悲しい仲間
「「彼氏いたの?」んですか?」
「いねえよ。あいつの勘違いだろ」
「そうなの?」
「そうなのって、お前……。夏芽は一緒にいただろうが。あたしとお前が……その、一緒にデー……かけたときの、あれだよ」
「ああー」
愛萌と服を買いに行ったときのことを勘違いしているのか。確かにあの時、愛萌は買ったばかりの服を着ていたし、男女ふたりで歩いていればカップルと見間違われる可能性もあるだろう。
「でも愛萌ってあの時付き合ってないって否定してなかったっけ?」
「したよ。しててもあれなんだよ。話し聞いてなかったんだろ、どうせ」
なるほど。
左近といい、山川くんといい、人の話しを聞かない人ばかりで困っちゃうね。
やれやれと息を吐くと、愛萌は俺のことを睨んできた。……わかってます、俺もどちらかというとそっちの分類だってことだよね。自覚はしてるよ。
「夏芽くんと男虎さんがデートしたって噂、ホントだったんですね、やっぱり安藤さんが言っていたのは正しかったんだ……」
ポツリと呟くように夜鶴が言う。
そういえば、あの日下駄箱のところで会った安藤さんが言いふらそうとしていたっけ。
あの子、大丈夫かなあ。今日は1日中店員役をやると言っていたけれど、彼女は彼女で文化祭を満喫できているだろうか。アンドロイドである彼女には感情がないと言われればそれまでなのだけれど。
「あれ? でも、つまりはそういうことで……たっ、大変です、夏芽くん。もしも男虎さんの彼氏を夏芽くんと勘違いしているのなら、後夜祭で殴られるのは夏芽くんということになってしまいます!」
「まっ、ちょっ、夜鶴声がでかい!」
『おい聞いたかよ、後夜祭で闘うの秋梔夏芽らしいぜ』
『まじかよ。うわ、ちょっと気になるんだが』
『ビラを配れビラー!』
人が密集する場所で夜鶴が声を上げるものだから、噂が波紋のように広がってしまう。
「ごっ、ごめんなさい!」
「……もう慣れたよ」
よくある事です。
テンプレです。
「逞しくなったなお前」
「いや、愛萌だって他人事じゃないでしょ?」
「そうか? そうでもないと思うぞ」
「え?」
愛萌の言葉の意味がわからず首を傾げていると、再び辺りの声が耳に入ってきた。
『秋梔夏芽の彼女ってあの子じゃない?』
『うわっ、めっちゃ可愛いじゃん! 初めて見たんだけど。何年だ?』
『やばっ、めっちゃ面白くなってきたわ』
なるほど。
どうやら俺のすぐ隣にいたのが夜鶴だったせいで、彼女が俺とお付き合いをしている相手だと勘違いされてしまったらしい。
夜鶴も今になって状況を理解したようで、挙動不審になっている。
「んじゃあ、あたしは帰るわ〜」
スタスタと、歩いて行ってしまう愛萌。
さすがにこのままではダメだと、俺もその背を追う。
「ちょっ、待ってよ! 山川くんは愛萌の知り合いでしょ? どうにかしてよ!」
「きょーみない」
興味ないって、そんな。
仮にも相手は自分を好いてくれている人間だと言うのに、切って捨てるようなことを言うのはよくないだろう。少なくとも彼は愛萌に4度想いを告げている。決して軽い気持ちじゃないはずだ。
「どーだっていいだろ。ほっとけよ。お前だって律儀に受けてやる必要はないだろ?」
心底煩わしそうに、愛萌は言葉を続ける。
「悪ぃな。あたし、アイツのこと嫌いなんだわ。ここまで連れてこられた身で言うのもなんだが、できれば関わりたくない」
「……うーん。そっか。それなら仕方ない、かな」
彼女の口からはっきりと嫌いだなんて言葉が出てきてしまったら、俺も引くより他ない。せっかくの文化祭で嫌な思いをするのはもったいないし、強要はできない。
