推し活バンザイ
やばいレポート書いてたら日にち跨いでた。。。
「ではご主人様。料理が美味しくなる魔法をかけるので、一緒に『萌え萌えきゅんっ♡』と唱えてください! いきますよ〜! せーのっ!」
「美味しくな〜れ♡」
「「萌え萌えきゅん♡」」
た、楽しい!!!
愛萌の視線がやや気になるけれど、すっごく楽しいぞ、これ!
「次はお嬢様の番ですね。今からメイド長がお飲み物をシェイクするので、私たちが『フリフリ♪♪』と言ったら『シェイク☆シェイク☆』と合いの手を入れてください! いきますよーっ、はい!」
「「『フリフリ♪♪』」」
「……しぇっ……」
「『フリ☆フリ☆』」
「………………。」
あ、倒れた。
愛萌も頑張ってみたようだけれど、羞恥心が勝ってしまったらしい。顔を赤くした愛萌は、顔を手で覆って静かにソファーに沈む。
「さすがは大魔導師のお嬢様! まさか詠唱を破棄なさるとは!」
メイド長が感心したように言う。
その言葉に俺も感心する。魔法の詠唱破棄か、確かに言い得て妙だ。フォロー力もすごい。
ひと通りのサービスを終えて、メイドさん達が席を離れると、ようやく愛萌が復活した。
「…………あたしにはちょっとハードルが高いわ」
「何言ってるのさ。すごかったよ。まさか無詠唱で魔法を使えるなんてね。柏卯さんに言ったら羨ましがりそう」
「…………あとでパンチする」
「えぇぇ……」
羞恥心でしばらく顔の赤かった愛萌だったけれど、機嫌が悪かったわけではなく、しばらくするといつも通りに戻った。
メイドさんたちとはいくつかのオプションで遊び、店を出た。
続いて、愛萌の服選びへと以降する。
実は今日の買い物にあたり、冬実々から情報を聞いていた。あの子はあの子で、結構攻めているというか、大胆な服を結構持っている。
「『emergence』というお店に行きたいと思ってるんだけど、どうかな?」
「おう。調べてきてくれたのか。……じゃあ、まあ良いぞ」
歯切れの悪い愛萌を連れてお店に向かう。
ここからなら徒歩5分もかからない。さすがは都会。なんでも揃ってるなあ。
「あんまり予算ないぞ?」
「えっと、どれくらい?」
「2万」
「結構あるじゃん!」
お、俺の夏服なんてシャツ1000円、スラックス4000円だよ。
「愛萌の私服ってどんな感じなの? なんかいつも部ジャーのイメージなんだけど」
「まあ、部ジャーだな。部ジャーばっかだよ」
あ、やっぱりそうなんですね。
「で、今日見る服はどんな感じなんだ? 夏芽が今日は任せてくれって言うから、リサーチとか全くしてねぇんだけど」
「はっはっはー。今日行くのはズバリ、あちらの店です!」
どん。と、指を指す。
ちょうど着いたところです。
「……? ここマッサージ屋さんだぞ?」
「いや、その隣だよ。『emergence』って書いてあるじゃん」
「…………ここ?」
「そう」
「いや、どう見てもここだけ世界観が違ぇんだけど? まさかお前の言う可愛い服ってゴスロリだったりしねぇよな?」
「この店で間違いないよ。あってるあってる」
「いやいやいや。お前、なに言ってんの? なんで村人レベル1のあたしが魔王城に突っ込まなきゃなんねぇんだよ。違うだろ。まずはオーバーオールとか、もこもことかそこら辺で慣らしてからだろ、こういうのは」
「?」
「素で分かってないようなリアクションすんな! 行かないぞ! あたしはいかないぞ?」
「大丈夫だよ。構えすぎだって。こういうお店にも、割とシンプルなやつとかあるからさ。さすがに俺も、フリフリゴテゴテのやつをいきなり愛萌が買うだなんて思ってないよ? 着なきゃもったいないからね。──まあ、見るだけでもいいからさ。行こうよ」
ロリータファッションも、調べてみると結構幅広い服が揃っていて、一般的にイメージされるような華美なものだけでなく、落ち着いたものもあるのだ。
リュックの上から、愛萌の背中を押す。
店の中は空気感が違うというか、なんだか別世界みたいだ。優しい音楽が流れていて、いい匂いもする。
「妹のおすすめらしいからさ、ひと通り見るだけ見てみようよ」
「…………。」
愛萌は何も言わないけれど、既にその目はマネキンに着せられた服に奪われていた。
