磨けば腐る
本当にごめんなさい。更新遅れてます。
篠珠先輩に呼ばれて校庭に着くと、怖そうな顔の人達が、複数人集まって怒鳴り声を上げていた。
二重極──つまりは二重心々良の兄なる人物が、鉄パイプを肩にかけて何か言っている。
怖いよ。怖いよー。
ただでさえ二重極先輩は顔が怖いのだ。
大きな体に、鎧のような筋肉。顔には刃物で付いたような切り傷まである。如何にも喧嘩慣れしてますって感じだ。本当に妹と血が繋がってるのか怪しいよ。
こんな展開知らない。
攻略本にも載ってないよ。たぶん!
「とりあえず私は警察を呼んだから、それまで何かが起きないよう見張っていてくれればいい。……って、なんだその格好」
「ああ、いえ。うちのクラスがメイド喫茶をやっているので」
「そうか」
下手に介入しようとすると、巻き込まれる可能性がある。最悪の場合になるまではそっとしておこう。
「おいそこの女!」
……はい。最悪。
「俺──えっと、私ですか?」
心の中で大号泣しながら、俺を呼んだ怖い大人の方へと向かう。流石の一二三さんも、俺を煽ることはなかった。
「今すぐスマホで動画撮ってる奴ら、止めさせろ」
それは端的な命令だった。
遠くから野次馬のように集まる生徒たちの多くが、スマホを向けて、この光景を撮影していた。
それを止めさせろというのだから、つまりこの人たちはこれから動画に映るとまずいことをしようとしているに他ならない。
「わ、わかりまひた!」
ピシッと背筋を伸ばし、さっさとこの場を離れようと踵を返すも、そんな俺を再び呼び止める声があった。
「お前、こんな輩の言うことを真に受けるつもりじゃあねぇだろうな?」
二重極先輩はイラついた様子で俺の方に詰め寄ってくる。迫力満点。俺の身体はプルプルと震え出す。
「ももも、もちろんです!」
顔面蒼白。今にも逃げ出したいのに膝は笑っていた。大爆笑。……逃げられない。
「あん? ナメてんのかゴラァァァァ!」
「ひえっ」
俺の裏切りに激昂した大人が今度は大きな怒鳴り声を上げた。体の芯から震える。膀胱が、悲鳴を、上げてる!
おしっこチビりそう。久しく感じていなかった膀胱の危機に、もはや懐かしさすら感じてしまった。明らかな現実逃避だ。今の俺は女の子なんだよ? もう少し優しくしてくれてもいいのに。
怖いと怖いに板挟み。
ハンバーガーに入ったピクルスですら、今の俺よりは居心地がいいはずである。……だめだ、自分でも何言ってるのかわかんなくなってきた。おしっこチビりそう。
「あの、えっと、とりあえずジャンケンをされては? 勝った方の意見を採用するということで……」
苦肉の策で口走った俺の話は、怖い大人に一蹴される。胸元を掴まれてブラブラ。怒鳴り散らされて唾が飛んでくる。俺の大切な関節キスの歴史にサングラスのおじさんが加わった瞬間であった。
「…………。」
俺って、なんでいつもこうなんだろうなあ。
ただ普通に生きていければそれでいいのに。
やれやれ系主人公並に災いが降ってくる。やれやれって言ってないのに。
こういうのを業界では巻き込まれ体質というらしいのだけれど、俺の場合は不幸にだけ巻き込まれている。どうせなら楽しいこととか、ラッキースケベみたいなものに巻き込んで欲しい。
なんでマイナス方向に極振りされてるんだろう。
夜鶴も夜鶴で拉致されたりなんだりと、かなりえぐい巻き込まれ方をしているけれど、それは彼女が主人公だからだ。この世界は彼女のために存在すると言っても過言ではない。
秋梔夏芽なんて、RPGで言えば、序盤にだけお助け役として活躍するだけの出オチキャラがなのだ。主人公どころか、後半には登場するかどうかさえ怪しいキャラだ。そんなクラスメイトのひとりに転生した俺が、何故こんな目に遭うのか。
……もしかしてスピンオフ?
実は秋梔夏芽のスピンオフがあるのでは!?