多分中学生時代に色々あったのだろう。俺が易々と踏み込める域の話じゃなさそうだ。
「じゃあ、せっかくだし、今から3人で回らない?」
なんか今日は色々あって大変だったけど、だからこそ自由時間を有意義に使いたいし、ふたりと一緒だったらきっと楽しい。
「んー。……あー、いいや、遠慮しとくわ」
「そう?」
「ああ。だってお前らデート中だったんだろ? あたしが参加するのは野暮ってもんだ」
「「デッ、デート!?」」
俺と夜鶴の声が重なる。
「お前らって結構相性いいよな」
「そ、そんな私たちがお似合いカップルなんて、いくら何でもそれは……」
「いや。あたしはそこまで言ってない」
「あ、あれれ……」
「けどまあ、外から見る分には、案外そう見えなくもないのかもな。ふたりとも容姿は整ってるし、一見美男美女カップルに見えなくもないんじゃねぇの?」
あたしから見りゃ美男美女カップルというよりもポンコツコンビだけどな、とからかうように言う愛萌。
ニヤニヤと笑う表情が実にいやらしい。
「いやはや。クラスメイトの女子と取っかえ引っ変えデートとは、夏芽も隅におけねぇな」
「人聞きが悪いこと言わないでよ」
「何言ってんだよ。可愛い女の子とデートできてご満悦だぜって感じだろ?」
いや、まあ、内心にそういう感情がないかと言えばそれは嘘になるけれど、それを夜鶴のいるところで言われると、俺もリアクションが取りにくいよ。
「……そんな、可愛いだなんてとんでもないです! お世辞でも、そう言ってくれるのは男虎さんくらいですよ。私、根暗ですし、どちらかと言うと気味悪がられる方が多いので……」
「んなことねぇだろ。夏芽だってウハウハじゃねぇか」
「ねえ、なんか今日の愛萌俺に意地悪過ぎない?」
「別に」
ウハウハしてるよ、そりゃあ!
前世の俺は文化祭当日を図書室で過ごしてたんだから、それに比べたらこうしてクラスメイトとわちゃわちゃできる文化祭は楽しくて楽しくて仕方がない。ほんと、涙を禁じえないほどですよ。
いいじゃんか、少しくらい浮かれたってさ。楽しませてよ。
「あの、男虎さん。私、夏芽くんに可愛いって言われたことないと思いますよ……?」
「あ? んなわけねぇだろ? こいつ口癖みてぇに、すぐ可愛いって言うじゃねぇか」
「……それって男虎さんが相手のときだけでは?」
「…………。」
「うん、まあ、そうかも。……って、あっ! ちょっと! 待ってよ!」
何も言わずに振り返ると、そのまま駆け出してしまう愛萌。バスケ部だけあって速攻だった。
その間、実に2秒!!
おそろしく速い切り返し。俺ですら見逃してしまった。
ぽつんと、二人残される俺と夜鶴。
「えっと、夜鶴のことも可愛いと思ってるよ」
「あ、はい。フォローありがとうございます」
だっ、だよね!
このタイミングで言ってもそういう意味になっちゃうよね!
本心ではあるのだけれど、これ以上言っても気を使ってるみたいになるだけなので、話題を変えることにする。
「──とっ、とりあえずどこか遊びに行こっか。お化け屋敷とか行ってみたくない?」
「え、あ、はい! 大好きです、お化け屋敷! 文化祭のお化け屋敷に入るのが私の夢でした!」
「そっか。俺も同じ!」
悲しいかな。
夜鶴も俺と同じ側の住人なので、こういったことに関しては、とても話が合う。愛萌が言うような恋愛関係での相性は定かではないにせよ、友達少ない者仲間としては、相性抜群なのである。本来なら素直に喜べるものではないけれど、今ばかりは嬉しくもある。
「じゃあ、早速参りましょう!」
「うん、参る!」
こうして俺の楽しい文化祭が、遅まきながらも幕を開けたのだった。




