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完成度たけーなオイ



 まさか女の子とふたりでお化け屋敷に入ることになるなんて、前世の俺じゃあ想像も出来なかっただろう。

 だけど今、俺は夜鶴と共に、お化け屋敷に入る為の列を並んでいる。相変わらずコミュニケーションは下手なままだけれど、それでもこうして俺を受け入れてくれる人たちに出会えたことは、本当に幸運だと思う。

 今年の文化祭は楽しみ尽くすしかない!


「はあ〜ドキドキしてきました」


 密かに心に火を灯す俺の隣で、夜鶴が胸に手を当てて、はにかんだ。


「夜鶴って幽霊とか見えるんだよね? それでもやっぱりお化け屋敷は怖いの?」


「怖いですよ! 化け屋敷の怖さって、びっくりする系の怖さですよね。お化けはともかくとしても、暗いところで驚かされたら、やっぱり怖いですよ」


 なるほど。

 俺は幽霊なんて見れないのでやっぱり怖いものは怖いのだけれど、日常的に幽霊が見えている彼女にとっても、お化け屋敷は楽しめるものらしい。


 この学園のお化け屋敷はかなり怖いことで有名だ。

 毎年文化部で有志を募り、西側の校舎の1.2階をまるまる全部お化け屋敷としているのだ。凝り具合が違う。

 経由する教室には音楽室や美術室、理科室などが含まれており、それを聞いただけでも背筋に寒いものを感じる。


「あ〜ヌルヌルしてきた…あ、間違えた。ドキドキしてきた」


 いや、まあ、手の方は少し汗ばんでいるのだけれど。心臓の鼓動が、入口に近づくにつれて加速していく。こんな想いは初めて。


「1、2、3」


 わー。あと前に3組しかいないよ。


「だっ、大丈夫ですよ、夏芽くん。いざとなったら私を盾にしてくれていいですから! 私が夏芽くんを守ります!」


「かっ、かっこいい……」


 かっこいい。でも、それはつまり、相対的に俺がかっこ悪いということになる。それは嫌だ。

 俺にだってプライドがあるのだ。ちっぽけな矜恃だけど、見栄を張りたいのだ。男の子だもん。


「それに夜鶴もドキドキしてるって言ってなかった? 自分だけ守ってもらって、夜鶴に怖い思いをさせるわけにはいかないよ」


 夜鶴を置いて走り去ってしまう可能性は完全には否めないけれど、精一杯秋梔夏芽のイケメンフェイスを駆使して格好付ける。我ながら滑稽だ。


「……いえ、それは、その、男の子とふたりで暗いところに行くのがはじめてで……緊張してるから……」


「お、おう……」


 たしかに。考えてみれば、俺も初めてだ。

 こんなことなら冬実々にでも頼んで予行演習しておくべきだった。……いや、あの暴力的な妹はお化け役の人に攻撃しだす可能性があるから、頼むなら春花の方か。

 あの子は内弁慶というか、家の外では大人しいのでちょうど良かったかもしれない。


 とはいえ、そんなことを今更考えたところで、意味は無い。順番は次だ。俺は大きく息を吸って精神を統一する。怖くない怖くない。全然怖くないほんとだよ。


「…………。」


「どうぞ〜」


 上級生に誘われるようにして、暗闇の中へ。

 小さな明かりに照らされた受付の前に立たされる。


「おっ、1年生カップルかな。いやあ、今日は来てくれてありがとう。早速だけれど、僕の話しを聞いてくれないかな」


 そう前置いて語り出されたのはこのお化け屋敷の世界観とルールだった。


「いやあ、実は僕ね、西校舎のどこかに大切なお守りを落としてしまったんだ。早く見つけたいところなんだけど、昔から変なうわさがあってさ。どうやらこの校舎、幽霊が出るらしいんだよ。僕は幽霊なんか信じてないぜ? 全然信じてなんかないんだけどさ、万が一ってことがあるからさ。代わりにお守りを探してくれる有志を募ったところ、君たちが来てくれたってわけさ。いやあ、本当に助かるよ!」


 芝居掛かったセリフとは裏腹に、自然な口調で語る上級生。そういえばお化け屋敷を運営している部の中に演劇部もあったような気がする。


「多分どこかの教室に落ちているはずなんだ。よろしく頼むよ!」


 俺の肩を二度叩くと、カンテラをひとつ手渡してきた。小さな光が揺れていて、とても頼りない。


「んじゃあ、よろしくな!」


 背を押され、カーテンを潜ろうとしたところで、入口に隣接する出口の方から、階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。


「びくんっ!」


 他に遊びにきた生徒の足音だ。

 それなのに心臓が口から出そうな程に跳ねる。


「びっくりしたあ……」


 我ながら、本当に臆病で困る。

 少しすると、声を上げながら泣く女子生徒と、その子の肩を支えるもうひとりの女子生徒が姿を現した。


 ……まじか。本当に怖いんだなあ。


「ほら、時間がないから早く行った行った!」


 再度背を押されてカーテンを潜る。


「あっ、あの、手繋ぎますか!」


「うわあああああ!」


「えにゃっ!? なんですかっ!」


「……いや、夜鶴が急に大声出すから」


「あ、す、すみません!」


 カンテラを向けると、弱々しく眉を下げた夜鶴が背を曲げていた。とりあえず一旦落ち着こう。

 俺はカンテラを握っていない方の手をくしくしとズボンで拭う。


「……ふぅ。えっと、手繋いでもらっていい?」


「はい!」


 俺よりも幾分か暖かい手が俺の手のひらに収まる。身長差からもある程度想像はできていたけれど、夜鶴の手は本当に小さい。少しでも力を入れたら握りつぶしてしまいそう。……気をつけなきゃ。


