主人公の能力
どうしよう。
スマホを朝比奈家に置いてきてしまった。
「俺はなんてポンコツなんだ……」
自分で自分が嫌になる。
いざという時、必ずと言っていいほどに、俺が俺自身を裏切るのだ。
俺は普段LlNEというアプリケーションでみんなと連絡を取っているため、他の人からスマホを借りて連絡するという手段が取れない。
「あの、急用があるので失礼します。良かったら今度、またお話ししてください!」
俺はファンの女性にぺこりと頭を下げてから、纔ノ絛くんが走っていった方へ駆ける。
しかし、道は狭く、更には交差点ばかり。
一体どちらの方向へと彼が逃げていったのか検討もつかない。
「やばい。やばいぞお……」
彼の身が心配だと言うのもあるが、このままでは俺もまずい。もし仮に纔ノ絛くんが警察を呼んでしまったら、イタズラ電話と間違えられたりして問題になるかもしれないし、例え全て理解して貰えたとしても、どうせ二学期には秋梔夏芽が夏休み中に警察沙汰になったとか噂されるようになるのだ。
もう俺は一学期だけで学んだぞ。
だいたいこの先の展開は読めるようになってきたもんね。運命の女神様、俺の人生ワンパターン過ぎませんか!
天に愚痴りながら道を駆けてゆく。
しかし、纔ノ絛くんは見つからない。
大声で呼ぶべきだろうか。いや、それは返って危険かもしれない。
「頼むから無事でいて」
俺は住宅街を抜けて畑道に差し掛かったところでひとりの男の人とすれ違った。
やむを得ない。この人に聞いてみよう。
「あ、あにょっ!」
俺は成長したコミュ力を活かして精一杯声を振り絞った。
「ここら辺で走る女の子見ませんでした?」
纔ノ絛くんは紛れもない男の子だけれど何も知らない人からみれば女のと言った方が伝わりやすいだろう。
焦る俺の様子に並々ならぬ何かを感じたのか、男の人は気圧されながらも口を開いた。
「ごめんね。男の子は見たけれど、女の子は見てないな──あ、いや。いるよ、ほらそこに!」
「え?」
振り返ると、そこには確かに走る女の子がいた。
しかし、それは俺の目的の人物ではなく、正真正銘の女の子。朝比奈家夜鶴だった。
「ぜはぁ。ぜはぁ〜……。夏芽くん、スマホ忘れてますよ……」
両膝に手を着いて、心底しんどそうに夜鶴が言う。どうやら彼女は走って俺のことを追いかけてくれたようだ。
「さっき纔ノ絛くんから電話が来まして……。その音で気付いたんです。せばあー」
俺がスマホを忘れて帰ったことに気付いた夜鶴は急いで俺を追ってくれたらしい。居場所は俺のファンの女性に聞いたという。ナイスタイミングだ。あの女性にも、後日お礼をしなければならないかもしれない。
「ありがとう。助かったよ」
俺は夜鶴からスマホを受け取り、纔ノ絛くんへと電話をかける。幸いにも彼はすぐに出て、話を聞いてくれた。先程のストーカーが纔ノ絛くんのストーカーではなく俺のストーカーであったため警察への電話は要らないと伝える。
間に合ってよかった……。
どうやら彼はここからでも見えるコンビニエンスストアにいるらしいので、 早速迎えに行こう。まあ、見えると言っても畑道ゆえに拓けているだけであって、距離的には少し歩くようなのだけれど。
「夜鶴も今からひとりは危ないし、着いてきて貰ってもいいかな?」
ストーカーの目的が例え纔ノ絛くんひとりに向けられたものだったとしても、女子高生の女の子を一人で歩かせるわけにはないかない。万が一があっては困る。
纔ノ絛くんを家まで送り届けてから、夜鶴も家まで送ろう。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせてください」
新たな仲間を得て、2人でコンビニを目指すことにする。コンビニから纔ノ絛くんの家まではそう遠くないので、もしかしたらそんな心配も要らないのかもしれないけれど、念には念を入れておこうと思う。
何せ、この世界の主人公である朝比奈夜鶴が隣にいるのだ。物語が動く可能性は十分に有り得る。
「あの、それから夏芽くん。ああいうのと話しをするのは極力避けた方がいいかと」
夜鶴は背伸びで俺の高さに合わせると、耳打ちでそんなことを言った。
「えっと、さっきのファンの人のこと?」
「違います。今話していた男の人です」
夜鶴には珍しく、強いものの言い方だった。
それは拒絶というよりは、忠告のようだ。
そうあえば男の人──。
夜鶴との話に夢中で、すっかり忘れてしまっていた。
振り返ると、男の人はいつの間にか消えており、辺りには畑しかない。
「いつの間に……」
お礼、言いそびれてしまった。
「お盆で帰省した人だと思います。現地に住んでいる人ではなさそうですね」
「え、分かるの?」
「はい。臭いでなんとなく」
「臭い!?」
夜鶴ってそんなに嗅覚に優れてたんだ。
すごいな。
でも、夜鶴が言うほど、そんなに変な人だっただろうか。
年齢は30代前半。
おじさんというにはまだ若く、優しそうな顔のメガネの人だ。
「私は『悪』の臭いには敏感ですから……」
「へ、へぇー。たまげたなあ」
悪の臭い、か。
この世界の主人公である彼女の特殊能力みたいなものだろうか。確かに『トモ100』において、彼女は常に正義である。今後、悪に立ち向かうこともあるだろう。そうやって、多くの人々の心を救いながら成長していくのだ。
友達100人なんて、俺からすれば途方もなく難しいことのように思えるけれど、きっと彼女ならば不可能じゃない。出会ってまだ数ヶ月だけれど、彼女にはそれができるだけの思いやりの心がある。
「俺にはそんな悪そうな人には見えなかったなあ」
「そうですね。あの人自体に悪気はないと思います。ただ性質として、そういう力を持っているように見えたんです」
悪気はないのに、性質としては悪……。
何だかストーカーみたいだ。
「気を付けよう、もし夜鶴の言うことが本当なんだとしたら、今の人が纔ノ絛くんのストーカーの可能性もあるかもしれない」
「そうですね、有り得る話だと思います」
フラっと消えてしまった辺り、可能性は十分考えられる。勝手に人のことをストーカー扱いしてしまうことは申し訳ないと思うが、警戒しておくに越したことはない。
俺はもう一度後ろを振り返ってから、夜鶴と一緒にコンビニまで急いだ。




