鶴のスマホが同時に通知を受け取った。本来なら人前でスマホを確認したりはしないのだけれど、タイミングがタイミングだったので、何事かと思い画面を見る。


 するとどうやら連絡をくれたのは左近のようだった。明日のバンドに向けてのリハーサルをしようとのことで、グループLlNEで呼びかけをしてくれたらしい。


「そういえば明日でした……」


「そうだね」


 今更ながら、人前で歌うなんてハードルが高いのではないかと、ビビり始める。


「夜鶴はいけそう? ……あっ、ダメそう」


 夜鶴もプルプル震えてる。わかるよ、緊張するよね。

 俺なんて他にも柏卯さんとイリュージョンしたり、皇さんとヴァイオリン弾いたりするからね。

 

 ヴァイオリンはコンクールのお陰でいくらか慣れているけれど、今の俺は昔ほど上手く演奏ができない。皇さんは褒めてくれたけれど、自分自身が納得していないのに、みんなの前で披露して大丈夫だろうか。


 それにイリュージョンだって──


「ああ、なんかネガティブモード入ってるかも」


 せっかくの文化祭でこれはよくない。

 俺は勢い任せに立ち上がる。


「とりあえず一旦教室に行こうか」


 15時40分からホームルームがあるので、それには参加せねばならない。1日目の文化祭ももうお終いだ。一抹の寂しさを感じながら、騒がしい廊下を歩いて教室へと向かった。


「お、キタキタ。お前また随分とやらかしてるらしいじゃん?」


「え? うん、まあ……うん?」


 心当たりが多すぎてどれのことだかわからないよ。

 今日一日で色んなことに巻き込まれたからなあ。膝が大爆笑の一日でした。


「さっき伝えたとおり、中夜祭の時間でリハーサルしてぇんだけど、時間大丈夫か?」


「うん。俺と夜鶴は大丈夫だよ。愛萌と二重さんは?」


「あたしはへーき」


「ここらも大丈夫だよ!」


「そっか。じゃあ、少しは遊べるにしても、17時半くらいにはリハーサル始めたいね」


 昼夜祭は19時までなので、時間で言えば3時間ほどしかない。あまり長く遊んでいる余裕もなさそうだ。


「じゃあ、5時半に体育館集合ってことで、楽器も忘れずにな。俺はとくにやることもねぇし、先に体育館行ってようと思うけど、お前らはどーする?」


「じゃあ、ここらも準備しておこうかな!」


「俺は少し周ってから行きたいかな」


「えっと、私も、そうします!」


「あたしは……はあ。柔道場に行ってくる」


「柔道場? なんかあんのか?」


 愛萌の言葉に、一瞬左近と同じような疑問を思い浮かべたけれど、すぐさま思い出す。そういえば今日の中夜祭で、俺は呼び出しを受けていたのだった。しかも殴ると言われている。


「同中のやつとちと揉めてな。まあ、気にすることねぇと思うけど、一応様子は見ておこうと思ってな」


「……俺も行った方がいい?」


「いや相手にしなくていいだろ。これ以上問題起こしたら、そろそろやべぇだろ、お前」

「確かに……」


 行かなくていいなら、俺も行きたくない。せっかくの文化祭なのだから、暴力沙汰なんて勘弁だ。

 俺は俺で楽しく過ごそうと、そう思っていたのだけれど、結論から言えばそうはならなかった。

 

 あの時の告白は、あまりにも大勢が聞いていたため、ギャラリーの量が尋常ではなかったのだ。

 結局、野次に耐えかねた俺は自らの足で柔道場に向かうことになる。すると、そこには空手着に身を包んだ山川くんがいた。黒帯だった。


 対して、俺はオーバーサイズのクラスTシャツ。背中には大きく【吾輩はネコである】と書かれている。文化祭実行委員の人が、個人個人に合う言葉を入れてくれたらしい。夜鶴のは三つ編みメガネだ。書かれて気持ちの良い言葉ではないよね、多分。

 

 俺の場合は夏目漱石から取ったのかなって思ったけれど、デザイン担当が一二三さんだと聞いて、何となく察してしまった。はっきりいって、この言葉を背負いながら歩くのは、夜鶴以上に厳しいと思う。


「よお、逃げずによく来たな」


「うん……」


 本当によく来たよ。殴られると分かっていて向かうのに、どんなに勇気のいることか……。


「屋上で伝えたとおりだ。俺はお前をぶん殴る。ぶん殴るが、ただ殴られるだけじゃあ、フェアじゃねぇよな。俺は別にただ暴力を振るいたいわけじゃねぇ。だからよ、来い。正々堂々、格闘技で決着をつけようぜ」


「格闘技……」


「ああ。総合格闘技でどうだ?」


 どうといわれても、拒否権なんてないのだろう。

 これだけのギャラリーの前であっても、みっともなく棄権をするだけの勇気はある。あるけれど、例えそうしたとしても、それで黙って引き下がる山川くんではない。


 俺はいやいやながらもこくりと頷いた。


「決まりだな」


 柔道場なのに空手着を着用している時点で、何となく嫌な予感はしていた。もしかしたらあの手この手で攻撃してくるんじゃないかなあって気はしてた。

 幸いにも、目潰しとかはルールで禁止されているみたいだし、死にはしたいだろう。泣くほど痛い目に遭うかもしれないけれど、命までは取られない。そう考えたら、朝よりはマシかもしれない。あの人たちは殺り兼ねない人たちだった。


「いいのかよ」


「よくないよ」


 愛萌がボソッと言った声に、突っ込む。

 全然よくない。でも、それで気が済むって言うんだったら、彼の拳は俺が受け止めてやればいい。それでおしまいだ。俺は投げ渡されたグローブを受け取ると、騒がしい歓声の中、殴られる為に立ち上がった。


 

 

 

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