絡まれ回避
「写真撮ってもいい?」
「ダメだ」
モジモジとする愛萌にダメ元で訊いてみるも、やっぱりダメだった。
「とてもよくお似合いです」
ですよね。俺もそう思います!
「これはもう買うしかないね」
「まじで言ってんのか?」
「まじだよ。まじ! 大マジだよ! 靴は──今日はローファーだし、そんな変にならないよね。よし、思い切って、このまま着て帰ろう! それがいい!」
「でしたらタグをお切りしますよ?」
ノリノリの店員さんと俺を見てから、愛萌はため息をひとつ。小さな声で「お願いします」と言った。
「髪は下ろした方がいいか?」
「うーん。それは悩ましいね。今のままでもいい気もするけど」
実は愛萌、最近髪の毛を伸ばしているらしい。
初めて会った時はショートボブだったのだけれど、今はもう少し長くなった。
「俺が編もうか?」
妹のヘアアレンジを手伝っているお陰で、多少はいじることができる。それが愛萌の好みに合うかどうか分からないけれど。
「まあ、せっかくだしな。頼むわ」
「了解。じゃあ、ちょっとまっててね」
俺は小物などが置いてあるコーナーに向かう。
髪飾りやシュシュなどが並ぶ台から、紺色の紐リボンをひとつ持って戻る。
「これは俺からのプレゼントってことで」
「いいのか?」
「もちろん」
「そうか。……ありがとう」
店員さんに許可を貰い、2人で試着室に入る。
もちろんカーテンは開けたままだ。
愛萌の髪の毛を解いて、リボンと髪で編んでいく。
「きっちり編むのと緩めでボリューム出すのどっちがいい?」
「緩めで」
「おっけー」
俺は慣れた手つきであみあみしていく。
本当はアイロンなどで波を作れたらもっといいのだけれど、今日は仕方ない。
「オラららららららー! じゃん! どうでしょう!」
「おおー」
店員さんがパチパチと拍手をしてくれた。
ありがとうございます! ありがとうございます!
「どう愛萌、可愛い?」
「ああ、可愛い。…………って、服と髪型の話だからな!?」
「わかったわかった。そうですね」
お会計を済ませて、店を出る。
愛萌にとっては、この格好で外に出ることはかなり勇気のいることだったようで、退店までしばらく深呼吸を繰り返していた。
「なんか、全員あたしのことを見てるように感じる」
「多分、見られてるとしたら俺だね」
「そりゃあ、お前の格好も十分変だけどよ」
愛萌が周囲の視線を気にするので、俺は今鼻眼鏡を装着している。ミスディレクション。つまりは視線誘導だ。
さっきメイド喫茶で、ゲームして遊んだ時に景品で貰ったのだ。
「可愛い服着るのと、鼻眼鏡つけてる人間の隣で歩くのどっちが恥ずかしい?」
「普通に鼻眼鏡つけてる奴の隣を歩く方が恥ずかしな」
「そ、そっか……。じゃあ、愛萌が付ける? これ喋ると髭の部分が口に当たってくすぐったいんだよ」
「あたしはいい。てか、夏芽も無理してんなら外していいぞ。あたしの方も少しはこの格好に慣れてきたしな」
「ほんと? それならよかったよ」
「着るのには勇気がいるけどな。一度着ちまえば覚悟できる……気がする」
「じゃあ、あとは慣れだね」
俺は装着していた鼻眼鏡に手をかけて外そうとする──が、その時ちょうど脇をすれ違った人に接触してしまう。
「いてっ」
「ごめんなさい、すみません!」
咄嗟に二通りの謝罪が口を出る。
結構強く当っちゃったけど、大丈夫だろうか。
「テメェどこ見て歩いてんだぶっ殺すぞ!」
あまりにも古典的で、テンプレ的な、発現と共に俺の胸ぐらを掴んできたのは2人組の男だった。
顔がとても怖い。心臓がきゅっとなる。
怒られている俺は未だ鼻眼鏡をかけたまま外せずにいるというのだから、こんなんじゃ謝意も伝わらないかもしれないけれど、下手に動くと酷い目に遭いそうで何もできない。
助けて、誰か。
「待てよ。今わざとぶつかっただろ。謝んのはお前らだ」
俺と男たちの間に入り、その手を振りほどいてくれたのは愛萌だった。どうやら言いがかりをつけるために向こうからぶつかってきたらしい。
なんとなく俺もそんな気がしていたし、第三者の愛萌が言うのであれば間違いないだろう。
俺はポケットから出しかけていた財布をしまう。
向こうにも悪い可能性がある以上、お金を払うつもりはない。
「金で解決しようとするな」
「示談金だよ」
この広い世界の片隅で、なよなよ縮こまっている俺にぶつかれるのは、自らぶつかりに行く意思がある者だけだ。なんて、自分が悪くない可能性がでてきた途端、調子に乗っておかしなことを考え出す俺。……反省しないと。
「とりあえず、すみませんでした。俺たちは急ぎますので、それじゃ」
なんか顔怖いし、変な因縁つけられる前に退散しよう。
愛萌の手を掴み、その場を離れようとするも、しかしもう片方の男の声が俺たちの歩みを止めた。
「お前、もしかして男虎か?」
「え」
まさかの知り合い?
