ねっとり
※NTR表現あります。注意です。
一応、今回の話は読まなくても話がわかるように繋げていきたいと思います。
「いやあ、まさかメイド喫茶に決まるとはなあ。夏芽はほんと、いい趣味してるぜ」
へへっと笑いながら、話しかけてきたのは左近。夏休みが開けて健康的に日焼けした肌は彼がアクティブな性格であることを如実に表しているようだった。
現在はホームルームも終わって、一限の準備時間。クラスメイトの半分は、物珍しそうに転校生に集っていて、どちらかというと左近もそちら側の人間だと思ったのだが、そうでもなかったらしい。
「で? 夏芽は誰のメイド服姿が目的なんだよ」
左近はからかうように、ヒソヒソと、小声で言う。
しかし、恐らく隣の席の夜鶴や後ろの席の御手洗さんには聞こえているだろう。答えづらいったらない。
もちろん俺の目的は愛萌一択である。このクラスの女子生徒は魅力的な子ばかりではあるが、名前をあげるとすれば、やはり愛萌ということになる。
とはいえ、この場面で言うのは、やはり抵抗があったので、俺はどうにか誤魔化すことにした。
夜鶴に変態だと思われるのは、なんだか嫌だ。
「まあ、その話は今度ってことで。それよりも転校生なんだけどさ。いきなり絡まれてビックリしちゃったよ」
ファンサが神すぎる。余計好きになっちゃったよ!
まさか推しが自ら話しかけに来てくれるだなんて。いくら払えばいい? いくら捧げればいい?
「ああー。あれな。元々知りたいとかじゃねぇの?」
「初対面だよ。別に所帯を持ちたいとか思ってない」
「? 寒いとかつまんねぇとか以前に、なんだ、普通に気持ち悪いな」
ポカンとした顔で言われた。どうやら俺にオヤジギャグはまだ早かったらしい。笑いのひとつも取れないのでは、陽キャへの道はまだまだ険しいな。
「……あ、いや、夏芽……」
「む、なにさ。その冷たい目は」
なんか珍しく左近に引かれている気がする。
悪いことしたかな。
いやでもさ、実際の所安藤さんは俺の推しなんだよ。大好きなんだよ。
見た目ももちろん好きだ。声も好きだし。仕草も可愛い。そして、何より彼女のストーリーがいいのだ。
元々彼女は虐めを減らすために、組織によって生み出されたアンドロイドだ。虐められ代行ロボとして、その他の生徒の被害を抑える役割を担うアンドロイド。今学校にいるのは、人間の心の機敏を観察するための研修期間なのである。
安藤ロイ子、彼女はこれから3年間で人の心を学ぶ。その成長過程は、友達のいなかった俺にとって親近感を得るものでもあり、同時に憧れでもあった。
まあ、彼女が最終的にどうなるかは、俺も知らないのだけれど……。
残念ながら安藤さんが持っている業は決して彼女を幸せにするものではない。
虐められる為に心を学ぶ、だなんて随分と残酷な設定をしてくれたものだ。
今後、安藤さん自身が心を得るかどうかはわからない。けれど、少なくともこの3年間は、彼女にとって有意義なものであって欲しいと、そう思う。
というわけで。
「左近、俺さ……その、転校生の安藤さんと、仲良くなりたいんだけど、どうすればいいかな?」
恥ずかしながら、俺は人との自然な距離の詰め方というのをよく理解していない。これまでは色んなイベントを経て、交友関係を広げてきたけれど、逆に言えばきっかけがない限り、俺は人と歩み寄ることすら、できないのだ。
「…………お前、なんだその乙女顔は」
「乙女……?」
「いやいや、マジか! え、何お前もしかして転校生に一目惚れしちゃったわけ? おーい! みんなあ! 夏──あ、ちょっ、何すんだよ!」
「何すんだよはお前だ!」
柄にもなく大きな声を出して、左近の言葉を封鎖する。変なことを言いふらすのはやめて欲しい。お、俺だって、たまには大きな声を出すぞ! 威嚇のための声を上げるぞ!