この世界、実はゲーム『友達100人できるかな』の世界ではなく、秋梔夏芽もしくは近しい人間を主人公とした別作品の世界である可能性はないだろうか。
「………………。」
ありそうだなあ。
ビジュアル、声優、共に恵まれていた秋梔夏芽は、女性陣からかなりの人気を博していた。にも関わらず、ゲーム全体としてはそんなに出番も多くない。
漫画、もしくは小説、OVA、ドラマCD。
人気キャラが主役となって物語を紡ぐ機会はいくらでもある。
もしかして俺、ラノベ主人公だったりする?
その割には俺TUEEEEもハーレムもないんだけど。
近寄ってくるとしたら、この人みたいに怖い人ばかり。そういうフェロモンとか出てるのかな。
俺の胸倉を掴んだ男と目が合う。
「なんだその目は。あァ?」
こんな時、秋梔夏芽だったらどうするだろうか。
勇敢にも立ち向かう? 否。
彼なら逃げる。ヘラヘラと茶化して、ケラケラと笑って、フラフラと、のらりくらりと、物事を躱すだろう。彼には物事を緩衝する能力があった。
「…………。」
そうだな。彼ならきっとそうする。
ならば俺も、今ここでそれを示さねばならない。
きっとできるはずだ。だって俺は秋梔夏芽なのだから。
「あはは〜、いやあ、モテモテ過ぎてつれぇわ。てへ」
「殺れ」
「……びくんっ」
俺を掴んだ大人の後ろ。
恐らく親玉と言えるだろう怖い人が、静かな声で言った。「殺れ殺れ」って言った。間違いなく言った。
呆れるような、うんざりするような、そんな見下した目で俺を見ると、確かにそう言ったのだ。
「あの、間違えました。もう一度チャンスをください!」
「馬鹿にしてんじゃねェぞ!」
俺を拘束していた男は、躊躇することなく、俺の頬目掛けて拳を振り下ろした。相手が子供だとか、女の子だとか、そんなこと、少しも考慮していない。ただ相手を痛めつける為の拳を。
いるのだ。世の中には。人を殴ることに躊躇いのない人間が。人を傷つけることを厭わない人間が。
俺は咄嗟に振り下ろされた腕を掴む。
拳は眼前で静止した。
「…………。」
まさか相手も止められると思っていなかったのだろう。互いの間に気まずい沈黙が生まれる。
男は無言のまま腕を振り解こうとするけれど、俺はその手首を強く掴んで制する。今この手を離したら絶対殴られる。
「おい」
「はい」
「……離せ」
「離したら殴りませんか?」
「殴る」
ですよね!
「JKを殴るのは良くないと思います」
俺は男だけど、今は女装してるから女装高生だ。
「お前本当に女か? ジャイアントコングだろ」
「違います」
やめてよ。ちょっと面白いじゃんか。
ドスの効いた声で言われると、笑っちゃいそう。
「んフッ」
あ、二重極先輩も笑ってる。
「あははー」
うん。やっぱり人間LOVE&Peaceだよ。
怖いこととかよくない。せっかくの文化祭なんだからみんな笑わなくちゃ。
そのとき、パトカーのサイレンが響く。
どうやら警察が間に合ったらしい。
俺は一命を取り留めたことでホッと気を吐くも、俺を掴んだ男は「そのツラァ覚えたぞ」と、とても怖いセリフを残して去っていった。とんだ置き土産だ。
「今ちょっと和やかになってたよね?」
「これが俗に言う冥土の土産ってやつね」
それは笑えないよ。
「…………はあ、なんとかなったかな」
「おい女」
「?」
否。まだ何とかなってなかった。
もうひとり、俺には敵がいた。
「どうしたんですか、二重極先輩」
「ふんっ。俺のことを知っているのか。お前、名前はなんという?」
「水無月透子です」
咄嗟に嘘をついてしまった。
「ふんっ。そうか。その格好を見るに、お前は俺の妹と同じクラスだろう?」
「あ、はい」
そうだった。
なんで直ぐにバレる嘘をついちゃったんだろう。
早くも後悔が押し寄せる。
「見かけに寄らず、随分とやるようだ」
「…………はい」
「その、なんだ。俺は強い女は嫌いじゃない」
「…………はい」
「透子」
「…………はい?」
「この後少し俺に時間を作れ」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………。」
「ご飯3杯いけますわぁ〜!」




