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努力しても無理なものは無理




 結局、その後は纔ノ絛くんを家にまで送って俺達も解散した。さすがにストーカーも喫茶店で寛ぐ俺たちを待つつもりはなかったようで、何事もなく彼の家にたどり着くことができた。


「お兄ちゃんどしたの? そんな難しそうな顔しちゃって」


「うん。実はさ、ストーカーされてる友達がいてね。バイト終わりに時間が合う時は、俺がその子を家まで送ることになったんだよ。その過程でLlNEを貰ったんだけどこれって喜んでいいのかな?」


「……はあ。しょーもな」


「しょうもな!? 今しょうもないって言った!?」


「お兄ちゃん……私はガッカリだよ」


「がっかり!? 今がっかりって言った!?」


 やれやれと、呆れ顔の冬実々が台所に立つ。

 俺がアルバイトを初めてからというものの、少しだけ夕飯が豪華になった我が家。今日は焼いたお魚の匂いがする。


「おにーーーー」


「はーい」


「お兄〜〜〜」


「なんだ〜」


「お〜に〜い〜」


「なんですか。何の用ですか」


「タオル取れ♡」


「はいよ」


 風呂場にバスタオルを持って行き忘れた春花のしつこい呼びつけに応答する。

 マイペースな子だよ、ほんと。


「髪乾かせ♡」


 マイペースな子だよ、ほんと!


「お兄ちゃん夕飯の手伝いしなきゃ」


「いらない」


「よし、春花。俺が髪を乾かしてあげるね」


 なんか今日の冬実々、冷たくない?


「冬実々ってば、機嫌でも悪いのかな?」

 

 俺は冬実々に聞こえないよう小さな声で、春花に耳打ちする。

 

 今日の冬実々の言葉の端々から棘を感じる。

 普段はもっと優しい子なのに。


「生理でしょ。そっとしとこ。代わりに今日はハナがお兄ちゃんと遊んであげるからね♡」


「そっか」


「そっか。じゃない! 私が悪いみたいに言わないで! 」


「うおっ、えっと……ごめん」


「ちゃんと責任感じてよ!」


 いつの間にか後ろに立っていた冬実々が腕を組んでこっちを見下ろしていた。軽蔑するような視線からは怒りによって生まれた熱を感じる。


 早々に謝り、反省するべきなのは分かる。

 だけど責任ってなんの責任だ?

 全然心当たりがない。


 春花に助けを求める視線を送ってみるも、フリフリと首を振られる。どうやらこの子にも原因不明らしい。


 こうなるとまずい。

 女の子の──というと主語が大きくなってしまうが、少なくとも妹達の持つ「怒り」という感情は、俺が持つ怒り程単純ではない。物事に対する単純な怒りに加え、必ずと言っていいほど付属品がつくからだ。

 

 機嫌を損ねるようなことをしたという点に対する怒りに加え、怒らせた自覚がないという点に対する怒り、日頃蓄積してきた怒り、八つ当たり的怒り、それ等が相乗効果を生んで、その怒りはボルテージを上げるのだ。


 左近を例に出すのは申し訳ないけれど、彼は「謝って済む」。それに対し、妹達は「謝って反省して改善」しなければならない。


 大事なのは学習だ。

 相手を理解する必要がある。


「ごめん、どうして怒っているのか教えて頂けないでしょうか」


 俺の言葉にはあっとため息を吐く冬実々。

 ここに来て「怒っている理由を理解できないことに対する怒り」が追加された。


「……だってお兄ちゃんバイトばっかりだし。お盆だから何処かに連れてってくれるって期待してたのに。全部予定入ってるし……」


「……。」


 なるほど。

 遊びに行けなくて、ということか。

 確かに3人で出掛ける機会、なかったもんなあ。


「私達、毎日稽古があるからお盆をくらいしか休み取れないって言ってたよね?」


「うん……」


「なのに昨日もバイト。今日もバイト──明日もバイト。明後日もバイト。明明後日も、その次も──」


 少しずつボリュームが上がっていく。

 ああヤバい。

 マジギレのやつだ。

 拗ねてるとか、そんな可愛いもんじゃない。

 完全に怒っている。


「バイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイトバイト! 仕事と私どっちが大事なの!?」


「おふう」


 まさかそのセリフを自分が言われる日が来るとは思わなかった。

 

 下着エプロンというすごい格好をした冬実々がこちらに詰め寄ってくる。

 眉を吊り上げたその顔は、怒りで赤く染っていた。


 そんな様子に、思わず萎縮してしまう俺。

 一方の春花は俺の膝の上で、そんな姉の心の叫びを興味なさそうに聞いていた。


「そんなに行きたかったなら自分から誘えばよかったのに」


「お、おいハナ。あんまり刺激しない方が──」


 冬実々は基本的に良い子なのだけれど、怒ったときはめちゃくちゃ怖い。何するか分からないから怖い。人を──俺の友達を山に埋めようとするくらい、何でもする。


「いいか春花。俺が全部悪いよ。全部悪い。冬実々の気持ちを汲み取れなかった俺の責任だ」


 だから刺激しないで。


「だってお兄ってそういうトコ鈍感だもん。期待する方が間違ってるよ」


 あ、あれ……?

 春花ってば、もしかして怒りを通り越して見捨てられてる?

 呆れられてる……?


「は、ハナも出掛けたかった?」


「ハナはどっちでもいいよ。暑いの嫌いだし」


「そっか」


 その割には今もベタベタとくっついて来てるんだけどな……。

 というか、常に俺か冬実々に引っ付いている。

 

 さすがこの季節にシングルベッド3人はキツイということで、夜寝る時は妹たちにベッドを使わせて、俺は床で寝ている。

 しかし、春花は朝起きると俺の隣で寝ていることがよくあるのだ。


 正直、春花が暑いのを嫌っているというのは得心しかねる。

 これも素直に言えないだけで、本当は春花も遊びに行きたいのではなかろうか。


 うん。そんな気がしてきたぞ。

 いや、そうに違いない。


「それじゃあ、そうだな。夏祭り行こうよ、夏祭り!」

 

 確か隣町で大掛かりな夏祭りが開催されるはずだ。愛萌に誘われてちょうど予定を空けていたし、お祭りは人数が多い方が楽しいし。

 

 いい案なのでは?

 愛萌に誘われた時も「まだ他のやつは誘ってないから、後であたしが適当に誘っとくわ」って言っていた。彼女の手間を省くことも出来て一石二鳥だ。


「……でもその日は私達道場行く日だし」


 先程より少し声のボリュームが下がった冬実々が、拗ねたようにいう。


「大丈夫だよ。終わってからでいいから」


「んむー。まあ、お兄ちゃんがそう言うなら」


 しめた!

 今がチャンスだ!


「遊んであげられなくてごめんな」


 冬実々の頭を撫でて、媚びるような笑みを浮かべる俺。その様は完全に「主人に媚びを売る奴隷」そのものだった。


 考えてみれば、最近ふたりに構ってやれない時間が増えたと思う。

 自惚れているわけではないけれど、こんな頼りない兄でも、遊ぶ時間が減れば寂しいのだろう。


「約束?」


「もちろん。約束だよ」


「そう。……じゃあ、今回はこれで許してあげる」


 そう言って背を向けた冬実々の背中をぼんやりと眺める。何とか妹の機嫌を取ることに成功したようだ。


 俺は冷や汗を拭い、春花の髪を乾かした。

 夏祭りは愛萌も喜んでくれるに違いない。

 


 

 

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