キョロキョロと、2人の顔を交互に見る。
ただどうやら愛萌の方は男を認知していなかったらしく、よく分からないといった顔をしていた。
「分からないのもしょうがねぇ。当時の俺は弱かったからな。男虎にとっては微塵も興味のない男だっただろう。俺の名前は山川大介。中学時代、男虎に4回フラれた男だッ!」
「………………。」
「ああ、あの。久しぶりだな。随分と雰囲気変わったな」
「俺は高校デビューを果たしたのだ! 彼女も11回できた!」
ババーンと格好をつける山川くん。中学時代の彼がどうだったのかは分からないけれど、確かに持てそうだ。
でも、つまりは少なくとも10回別れたってことでは……?
というか高校生なんだね。私服だからもっと年上に見えた。
「お前、11回も彼女にフラれたのか?」
「どうして全部俺がフラれた計算になる!?」
「違うのか?」
「ちがっ、くはないけども……」
悔しそうに言い淀む山川くん。
見た目だけで中身が追いついてない。何だか自分を見てるようで切なくなるな。
「だが、高校デビューを果たしたのはお互い様らしいな、男虎。お前は随分と変わった。知っているか、鼻眼鏡。男虎は中学時代、ヤンキーだったんだぞ」
「………………うん」
普段も概ねそんな感じです。
まるで愛萌に都合の悪い情報を開示することで勝ち誇ったような顔をしているけれど、普段の彼女を見ていれば、普通にわかる情報だ。
高校では問題を起こすようなことはしていないし、中学時代の愛萌がどのような生活を送っていたのかまでは分からないけれど。
「今はこんな軟弱な彼氏とデートをするような奴に成り下がってしまったわけだ」
「別に彼氏じゃねぇよ」
「そうだよ。俺と愛萌はお友達。もはや親友と言ってもいいかもしれない」
「はっ。よく言うぜ。頑なに下の名前で呼ばれることを拒否していた男虎がただの友達に下の名前で呼ばせるかよ。つーか、その服装だってそうだろうが。高校では清楚ぶってんのかもしんねぇけど、普通に似合ってねぇって。今更無理があんだろ」
山川くんは、まるで嘲笑うかのようにそう言った。
人の気持ちも考えず、ただ自分を慰めるためだけに、他人を傷つけようとした。
愛萌が一番言って欲しくない言葉で。
「ダセェ」
「ああ?」
「……君はダサいよ。全然格好良くない」
変わりたいという気持ちは誰だって持っているものだ。けれど、彼女の本質は何も変わったりしない。それを彼は知らないのだろう。
「山川くんは強くて格好良い愛萌に憧れてたんだろうね」
愛萌は芯が強くて、頼りになって、憧れる気持ちは俺にもすごく良くわかる。だけど、可愛いものに憧れる気持ちや、好きなものを好きだと言えない臆病さは、彼女が今も昔もずっと持ち続けていたものだ。
表面化せずとも。
彼の言う『強い男虎愛萌』がずっと持ち続けていた想いだ。
「結局君は人の外側しか見ていない。理想を他人に押し付けて、自分に都合の良い偶像に作り上げただけだよ」
「……くっ」
こちらを睨みつける山川くん。
それでも反論をしないのは、納得のできる部分があるからだろう。実際、彼と俺はよく似ている。彼の気持ちは理解できなくもない。
「でもさ、どう? 今の愛萌は。可愛いと思わない?」
「…………ふつう」
素直じゃないなあ。
まあ、いいけどね。
「それじゃあ、もう帰ろうか」
俺の家は両親が他界しているし、愛萌の家は父子家庭で、父親が夜遅くまで仕事をしている。
あまり帰るのが遅くなっても申し訳ない。
「…………夏芽、お前ちょっと格好よかったぞ」
「ほんと!?」
まさか愛萌からそんなことを言ってもらえる日が来るとは。これがデレ期というやつですか?
「ああ。鼻眼鏡がなければな」
「あー」
結局ずっと鼻眼鏡しっぱなしだったのか、俺。