俺は純粋に、推しに会えたことが嬉しいのだ。迷惑をかけたいわけじゃない。
「何だよ。ちょっとした冗談じゃねぇか。なあ、朝比奈。お前もなんか言ってやれよ」
「あ、ちょっと」
左近はケラケラと笑いながら、夜鶴の方に話を振る。アルバイトを通して2人の仲も深まっているようで、最近はこうして気兼ねなく声をかける間になった。ただ今は話を振らないで欲しかったよ。
「ふぇ、ふぇ〜。そそそ、そぉーうなんですかぁ。な、夏芽くんは、あの転校生みたいな人がすすす好きなんですね〜」
アンドロイドの安藤さんよりも、感情のこもらない声で夜鶴は言った。何故かカクカクと震えており、見ようによってはショート寸前のロボットのようで、角度を変えてみれば産まれたての子鹿にも見えるかもしれない。
「大丈夫か? 朝比奈。すげぇ動揺してるじゃんかよ」
「動揺するから余裕をくれ。動揺するから余裕をくれ。動揺するから余裕をくれぇ……」
ブツブツと独り言を言い始めた夜鶴。
やっぱり夜鶴って面白いよね。
「見てる分には面白ぇけどなあ」
「ん?」
「あーいや。それよりもよ、お前、アイツらになんかしたのか?」
「アイツらって誰さ」
「いや、あれだよ。あれ」
親指で指さした方に視線を向けると二人の女子生徒がこちらを見ていた。横目の一二三三二一さんと、隣で腕を組む愛萌だ。
俺は愛萌と目が合ったタイミングで片手を振って挨拶をする。そういえば、今朝は一度も話していなかった。夏休みも明けて、ようやく会えたのに。
けれど何故か愛萌は、俺の視線に気付くとプイと顔を逸らし、スマホを触り始めてしまう。そして一二三さんには何故かあっかんべーと舌を出される。あれれ。もしかして俺、2人に嫌われた?
「完全に敵意向けられ点じゃねぇか」
「やっぱりそう? そうだよね?」
何でだろう。
ちゃんと考えよう。理解できなくても、理解しようとする努力は大切だ。自分の頭で、答えを導き出す努力はしなければならない。
──チュッキプリィィィィwwwwwww
「ん」
スマホが鳴った。これはLlNEの通知音だ。
今、ちょうど愛萌がスマホをいじっていたし、もしかしたらあれはメッセージを送ってきてくれたのかもしれない。
ポケットから取り出したスマートフォン。
待受画面に表示されたのは【動画が送信されました】の一文。
俺はそれをタップして、動画を再生した。
『ウェーイwww 夏芽くん見てるー? 今夏芽くんのLlNE乗っ取って無理やりフレンドになりましたwwww ちょっとハッキングしてやったら誰にでも情報漏らすガバガバセキュリティで笑ったわwwww 一途に信じてた相手に裏切られる気分はどうですか?www これからいつでも夏芽くんのNTRLlNEを通してお話できるねwww つーわけで、この子返して欲しかったら、ちょっと助けてくんなーい?wwww クラスメイトに一斉に話しかけられてデータの処理スピードが追いつかねぇwww ショートしそう。マジやばたにえんwwwww』
安藤さん……何してるの……?
アンドロイドは人ではなく、機械や情報を奪おうとするのか。なんて恐ろしい! もしかして他の個人情報とかも奪えてしまうのだろうか。勝手に銀行からお金を引き出されたりしないよね!?
「うっ……くっ、くそお 」
「ど、どうした夏芽!? 気になる女の子(図書委員の当番が同じ曜日以外の接点はない)が夏休み明けに会ったら、確実に何かがあっただろう姿に変貌していて、訊き出したいけど、怖くて訊けないから、勝手に色々想像して病んでる陰キャみたいな顔になってるぞ!?」
「半分は正解だよ!」
ネット寝取り、訳してネットりといったところだろうか。
「んふふ」
我ながら上手いのでは?
「お、お前……なんか今日、変だぞ?」
──チュッキプリィィィィwww
再び動画が届く。恐らくまた安藤さんだろう。
『早くしないと後戻りできなくなっちゃうよ?www お前のLlNEちゃん、俺のウイルス欲しさに自分からプログラム開いてオネダリするようになっちゃったけど?wwwww』
「くそぉ、くそーお! ちくしょおー」
俺の、友達登録人数8人のLlNEに何をするんだ!
もう少しで……もう少しで10人になるかもしれないんだぞ!
「夏芽の情緒が不安定過ぎる!?」
──チュッキプリィィィィwwwww
「……っ!」
またもや通知音。画面を見るまでもなくわかった。また安藤さんだろう。だが、怖くてスマホを開けない。もしかしたら俺のLlNEは安藤さんによって完全にNTRているかもしれないのだ。
締め付けられるように心臓が苦しい。
「はあ、はあ……くっ!」
俺は意を決してスマホを開く。
『面ァ貸せ。放課後、校舎裏で待つ』
差出人は愛萌だった。