俺は何も言わず、愛萌の後ろをついて行く。初めは服に手を伸ばすことを躊躇っていた彼女だったけれど、次第に抵抗感が薄れていったようで、夢中になりながら店を回っていた。
30分ほど経って、我に返った愛萌がはっとしたようにこちらを見上げた。
「いいよね。こういうの」
「ああ」
「欲しいのあった? 試着もできるみたいだよ?」
「いや……どうだろう。正直に言うと着てみたいって思った服も結構あったよ。でもどうしたって周囲の目ってもんがあるだろ?」
「確かにそうだね。だけど、人はそんなに他人を見ちゃいないよ」
自分が思うより、人は自分に関心がない。
たとえ俺が今日死んだって、週末を挟めばクラスの話題にすら上がらなくなるだろう。
本当に、人間なんて、そんなもんだ。
「お前が言うな」
「確かに」
俺は人の視線にめちゃくちゃ敏感です。
敏感一郎と同じくらい敏感です。
みんなが俺に興味ないことくらい、知ってるんだけどな。
「分かってても無神経にはなれねぇ、それも人間だろ?」
「そりゃあ、そうだね。じゃあ、まあ、買うか買わないかは別として、愛萌がいいなって思ったのを教えてよ。それくらいはいいでしょ?」
「ああ。そうだな……ん、これとかどうだ?」
愛萌が持ち上げたのは、白いブラウスと、オーバーオールのように肩にかける紐が着いたコルセットスカートのセットだった。
よく見ると、紺色のスカート生地には刺繍のように花柄が入っている。派手さはなく、かなり大人しめ。大人。そう、大人の女性という印象を受ける。
今の時代から数年後に流行るのが、コルセットスカートだ。愛萌は時代を先取りしている!
「マジか……」
まさかそれを選ぶとは!
「……なんだよ」
「いやさ。実は俺も、愛萌が着るならそれが一番似合うんじゃないかなって思ってたんだよ。ピンポイントでそれを選ぶからビックリしちゃった。これはもう運命だよ! 買うしかない!」
「待てよ、あたしは一番良かった服を選んだだけで、自分に似合いそうな服を選んだわけじゃねぇぞ」
「だったら尚更それにするべきだよ。一番好きなものが一番似合うかもしれないなんて、ほとんど奇跡だよ」
「良ければ試着されますか?」
「お願いします!」
俺と愛萌が盛り上がっていると、店員さんがやって来て、試着室へと誘ってくれた。
まるで幼稚園バスに乗る泣き虫な子供のように、何度も振り向いて着た愛萌だったが、一言も嫌とは言わず、試着室のカーテンを閉めた。
「彼女さん、綺麗な方ですね」
「ありがとうございます。本人も喜びます」
「おい夏芽、彼女じゃないだろ?」
カーテンの向こうから、声が聞こえる。
「今のは三人称の方の彼女だと思うよ?」
「〜〜〜〜っ!」
あ、多分恥ずかしがってるやつだ。
顔は見えないけど、何となく分かる。
──ゴン。
と、鈍い音と共に、カーテンの下の隙間から、愛萌がスカートを脱いだのが覗けてしまった。
多分スマホをポケットに入れたまま制服を脱いだのだろう。愛萌らしい。
「…………。」
「緊張されてます?」
「はい。なんででしょうね」
惚けてみるけれど、実際のところ、不安の原因はわかっていた。それは愛萌が自信を持てるだけの言葉を俺が送れるかどうか、ということ。
気の利いた言葉を言おうとして、幾度となく無神経な言葉を投げてきた俺が、彼女の期待に応えられるかどうか。
「ありのままの感想を伝えてあげればいいんですよ」
「えっ、あ……はい。ありがとうございます」
愛萌に聞こえないよう、小さな声で店員さんは言った。どうやら俺の考えていることは、お見通しらしい。
しばらくして、衣擦れの音が止む。
着替え終わったのだろうか。愛萌が動く気配はない。
俺はただ待つことにした。彼女が動きはじめるのをただ待つ。
「……着替えた」
数分経って、短い声が聴こえた。
「見ていい?」
「……ん」
「………………。」
出てこない。
「開けていい?」
「うん」
俺はそっと、カーテンに手をかける。
嗚呼、こんなに緊張したのは愛萌と出会った日──靴下を脱がせたとき以来だ。
ゆっくりと開いたカーテンの先には、着慣れない衣服に戸惑いながらも、どこか楽しそうに見える愛萌。
ああ。
ほらやっぱり。
君は誰がなんと言うおうと──
「とても可愛いよ」




