羞恥心を捨てよ
愛萌と文化祭の視察兼ショッピングの約束の当日。
都内のメイド喫茶に行くということもあり、一応身だしなみはチェックしてきた。
柄にもなく、髪の毛のセットまでしている。頑張りました。
べっ、別に浮かれてるとかじゃあ、ないんだけどね。
都会に出るにあたっての気遣いであって、別にデートだあとか、思ってない。ほんとだよ?
今日は愛萌の所属する女子バスケットボール部の練習がオフだったこともあり、一二三さんは愛萌と帰ることを楽しみにしていたようだったけれど、俺と予定があることを聞くと、不機嫌そうな顔をしながらも、他の友達と帰っていった。
去り際、結構強い力で背中を叩かれたのは、ちょっと痛かった。
「じゃあ、行こっか」
「ああ」
紐を短くして肩掛けにしたエナメルバッグ──ではなく、普通のリュックを背負った愛萌と共に下駄箱へと向かう。上履きを土足に履き替えたところで、仁王立ちするひとりの少女と出会う。
「待ってください」
「どうしたの? 安藤さん」
腕を組み、ばばーんと立ち塞がる姿は、まるでRPGの中ボスのようだ。
「私もついて行きます」
え。まじですか?
チラリと愛萌の方を見る。
何故かめちゃくちゃ呆れたような顔で俺を見てる。
なにこれ。なんで俺が失望されたみたいになってるの!?
「ご、ごめんね、今日は遠慮してもらってもいいかな?」
今日は愛萌がショッピングをする予定だし、2人の方が都合も良いはずだ。ちらりと愛萌の方を見る。目を丸くして、小さく拍手していた。
……なるほど。俺が断れないと思ってたみたいだ。
「状況確認。仲間はずれであると断定。抗議します」
「別に仲間はずれじゃないよ? ただ今日はふたりで出掛けるって前々から約束してたんだ。また今度、三人で行こうよ」
「二人で出かける。……ダメです! 貴方の貞操に危険が及びます」
何故か物凄い熱意で語る安藤さん。
人間より情熱的だけれど、愛萌は俺の貞操なんかに興味ないと思うよ。ほら、愛萌の顔見て見て。
「……なんだよ」
「なんで照れてるの!? しないよ! 何もしないよ!」
そんな度胸あるわけないじゃないか。
お付き合いすらしたことないのに!
「ギャルとDT試着室の密会〜鏡に映る見たことのない自分〜より引用したデータによると、金髪で胸の大きい女性と友人の少ない男性が二人で出かけた場合、試着室で性行為に発展する可能性があります」
「それはフィクションだよ!?」
参考資料が良くない。
どっから情報引っ張ってきてるの?
「現実は小説より奇なりといいます」
「でも、安藤さんが今引っ張ってきた情報は多分小説じゃあないよね」
作品名のライトな感じからすると、小説よりも漫画とかの方が可能性が高い気がする。
「お見逸れしました、さすがです。私から同人誌ソムリエの称号を与えましょう」
いらないよ。
男子高校生には不名誉すぎる称号だよ。
「状況再認識。仮定に誤りがある可能性あり。ひとつ、質問をよろしいでしょうか?」
「ど、どうぞ」
「おふたりは友人関係ではなく恋人。──今からデートに行かれるのでは?」
「…………。」
「で、あれば、私が着いていけない理由の裏付けになります」
なるほど。
つまり、安藤さんはデートなら、見逃してくれると、そう言っているんだな。ならば、ここははっきりと言うしかない!
