神と人間の差異
新章はじまりました。
よろしくお願いいたします。
アイドルとは何だろう。
偶像、情景、崇拝。さまざまな単語が浮かぶが、しかし俺にとって一番しっくりとくる単語はといえば、それは「宗教」だろう。
現在、日本は無宗教の国と呼ばれる機会も少なくない。
その背景には日常において多数の宗教が入り乱れ、ひとつの宗教に絞れないが故の無宗教というのもあるだろうが、しかし日本人に信仰心が芽生えることはないのかといえばそんなことはないと思う。
アイドルとそれを支えるファンの在り方は一種の宗教的であり、彼ら彼女らの存在は有限であるが故にその熱はより熱く萌え上がるのだろう。
とは言え構造がにているだけで、内面的な部分には大きな差異がある。
アイドルはあくまで人間であり、神ではないのだ。そしてファンもまた、その存在が不可視でないがゆえに、求める。
まあ、俺自身あまりアイドルというものには詳しくないので全く的外れなことを言っている気もするが。
アイドルに恋愛禁止させてるけど、そんな人達の歌う恋愛ソングに何を見出してるの? とか言われたりすると俺も言い返せないわけで、アイドルとファンの支え合う関係を輝かしく思いはするが、全肯定はできない。
さて、俺がふとそんな事を考えてしまったのは、最近俺に話しかけてくるようになったひとりのクラスメイトの影響だったりする。
名前は二重心々良。
ピンクのツインテール頭の小動物系女子。
何故か紫色の瞳には、いつもハートが浮かんでいる。カラコンかな?
体躯は少し小柄で、華奢と言ってもいい。
それが周囲の庇護欲を掻き立てるのだろう。
女性陣からすればあざとくも見えているだろうが、基本的にはいつ見てもニコニコと笑顔を振り撒いているクラスの人気者だ。
否。人気なのはクラスだけではない。
日本中に彼女のファンがいる。
超人気アイドルグループ『はにぃ♡たいむ』でセンターを務める彼女はとにかく有名なのだ。
当然のようにファンクラブもある。
ちなみに、ゲーム『トモ100』のOPも『はにぃ♡たいむ』が歌っており、CDを楽しみにしていたのだけれど……俺は死んだので行く末は見守れなかった。
CDはきっと、いっぱい売れたに違いない。
愛をドルに換える錬金術士とはよくいったものだ。
金持ってんだろうなあ……おっと。
「なっくんは、遠足の班決まった?」
失礼なことを考えていると、ちょうどそのタイミングで二重さんに話しかけられてしまった。
「いや、うーん。今誰を誘おうか迷ってるところ」
悲しい見栄だった。
あたかも悩んでいる風に二重さんに答えたが、見え見えの見え透いた見栄だった。
誘う友達なんているわけないだろうが!
くそう、独りで生きるには難しい時代だぜ。
情けない俺。
一方の二重心々良は誰とでも打ち解ける。俺とて、彼女の中では例外じゃないみたい。
クラスで浮いている男子生徒にも優しくできる女の子。
実にアイドル的である。夢や愛をくれる。
まぁ、もし叶うなら、俺なんかには一緒に遠足に行ってくれる人なんてものがいないことを察して、放置しておいて欲しいのだけれど。
かと言って、わざわざ話しかけてくれる彼女に対してそこまで求めるのは酷だろう。
同じクラスという接点しかない俺たちの共通の話題なんて、それくらいしかないのだ。
ちなみに、5月末に行われる遠足だが、実は班に人数制限がない。
それはつまり、一人班も許容されるというわけで、陰キャを知られたくない隠キャな俺はかなり焦っている。
「二重さんは誰と周ることにしたの?」
「うーん。ここらも考えちゅう」
ふーん。
これが俗にいう、同じ「喉が乾いた」でも、男は砂漠で水を求めて彷徨っていて、女は自動販売機の前でジュースを選びに迷っている、というやつだろうか。
何とも妬ましい限りだよ。
「あ、そうだ! ねえ! なっくんも一緒にどう?」
「……え?」
この子、今、俺を誘ったの?
一瞬理解が追いつかず、呆然とする。
まるで聖女のような慈悲深い言葉。
しかし、どうだろう。
彼女と共に行動すると言うことは、遠足中、彼女の友人とも行動することになる。
二重さんと仲の良い女子はみんな聖女とは言わなくても、圧倒的な陽属性ではある。
それを踏まえた点で考えれば、俺を誘うなんて、悪魔を聖歌隊に勧誘するようなものだ。
「後は、大鷲さんとか、小牧さんを誘おうよ!」
思いっ切り引き立て役選んでんじゃんか!
おっと。
これは大鷲さんと小牧さんに失礼だ。
俺は申し訳ない気持ちになりながら、チラリと彼女達の様子を伺う。
……いた。クラスの男子達の見た目に点数を付けている二人がいた。あっちもあっちだな。
馬鹿の大鷲間抜けの小牧だなんて、不名誉なコンビ名で呼ばれている二人だけれど、こうして実際に同じ教室で過ごす友達だと考えると、居た堪れないな。
「まあ、もう少し考えてみるよ。俺、二重さんと班組んじゃったら、楽しみすぎて、前日眠れないと思う」
水無月透時代は毎回ひとり余って、仲良しグループで盛り上がる班員の一歩後ろをテクテク歩いていた俺だ。
枕投げしてる陽キャ部屋の端で本読んでたりね。
そんな俺が話せる人と同じ班になっちゃったらどうなるかわかったもんじゃない。
「…………。」
故に言葉は本心であったが、なんとなく冗談めかして二重さんに告げると、何故か彼女は機嫌悪そうに目を細めて、頬を膨らませた。
「なっくんって、そういう事サラッと言うよね? 女の子をドキドキさせて遊んでるの?」
「あー、ごめん。距離感間違ってたかな?」
「えぇっ、もしかして天然なのっ?」
目を見開く二重さん。
そんなにビックリすること?
「えっと……」
よく、わからない。
ただ、似たような言葉をつい最近愛萌にも言われた。
「ここらにはいいけど、他の子にあんまりそういうの言っちゃダメだよ? 勘違いしちゃう人も出てくるからね」
「勘違い? なるほど。それは確かに怖いね」
勘違いは怖い。
俺にとって勘違いは幽霊よりも怖いものだ。
「もうっ……! じゃあ、遠足の件、考えておいてね」
フリフリと手を振って、また別のクラスメイトの方へと消えていく二重さん。
いい人だなあ。
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