「じゃあ行こうか」


 再び現れたカーテンを潜り、廊下を行く。

 暗幕の張られた廊下はかなり暗い。とはいえここはまだカンテラが必要な程の暗さではなく、電気をつけていない夕方の部屋と同じくらいだろう。

 足元も夜鶴の顔もしっかり見える。


 ただ明るいということは、同時に辺りの景色も見えてしまうということだ。クレヨンで殴り書きされたような気味の悪い絵や、ところどころに転がるバケツ。立ち入り禁止のテープが貼られたトイレなど、徐々にその世界観に誘われているようだった。


 キョロキョロと、怯えながら進んでいると、突如夜鶴の足が止まる。


「…………あの、声聞こえませんか?」


「え?」


 難しい顔をして耳を澄まさている夜鶴に倣って注意を傾けていると、彼女の言う通り、僅かながら女性の声らしきものが聞こえてきた。恐らくそれは今通り過ぎたばかりのトイレから。


「……ぁぁぁぁぁぁ゛」


「聞こえる……。うわ、怖っ!」


 かなり注意深く耳を澄ませなきゃ聞こえないような声。きっとここを通った多くの生徒たちも聴き逃しているはずだ。だけど臆病な人ほど勘づく。故に怖い!

 こだわり過ぎだよ……。


 俺たちは再び歩みを進め、ゴールを目指す。西校舎は廊下の端と端に階段があり、手前の1階階段前をスタートし、奥の階段を上り、最後手前の階段を下りてゴールだ。

 俺は2階に向かうための階段に足を掛けようとして、思わず言葉を失った。

 

「…………。」


 見上げる先は真っ暗闇。

 階段の途中から上は、目視できないほどに暗いのだ。

 初めから暗かったならば、それはそれで我慢できたかもしれない。しかし、自ら暗闇の中へと歩みを進めるという行為には並々ならぬ勇気が必要だった。

 制作陣いやらしすぎるよ。

 どうやら夜鶴も俺と同じ気持ちだったようで、俺の手を握る力が僅かに強くなった。


「いっ、行きましょう」


 夜鶴は声を震わせながらも、一歩ずつ段を上がる。踊り場を折れた頃にはどこもかしこも真っ暗で、カンテラの灯りに照らされた僅かな範囲以外何も見えない。

 というか──寒い。

 明らかに1階とは室温が違っていた。


「へくちっ」


「大丈夫?」


「はい。すみません、大きな音出して」


「ううん。大丈夫だよ」


 壁に書かれた不気味な矢印の指す方に向かう。

 今のところ、誰かが脅かしてくるようなことはない。ずっとこのままでいてくれたらいいのに、なんて淡い期待をしていると、それを嘲笑うかのように、子供の笑い声が聞こえ始めた。


「ううぅ」


 怯えた夜鶴が俺の腕を抱き抱えるように擦り寄ってくる。普段の彼女からして、恐らくそれは無意識だったに違いないが、こうも大胆に密着されてしまうとちょっとドキッとしてしまう。

 俺は夜鶴の手をしっかりと握り、1つ目の教室に入る。赤いライトにてらされて、少しだけ明るくなった部屋。そこにはたくさんの机が並んでおり、そしてその一番奥の席に、髪の長い女性が俯いて座っている。

 セーラー服に身を包んだ女子生徒は、微動だにせず、ただずっとそこに座っている。

 幸いにもここからはかなり距離があった。可能な限り遠くを通って教室を抜ければ、追いかけられても逃げられるはずだ。


「ああ……ダメです」


「え? ……………………〜〜〜〜っ!」


 嘘だろ………………。

 夜鶴の言った言葉の意味を理解し、思わず絶句する。俺はこの教室に入った時、たくさんの机が並んでいると、そう思っていた。

 だがよく見ると、それらのほとんどは、鏡に写ったものであり、現存するものではなかったのだ。

 バレエ教室にあるような大きな鏡が壁のように立ちはだかっていた。あの俯く女子生徒の方へと進む道を作るように。

 ゴールするためには、自らの意思でその女子生徒に近づかねばならない。……狂ってる!


 夜鶴はお化け屋敷に入る前とは打って変わって、俺を盾のようにするとグイグイと背を押してきた。本当はもっと慎重に歩きたいのに、強制的に歩みを進めることになる。そしてついにその生徒の正面に着く。それでも彼女は微動だにしない。


 わっ、わわわわかってるんだぞ!

 背中を向けた瞬間襲ってくるんだろ!


 俺は壁に背を預け、死角を作らないようにしながら女子生徒から離れる。俺の後ろを歩いていた夜鶴が、今度は俺の盾となるような形で警戒をしながらそろりそろりと距離をとる。


 そして何事もなく教室の出口にたどりついたところで、ホッと息を吐こうとしたそのとき──掃除用具入れからドカンッ! と、扉を叩くようなラップ音が響いた。


「「ぎゃああああああああああああ!!!!」」


 ああ。おしっこちびり──

 


 

 

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