「デデデでで、デーッ、デートですよ、ななななななにか!?」
めっちゃ噛んだ。死にてぇ。
「…………ならば、仕方がありませんね。また今度、誘ってください」
安藤さんはぺこりと頭を下げると、思いの外あっさりと、引き下がっていった。ゲームでは推しだった彼女も、結構癖が強くて付き合いが難しい。
アンドロイドってのもあるかもしれないけど、俺とは違った意味のコミュ障っぽい。
「待たせちゃったね、ごめん」
「いや、それはいいんだけどよ、アレはいいのか?」
「え?」
「人格再設定。クラスのお調子者のトレース。郷右近左近を模倣します。──ねえ、みんな聞いてくれよー! 今から夏芽と男虎がデートだってよおー!」
「ぬああああああああああっ!」
☆☆☆
学校から目的地までは電車で40分ほど。
ガタンゴトンと、揺られながら愛萌とメイド喫茶に向かった。
「ここが……メイド喫茶!」
チャージ料は高校生が男女関係なく1時間で500円。
その他に料理代金が掛かる仕組みらしい。
一応少し多めにお金は用意した。
「おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」
「お、おお〜」
「……ただいま」
感嘆の声を上げる俺の隣で、愛萌が小さく挨拶を返す。
「えっと、ただいま、です」
少し照れくさく思いながらも、愛萌と席に向かう。
俺にとっては喫茶店というのが、そもそも新鮮なもので、朝比奈家でアルバイトはしているものの、逆に言うとその他のお店にはほとんど入ったことがない。
「愛萌、オムライス頼もうよ! 萌え萌えきゅんしよう!」
「お、おう」
俺はもう結構テンションが上がってしまったのだけれど、愛萌は何処かソワソワしている。接客をしているメイドさん達が気になるようだ。
可愛いものが自分には似合わないと言う一方で、やはり可愛いものが好きだという感情は持っているようだ。
「可愛い子いっぱいだね」
小声で言うと、愛萌はこくりと頷いた。
メニューには、可愛らしい料理がたくさん載っている。この『異次元UFOおむらいす♡』のコンセプトはいまいち不明だけれど、これを頼もうと思う。
オプションにはにゃんにゃんゲームとか、チェキとかせっせっせーのよいよいよいとか、色々遊べるものがある。せっかくだし、1回くらい遊んでみようかな。
「愛萌も決まった?」
「おう」
俺はメイドさんを呼び、料理をお願いする。
「お嬢様は如何なされますか〜?」
「えっと、この『うさぎたんしゅきしゅきはんば〜ぐ☆』と『メイド長のフリフリシェイク』をお願い、します」
「ダメだよ愛萌。羞恥心は捨てないと」
「うるせえ、わかってるよ」
オーダー確認のために繰り返すメイドさんからは一切の羞恥心を感じない。プロだ。
ならばこそ、俺たちだって主人として堂々と振る舞わねばなるまい。
「お前、意外とノリノリなんだな」
「当たり前だよ。来たからには楽しまないと!」
周りのご主人様達を見てみなよ。みんなメイドさん達と楽しそうにしてる。恥ずかしいことなんて、ないんだよ。
「夏芽ってメンタル弱いのに、変なとこだけ順応性高いよな」
「それはあるかも。結構周りの人に振り回されて来たからね」
「あたし的には自分から首を突っ込んでるように見えるけどな」
「それも間違いじゃあないね」
「夏芽が文化祭でバンドを組むって聞いたときは結構驚いたぜ?」
「俺も驚いたよ。まさか夏芽くんがね。……ん?」
俺?
俺がバンドやるの?
聞いてないけど。
「あとイリュージョンとバイオリンもやるんだろ?」
なにそれはじめて聞いた。どこ情報?
「知らなかったんだけど。人違いじゃなくて?」
「さあ。けど、柏卯と皇は張り切ってたぞ」
「そんな馬鹿な!」
あの厨二病とお嬢様が犯人か。
バイオリンはともかく、イリュージョンとか未経験なんだけど。やったことないんだけど。
「バンドは? 誰とやるんだろう」
「え? あたし達だろ?」
「ん?」
「お前、本当に郷右近から何も聞いてないのか?」
聞いて、ない。
メイド喫茶行ってみたいけど、ひとりじゃ無理そう。




